File:092 PTSDショットガン
子どもたちは、急激に変わった状況に順応しきれなかった。
「アダルトレジスタンスを救う英雄になりたい」
そんな幼く拙い衝動に背中を押され、少年たちは武器を握って突撃していく。
敵は侵略者。自分たちは正義の側。
――そう思わなかった者は、おそらく一人もいなかった。
だが現実は、あまりにも残酷だった。
統率された軍隊とは違い、少年たちはそれぞれが“成果”を求めて動くエゴイスティックな集団だった。
彼らが「子ども」であるがゆえの当然の結末。
裏を返せば――だからこそ、教育機関というものが存在する。
組織というものは一人が手柄をすべて奪えば簡単に瓦解する。
視界のあちこちで閃光が瞬き、続いて轟音が重なる。
自衛隊の小隊が乱れのない楔形隊形で押し込む。
制圧、展開、撃破。
倒れた影がまた一つ。
「子どもを撃つのは……気分が良くねぇな!」
「黙れ。中身は年齢相応じゃねぇ。
油断をするな」
声は低いが、射撃は正確で容赦がない。
ルシアン、ケン、シュウ、そして子供ではないがアレイスター。
“年齢や見た目で相手を判断する”ことがどれほど愚かな行為か、彼らは既に思い知らされている。
メタトロンという狂気じみた装置が実在するのならば――
少年兵が“化け物”になる可能性を疑わずにはいられない。
だからこそ、容赦のない対策が必要だった。
彼らの手には十二ゲージのショットガン。
短銃身の室内戦モデル。
スリングで体に密着し、指先は一切ぶれない。
隊列は“呼吸”のように流れる。
なぜショットガンなのか。
坂上の脳裏には、事前に詰めた四つの理由が何度も反芻されていた。
ひとつ――PC対策。
パーフェクト・カスケードは異常なレベルで相互カバーが成立する。
一人を撃ち抜けば同時に二人目が陰から射線を通してくる。
点で削るのは遅すぎる。
ならば“散弾”で動線そのものごと断つ方が圧倒的に速い。
ふたつ――弾種の融通性。
ドアを破砕するブリーチ弾。
群れを割るバックショット。
装甲ごと肉を削ぐスラグ弾。
相手に応じて、その場で即座に切り替えられる。
「判断」よりも先に「対応」ができるという意味で、他の火器とは根本的に次元が違う。
みっつ――室内戦特化。
曲がり角、狭い通路、踊り場。
射線が限定される環境では、命中精度より“制圧力”の方が重要になる。
ライフルよりも、散弾一発のほうが早く、深く、広く敵を止められる。
そして四つ目。 最も重要であり、あまりに後味の悪い理由。
――“心を折るため”だ。
敵は撃ち殺してもバックアップによって“生き返ってくる”。
肉体の再生は彼らにとってルーティンでしかない。
だが、一度味わった痛みと恐怖の記憶は、そのまま“次の戦い”に持ち越される。
なかでもショットガンによって体が穴だらけにされる感覚は、PTSD(心的外傷後ストレス障害)を発症させるには極めて都合がいい。
散弾が肉を抉り、骨を砕き、臓器をバラバラにしていく衝撃は「脳が死を認識するギリギリのライン」で強烈に刻み込まれる。
その記憶は…復活後も決して消えない。
前崎の情報では「バックアップは一体分しか取れない」とされていたが、それが全員に当てはまる保証などどこにもない。
ならば——
肉体ではなく、精神を壊すしかない。
至近距離で散弾を浴びた記憶。
骨が砕け、臓器が千切れ、血が肺を満たしていく“感覚”そのものを植え付ける。
それこそが、彼らにとって最大の“足枷”になる。
それは撃たれる人間だけでなく撃たれた人間を目撃してしまった人間の動きも鈍らせる。
非人道的なのは承知している。
坂上もまた、内心ではこの作戦を忌まわしいと思っていた。
しかし敵が常識を越えた兵器を使う以上、
同じ地平で戦うためには――これしかなかった。
それだけは、疑いようのない事実だった。
武器は、すべてアレイスターから支給されたものだった。
どれもこれまで使ってきた銃火器よりも圧倒的に扱いやすく、照準も安定している。
引き金にわずかに指を掛けるだけで、弾丸は正確に走っていった。
「――来るぞ、右。距離十五。散弾、二連。」
号令と同時に二丁のショットガンが吠える。
空気が捻れ、廊下の壁面に散弾が弾痕を刻みつけた。
「ぁぁぁぁぁッ!」
受け損ねた少年が悲鳴を上げながら後方へ吹き飛び、壁に叩きつけられる。
容赦はない。
隊員は即座に排莢、次弾を装填し、角に身を預けながらカバーを交代する。
子どもたちは——この場所が攻め込まれるとは考えていなかった。
むしろ「勝てる」と信じて疑わなかった。
シンフォニアでの成功体験が、それを強く錯覚させた。
ホログラム転送装置がある。互いに連携を取り合える。
負ける道理など無い、と。
その慢心は、最初の一秒で瓦解した。
神経外骨格は未起動、装備はただの訓練用ソフトスーツ。
“万全の態勢で迎え撃つ”つもりだったその瞬間に、
整然とした弾幕が飛び込み、ただ“撃ち抜かれていく集団”へと変わった。
「ちくしょう……なんで俺たちが――ぷぎゃッ」
潰れたカエルのような声。
胴体を穴だらけにされた一人の少年が“光の塵”となって消える。
「……ごめんなさい、ごめんなさい……
もうしませんから……」
武器を手放し、部屋の隅で膝を抱えるように震えている少年。
それでも、坂上は引き金から指を離さなかった。
——パンッ。
乾いた破裂音が室内に短く響く。
少年の頭部が後ろに弾け、壁面に赤黒い飛沫が散った。
迷いはない。
たった一瞬でもためらえば、それは“次の死者”を生む。
あらたな小さな身体の横には、落とされた機関銃が転がっている。
銃床には、今流行しているヒーローアニメのキャラクターシールがいくつも貼られていた。
色あせたデフォルメ顔が、血に濡れながら床を滑っていく。
坂上は口の中に溜まった何かを、静かに飲み込んだ。
(……子どもであろうと、“銃を持った時点”で等しく敵兵だろう。
心を機械にしろ)
誰に言うでもなく、胸の奥でそう繰り返しながら、彼は再び銃口をあげた。
坂上は胸に押し寄せる不快感を、喉奥で潰した。
(たとえ“肉体年齢”が子どもでも、国家に銃を向けた時点でただのテロリストだ。
転覆に成功しなければ、歴史は味方しないのは当然だろう。
人を殺してきた手で、最後だけ救いを求めるな。
……狙いがぶれる。)
あらたな弱者に狙いをつける。
「うわぁぁぁぁぁぁぁ!!」
背を向けて逃げる小さな影。
足に散弾を流し込む。
その後に頭に狙いをつける。
影は言葉を残すこともなく、床面に転がった。
本当なら、一撃で楽にしてやった方が“救い”なのかもしれない。
だがPTSDを発症させるという作戦方針を踏まえるなら——
悲鳴と痛みを伴った二段撃ちの方が、はるかに効果的だ。
その事実を受け入れた瞬間から、坂上は自分の“心”という部位を切り離した。
(――大人だったなら……もう少し、軽く引き金を引けたかもしれないな。)
視線を滑らせる。通路脇に並ぶ大型の備品棚。
そのわずかな隙間に、小さく縮こまる影が見えた。
迷いは一切ない。
——バン。
まず膝周辺を砕き飛ばす。
散弾が脚部を抉り、棚の木板に血と肉片を撒き散らす。
続いて、悲鳴が上がるよりも僅かに早く、二発目。
——バン。
今度は胸部を狙い、散弾を叩き込む。
棚の内側に貼りついていた肉体が、重い布のように崩れ落ち、
血液だけが棚の隙間からじわりと染み出して床を濡らした。
坂上は一切振り返らない。
銃を下げる代わりに、次の角へ向けて構え直す。
その独白は、すぐに“動作”として回収された。
隊列は崩れず、廊下の角を一つずつ潰していく。
誰もいないはずの通路——
空気の縁が、僅かに揺れた。
(……いる。)
熟練の戦闘者だけが気づく“違和感”。
全身の神経が無言のまま、警鐘を鳴らした。
「撃て。」
篠塚は指示を聞き終えるよりも早く、反射的に引き金を絞った。
見慣れた子どもの顔が、次の瞬間には散弾によって蜂の巣のように穿たれ、崩れ落ちる。
「来たぞ!——パーフェクト・カスケードだ!
光学迷彩を使っている! 景色の揺らぎに注意しろ!」
坂上は低く息を吐き、無言のまま手信号を出す。
この相手だけは、一切の容赦を許されない。
直後、坂上自身もショットガンを引き抜き、迷いなく引き金を叩いた。
弾丸はPCの一体を真正面から捉え、関節ごと胴体をねじ切る。
倒れた肉塊は、続いて放たれた火炎弾に包まれ、一瞬で火柱を上げた。
火炎スラグ弾だ。
「脱出口を除く全ルートに火を回せ。
いいか――“殲滅”だ。」
命令と同時に隊員たちは火炎榴弾を装填し、銃口を水平に揃える。
廊下に向け、炎と散弾が同時に解き放たれた。
ぼう、と爆ぜる燃焼音。
白熱した火花が壁面に飛び散り、黒い影の群れを容赦なく焼いていく。
躊躇という名の最後の感情が、この瞬間完全に捨てられた。
自衛隊特殊部隊は、
ただ殲滅の二文字だけを胸に刻みながら、
音もなく前進を再開した。