File:090 作戦コード――《サーチ・アンド・デストロイ》
2日休んですみません。
体調を崩してしまいました。
原因は引っ越し作業による熱中症のようです。
皆さん、水分補給にはしっかり気を付けましょう。
今日から毎日投稿再開します。
坂上と一ノ瀬がSG〈シルヴァー・グロウリィ〉に降り立った瞬間——
足元の着地音すら異質に感じる。重力の向きは正しいのに、空間の奥行きに底がない。
あまりにも異様だ。
塔の群れは枝状の回廊で連結され、都市全体が一匹の巨大な生物のように脈動している。
これは近未来建築の延長線ではない。
百年経っても人類の英知では決して辿り着けないと確信する質量と配置の異常性。
子供の落書きのような設計図に沿って作ったとも考えられるし、狂人の自己満足で作り出した建築デザインとも見ることができる。
合理性とは真逆の極致の建物だ。
そんな建物だがどこかでサイレンが鳴り、赤い警告灯が塔の側面を走り抜けた。
そんなデザインにも関わらず防衛セキュリティーはあるようだ。
「ここが奴らの本拠地か……。」
坂上が周囲を見回し、低く唸る。
「ここに引きこもってさえいれば、穏やかに過ごせたはずだろうにな。」
「進軍しなければならない理由があったということです。
弱点は、そこにあるかと。」
一ノ瀬は冷静な声で答えながら、手元の発信機を確認する。
シグナルランプは緑——接続完了の合図。
「赤いのは?」
「アレイスターさんなら、もう間もなく。
こちらのビーコンは作動済みです。」
柔らかな白光が巻き上がり、ゆらめく霧の中からひとつの人影が現れた。
『ふむ。——来れたようだね。
少々粗い招待のされ方だが、結果は上々だ。』
アレイスターが薄く口角を上げる。
『ようやくだ。久しぶりにきたよ』
その表情は“成功を疑わない者”だけが浮かべる微笑だ。
「予定通り、彼らに発信機は付けることができた…と?」
『ああ。まったく優秀な案内係だった。期待に応えてくれたよ。』
彼は手首を振り、展開されたホログラムに“内部”の映像を映し出す。
そこに広がるのは、認識の限界を越えた「都市」だった。
上下左右の概念は曖昧になり、塔と塔を繫ぐ回廊がクモの巣のように伸びている。
空はあるのに、地平線は存在しない。
吹き抜ける風はあるが、外気の感触はない。
「……ここが奴らの本拠地。
こんな構造物を、たった一個人が作れるものなのですか……?」
一ノ瀬は息を呑む。
坂上は視線を巡らせたまま、低く問う。
「ここはどこの国だ、赤いの。」
『東京拘置所でも言っただろう、Mr.坂上。——国ではないと。』
アレイスターは肩をすくめて、愉快そうに続ける。
『これは“別宇宙”だ。
ルシアンはポケット・ディメンジョンと呼んでいる。』
「ポケット・ディメンジョン……。」
「実在する並行世界の一種、ですね。」
一ノ瀬が即座に返す。
『その通りだよ。高次元時空の折り畳みを利用した、自己完結型のミニ宇宙。M理論と弦理論の応用で——』
「……もういい。理屈はどうでもいい。」
坂上が遮った。
「これは“現実”なんだな。……正直、まだ目を疑っているが。」
『間違いない。ここには“外”が存在しない。ただ空間だけが閉じている。』
「それで、地球と同じ環境を再現できるというのか?」
『ああ。空気の組成自体はシンプルだからね。
窒素78%、酸素21%、アルゴン1%。
——宇宙ステーションでもそれは成立している。
ならば、ここで再現できない理屈はないだろう?』
「……重力まで再現されてるのか。」
坂上は無言で逆立ちしてみせる。
血が足に溜まる感覚、耳にこもる自分の鼓動——どれも地球と寸分違わない。
『重力というのは“質量が空間を歪ませた結果”として生じる。
つまり、空間そのものを丸ごと作れば、重力も“付いてくる”というわけだ。』
アレイスターが指を鳴らす。
頭上を小さなミニドローンが飛び、遠方の映像がホログラムに展開される。
果てが見えない。
地平線など存在せず、一直線に並んだ若木が、無限の距離にまで伸びて溶けていく。
「……この広さ……まさか、本当に地球一個分——
いやそれ以上と考えても?」
『そう思っていい。
面倒だから運用は中心部だけに留めているが、周辺はほとんど“自然”と“エネルギー用施設”だ。
ルシアン曰く、自然はまだ“発展途上”らしいけどね。』
「……一個人で、ここまで……ありえません。」
『本人は“偶然うまくいった”と言ってる。
本来は原子力プラントを無限増殖させるための“閉じた箱”だった。
副作用として、この“自律宇宙”ができた。
おまけに他のミニ宇宙にもリンクして、エネルギー供給は——理論上、無限だ。』
一ノ瀬の瞳が細くなる。
「……それなら、世界中のエネルギー問題が一気に解決できる。」
『その通り。
だから前崎は“どんな犠牲を払ってでも”ここを手に入れたかったんだろうね。
たとえテロリストと組んででも。
……中国か米国のどちらかが手にしたら、世界の勢力地図は一瞬で塗り替わる。』
「企業として動けば、合法的に莫大な利益を得られたはずだ。
それを放棄してまでもか?」
『当事者の一人として言うが——理解されなかった。
むしろ争いは加速した。命を狙われたことも、一度や二度じゃない。
既得権益に真正面から喧嘩を売ったんだ。……甘かったよ。
金に執着した大人たちが何を“手段”と思い、何を“嫉妬”というのかをね。』
アレイスターは一瞬だけ遠い目をする。
坂上はその視線を受け、わずかに眉間を動かした。
「……同情は後だ。今は“現在”を処理する。
——ガキ共を殺す。それで良いな。」
『ああ。
一ノ瀬班はバックアップ中枢の破壊。
坂上班は“子どもたち”の殲滅。』
「それで十分だ。
理屈はどうあれ、日本に対しテロ行為をした以上は必ず償わせる。」
この決定は誰の命令書にも残らない。
責任を取りたがらない上層部を無視し、
一ノ瀬、坂上、前崎、アレイスター
——“現場”だけで決めた作戦だった。
すでに日本は壊滅状態にある。
ここで動かなければ、未来そのものが消える。
坂上は最後まで渋ったが、最終的にその現実を飲み込んだ。
全員が、その覚悟を共有している。
その決意を合図にしたかのように、薄闇の街路へ黒い影が静かに散った。
坂上直轄の選抜自衛隊特殊部隊——四十三名。
一ノ瀬率いる公安特殊部隊、前崎班——五名。
わずかな足音。
消音機構に包まれた装備。
目出し帽の奥で光る瞳は、獣より静かで、鋭い。
塔と塔を繋ぐ枝回廊へ、無言のまま展開していく。
「……正義の鉄槌を下ろしましょう。
作戦コード――《サーチ・アンド・デストロイ》、開始。」
一ノ瀬の声は静かに落ちる。
次の瞬間、全ての銃口が同じ方向を向いた。
——整然とした“死”が、音もなく歩きはじめた。
PV数がびっくりするぐらい下がったのでこれからも皆さん読み続けてもらえると嬉しいです。