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File:088 「やぁ、チャイニーズ」

海上拠点を取り囲むように、無数の船が波間に浮かんでいた。

漁船、偵察艇、改造された高速船――形も大きさも様々だが、全ての甲板には武装した影が並んでいる。

エンジン音と、船腹が波を裂く鈍い水音が重なり、耳の奥を振動させた。


その中から、三十人ほどの中国人武装集団が上陸してきた。

迷彩服に身を包み、手には短銃やAK系の自動小銃。

一歩踏み出すたび、金属と油の匂いが潮風に乗って漂ってくる。


ジュウシロウとシュウは、瞬く間にその輪の中心に押し込められた。

黒い銃口が四方八方から突きつけられ、退路は皆無だ。


「銃刀法……っていうのが今でも有効なはずなのだが。ここ、本当に日本か?」


「能登半島って聞かされましたけど……知らない間に中国に占領されちゃったんですかね?

 もう国家は崩壊したのでは?」


怒号が飛び交う。

早口の中国語は全く理解できないが、手振りが命令を物語っている

――両手を後ろに回し、うつ伏せになれ。


「従った方がいいと思います?」


シュウが体を半身にし、足幅を広げる。


「やめとけ。丸腰だぞ、俺たちは。」


「……でも、勝てそうな気がするんですよね。」


その妙な強気に、ジュウシロウは一瞬目を細めた。


「冷静になれ。」


「……わかりました。」


渋々腕を後ろに回すシュウ。

もたついたのが気に障ったのか、背後の男が銃口で肩を小突いた。鈍い衝撃が肉を揺らす。


「わかった、やればいいんだろ。」


二人はうつ伏せになり、手首に冷たい金属がかかる。

カチリ――量産品の手錠だ。

ジュウシロウは視線を横に滑らせ、シュウの手首にも同じ物がはめられているのを確認した。


(……ずいぶんちゃんとした手錠だな。こんな物、どうやって揃えた?)


疑問が浮かぶ間もなく、銃口が船を指す。

乗れ――という命令だ。


「俺たち、マグロの餌ですかね。」


「豚の餌よりはマシだな。」


軽口を交わしながらも歩みを進める。

だが船に乗る直前、最年長らしき男が低く怒鳴った。

それを合図に、若い隊員がシュウの体を前から後ろまでまさぐり始める。


「……ボディチェック?」


「らしいな。」


次にジュウシロウの番。

指はポケット、脇、腰、尻、そして下着の中にまで迷いなく入り込む。

肌に触れる湿った指先が、冷たく、嫌悪を煽った。


「やめろ。」


吐き捨てると同時に、ジュウシロウは肩を跳ね上げる。

骨ばった肩先が鼻梁を打ち、鈍い音とともに男が短く悲鳴を上げた。

海上拠点に、その乾いた音が不気味に響き渡った。


周囲の空気が一瞬で変わった。


「——ッ!」


銃床が横薙ぎに振るわれ、ジュウシロウの側頭部を叩きつける。

視界が一瞬白く弾け、その直後に脇腹へ蹴りがめり込む。

そこからは、四方八方からの暴力の雨。拳、足、銃口の根元

――金属と骨がぶつかる鈍い音が混じり合い、立っていられない。


「ジュウシロウさん!!」


駆け寄ったシュウも、すぐさま一人の中国人に蹴り飛ばされた。

背中がコンクリートに叩きつけられ、肺の空気が抜ける。


「テメェ!」


両手は縛られたままだが、シュウは反動で跳ね起き、足先で男の顎を蹴り上げた。

乾いた骨の音が響く。しかし反撃はそこまでだった。


次の瞬間、拳が腹に突き刺さる。

狙い澄ました一撃——体の奥で何かが裂ける感覚が走り、胃液が逆流する。


「げほっ……!」


これは素人の殴り方ではない。内臓を確実に潰すための、訓練された打撃だ。

シュウはその場で膝を折り、嗚咽混じりに吐き気をこらえる。


「……ぐっ……シュウ……!」


ジュウシロウもまた、殴打の連続で意識が霞む。反撃どころか、呼吸すらままならない。

二人とも、もはや抵抗する力を完全に失っていた。


一人の男がジュウシロウのポケットを探り、革表紙の手帳を引き抜く。

ページをめくって確認した後、ジップロックの袋に入れ、年長者に放る。


(……クソ。あれは何かの手掛かりになるはずだった……)


首根っこを掴まれ、二人は船へと引きずられる。

甲板へ叩きつけられる寸前——


耳を劈く轟音が頭上を切り裂いた。

戦闘機だ。しかも異様に低い。

ジェット排気が頬を灼き、鼓膜が悲鳴を上げる。

空を横切る機影は、豆粒どころか家屋のような大きさで迫って見えた。


中国人たちの表情が一斉に強張る。

怒号が飛び交い、動きが急く。

ジュウシロウとシュウは乱暴に船の甲板へ叩きつけられた。


その時——

甲板の先に、白人の少年が立っていた。

一人、二人……四人。

無表情のまま、静かに銃口を向ける中国人たちを見返している。


銃声は——なかった。

次の瞬間、立っていた中国人たちの頭部が、音もなく弾けたように崩れ落ちた。

それが誰の仕業なのか、二人には理解できなかった。


生き残った者たちは獣じみた叫び声を上げ、少年たちに突進する。

だが、返り討ちは一瞬だった。

一人は素手で首をへし折られ、もう一人は腹を蹴られた衝撃で内臓を吐き出した。

血と硝煙の匂いが海風に乗る。


「……なんだ、こいつら……軍隊か?」


『いや、違うよシュウ。——パーフェクト・カスケードっていう僕たちの味方だ。』


見慣れた少年が、感情のない声で答える。

そしてジュウシロウとシュウの前にしゃがみ込み、ナイフで手錠を切断した。


『遅くなってすまない、ジュウシロウ、シュウ。』


「……ボス……ですか? なぜここへ?」


そしてボスから何か匣のようなものを渡される。


『事情は後だ。とりあえず——これを。』


ボスは腰のホルダーから、小型の黒い匣を二つ取り出し、それぞれの掌に乗せた。

金属とも樹脂ともつかない質感。

触れると、ひやりとした温度が皮膚を伝う。


『“換装”と唱えて。』


視線を交わすジュウシロウとシュウ。

半信半疑で——


「換装」


その瞬間、匣が脈打つように震え、装甲のようなパーツが蛇のごとく体に巻き付いてきた。

冷たい帯が脚から胸、肩、腕へと這い上がり、瞬きの間に全身を包み込む。

ジョイントが嚙み合う小気味よい音、金属の匂い、皮膚を締める圧迫感

——まるで大人向けにリアル化された戦隊ヒーローの装着シーンだった。


「む……? 傷が……?」


見る間に、集団暴行で刻まれた痣や裂傷が淡く光り、皮膚の下で修復されていく。


『自然回復機能付きの神経外骨格だよ。

 浅い傷ならすぐ治る。

 ただし——体力をかなり消費するから気を付けて。

 限界を超せば、君たちが死ぬから。覚えといて。』


説明を終える間も、ルシアンは背後を振り返らず、中国人たちを機械的な動きで片付けていく。

銃声も悲鳴も、彼の行動を遮らない。


やがて、年長者の男を床に組み伏せ、銃口をその口腔奥へ押し込んだ。

間近で見れば、男の喉が小刻みに震えているのが分かる。


『やあ、中国人(チャイニーズ)。観光が目的かい?

 それとも捕虜としての御入国がお望み?ビザはお持ちですかぁ?』


唇が震えるばかりで、言葉は出ない。

ルシアンの瞳から光がすっと消えた。


『……めんどくさい。もういい。』


どこから取り出したのか鉄製のグローブをゆっくりと左手にはめる。

その手で男の頭蓋を鷲掴みにした。

指が沈み込み、骨が軋む音と共に、何か——温かく脈打つ情報の塊が、掌を通して引き抜かれる感覚があった。


「ぎゃああああああああ!」


耳を裂く絶叫。

だがルシアンの握力は岩よりも固く、逃れようにも一切の余地がない。

男の足が痙攣し、やがて糸が切れたように力を失った。


死体は無造作に能登の海へ放り投げられる。

ルシアンは取り込んだ記憶を瞬時に整理し、内容を吐き出した。


『……やはり、中国からの刺客だ。』


重い言葉。

それはつまり、日本の上層部が中国と裏で繋がっているという証左でもある。


『売国奴どもが……!』


吐き捨てた声は、波音よりも冷たく、重く響いた。


狙いは明白だった——シュウとジュウシロウの拉致。

アダルトレジスタンスとの交渉の切り札として使うつもりだったのだろう。


『……アレイスターめ。』


ルシアンの低い呟きは、海風よりも冷たかった。

二人をこの海上拠点へ転送させ、自らの注意を逸らさせる——全て計算ずく。

完全に、奴の掌の上だ。


「ボス……こいつら、中国人がなんでこんなところに?」


まだ治りきらない脇腹を押さえながら、ジュウシロウが問う。


『ここが能登半島だってことは知っているよね。

 国が復興を放棄した土地だ。

 理由は“田舎で経済的価値が低い”……だが、そんなのは詭弁だよ。』


「……?」


『能登半島は日本海側の突端。

 ロシアや中国に手を伸ばせば届く距離にある。

 ここを無防備に放置するのは、玄関に鍵を掛けないのと同じだ。』


「35年ですよね……。もう、とっくに出入り自由なんじゃ?」


『そうさ。だが誰も騒がない。ネットで毒を吐いて終わりだ。

 本当に愚かだよ——君たちから三世代も上の大人たちは。

 危機を知っていながら、一歩も行動を起こさなかった。』


言葉を吐き捨てながら、ルシアンは残った中国人の死体を転がし、その首を迷いなく刎ねた。

流れ出た血が、甲板を濡らして海に垂れていく。

パーフェクト・カスケードの少年たちも、同じ作業を無表情で進めていた。


その首を船のあらゆる場所に飾るように置いていく。


「……ボス。これは?」


『宣戦布告だ。』


短く、冷たい答え。

そして彼らを指し示す。


『こいつらはパーフェクト・カスケード。僕が持つ、最強の“人的”兵器だ。』


「……人的……。」


その言葉が、ジュウシロウの胸に重く刺さった。


「俺たち《黒の隊》が最強じゃなかったんですか?」


『そうあってほしかった。だが——我々は負けた。自衛隊に。』


沈黙。

ジュウシロウもシュウも、言葉を失う。


『集団的自衛権、軍備拡張、インフレ、増税……。

 この国は戦争をしたくてたまらないように見える。』


首を刎ねた死体を積んだ船が、パーフェクト・カスケードの操舵で静かに離れていく。


『……ならば望み通りだ。(あいつら)諸共お前たちを滅ぼしてやる。』


その声は、能登の海に低く木霊した。


そして、ルシアンは淡々と告げる。


『前崎君が——ケン君を殺した。』


「なっ……!」


ジュウシロウの目が見開かれる。

シュウは歯を軋らせ、顎の筋肉を硬直させた。


『どうやったかは分からない。

 だがケン君の遺体は()()()()()()()()

 しかも……アレイスターと手を組んでいると見ている。』


ルシアンは深く息を吐いた。

その目に灯るのは、冷静を装った殺意。


『前崎を——殺してでも事情を聞き出す。……帰るぞ。』


その声色は、二人がこれまで一度も聞いたことのないものだった。

本気で怒った時のルシアンの声だった。


*******************


中国沿岸の港に、一隻の小型船が流れ着いた。

船体は血でまだらに染まり、潮と腐臭が入り混じった空気を撒き散らしている。


甲板には、生首が無造作に並べられていた。

腕は全て切り落とされ、骨の断面が白く光る。

リーダー格だった男は——頭から尻の先まで一本の銛で貫かれ、甲板に磔にされていた。

その瞳は見開かれたまま、乾いた海風に晒されている。


カラスたちが甲板に群がり、眼球や肉片をついばんでは甲高い声で鳴き交わす。

海の上に広がるその光景は、まるで地獄が海面に浮かび上がったかのようだった。


やがて、誰かがその惨状を撮影し、ネットに投稿する。

動画は瞬く間に拡散され、中国と日本の関係は——奈落へ向けてさらに転げ落ちていった。

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