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File:087 能登半島にて

ジュウシロウとシュウが連れてこられたのは、能登半島の沖合だった。

錆色の波間に、打ち捨てられた人工島が浮かんでいる。

かつての補給基地――今は自衛隊にすら見捨てられた、海上拠点の残骸だ。


「ここ、知ってるぞ……。

 政府が復興の価値なしと切り捨てた場所じゃないか?」


「ええ。元日、大震災が起きたそうですね。

 再建は放棄されたそうです。

 自分が生まれるより遥か前の話だから聞いた話にはなりますが」


「……ひどい話だ。」


災害対応は「採算」よりも「国民の生命・生活の保障」が基本のはずで、復興の遅さや一部機能の放棄は「国家の責任放棄」としてしか考えられない。


子どもであっても税金とは正常に使われているのか疑問を持たざるを得ない。

にも関わらずここ35年で税率は20%に増加した。


コンクリートの外壁には海藻とフジツボがこびりつき、潮の匂いと鉄の錆が入り混じっている。

シュウは周囲を見回しながら問いかけた。


「なぜ、こんな場所に転送したのでしょうか? 

 というかアレイスターという人物は何者なんですか?

 アレイスターという人が元アダルトレジスタンスだとは聞いていましたが」


ジュウシロウが遠い目をする。


「そうか。お前は知らなかったのか。

 まぁ……俺の師匠だ。

 メタトロン計画の最初の被験者で、記憶の取り込みに耐えきれず、人格が変質した。

 選民主義に陥り、特に白人への憎悪は凄まじかった。

 それと同時に、日本への愛国心も常軌を逸していた。」


愛国心か……。

過激な左翼とも右翼とも取れるがシュウはそのアレイスターなる人物に違和感を覚える。


シュウもまた、元公安の「不動」の知識を脳に埋め込まれている。

頭の奥に、大きなガラス瓶に詰められた“記憶の塊”があり、そこに小さな穴を開けては知識が染み出してくる――そんな感覚だ。

だが穴を広げすぎれば、激しい頭痛に襲われ、立っていることすらできなくなる。


だからこそ疑問だった。

最初の被験者というだけで、どうしてアレイスターはそこまで急速に記憶を自分のものにし、反旗を翻すに至ったのか。

カオリは必要最低限の医学知識を入れたが2年ですべて知識をインストールできたのにも関わらず。

……まぁ失敗作だった可能性を指摘されれば、返す言葉もないが。


「これから、どうします? こんなとこで待ってても何も起きませんよ。」


「待つしかないだろう。師匠が何を考えているか……。」


転送の際に告げられたのは「ルシアンとの取引」だ。

それ以外の説明はなかった。

今の彼らには武器も装備もない。

戦闘になれば、ただの的だ。


2日間まるで拘束されていたのだ。

ケンと違い、緊急時の換装システムは持ち合わせていない。


あれはどっちかというとケンが特殊なのだが。


「海岸まで泳ぐってのは……? 100メートルぐらいだろ。」


「……俺、泳げないんすよ。」


「なんだ?川遊びもしなかったのか?」


「ええ。大人は皆泳げるらしいですね。」


「らしい。プール教育を全国で廃止したのも原因だな。

 全く……教育を無能が握るとこうなる。」


そう言いながら、ジュウシロウは辺りを探索し始めた。


「別にジュウシロウさんだけ行っても構いませんけど?」


「それはそれで寂しいだろ。

 船か救命胴衣でもあれば別だが……。

 とりあえず探索だ。」


二人は別方向に散った。

不思議なことに、こんな状況でも胸が高鳴る――廃墟の探索は、秘密基地ごっこの延長のようで退屈しない。


シュウは水没している可能性はあるが下の階を。

ジュウシロウは上の指令室を見ることにした。


ジュウシロウは、海上拠点の指令室へ足を踏み入れた。

そこで目を引くものがあった。


「焚き火跡……? それに、マグカップ?」


煤の跡は新しく、金属は錆びてもいない。

こんな場所に人が? ホームレスが漂着したわけでもあるまい。


周囲を見回すと、壁に奇妙な文字が塗られていた。

漢字のようだが、日本語ではない――おそらく中国語。

塗料は厚く、容易には消せそうもない。


「……妙だな。シュウを呼ぶか。」


そう思って引き返しかけたとき、視界の端に何かが映った。

椅子の上に置かれた、革装の手帳。

日焼けはしていないが、使い込まれた跡がある。

無意識に手に取った。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


『2060年8月6日』

ついにやった。この記念すべき日に、副大統領を殺した。

ああ、見ておられますか、原爆の犠牲者の皆様。チェ・ゲバラ。

そしてアッラーよ。

私がアメリカを終わらせる。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


8月6日――原爆の日。

広島出身のジュウシロウにとって、この日は血肉に刻まれている。

忘れるはずもない。

それは同時に、アダルトレジスタンス史上最大の敗北の日でもあった。


あの日、彼らはメディアを襲撃し、さくらテレビの占拠を行った。

そして窮地に追い込まれた。


あとから前崎に聞いた話ではあるが副大統領はサテライトキャノンの発射に関わっていた。

通話記録も残っていたので間違いない。


この手帳の人物が殺したのか?


ページをめくる。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


『8月16日』

白人至上主義者どもを火で炙った。これが天罰だ。

(写真貼付:黒焦げの死体)


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


それは十字架に張り付けられたキリストの聖職者……だったものだった。

苦痛が表情から伝わる。


唯一首からぶら下げられた十字架のネックレスのみが無事であり、

肉体はほぼすべて炭化している。


吐き気がこみ上げ、口を押さえる。

人間に、こんなことができるのか……。


次のページをめくる。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


『9月4日』

日本に来た。幼い子供が、知覚されぬはずの俺の体にアイスをぶつけてきた。

だが俺はドル札を渡し、許してやった。


コーラン第42章40節:

「悪への報いは同等の悪である。

 しかし、赦し、和解する者には、アッラーからの報いがある。

 アッラーは不義を行う者を愛されない。」


いいことがありますように。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


『9月15日』

一ノ瀬と取引。頭の切れる男だ。

ケンを餌に、アダルトレジスタンスを表舞台に引きずり出す。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


『9月18日』

日本の自衛隊の練度は想像を超えていた。

我が国の英雄たちと肩を並べる。いつか同盟を……。

だが坂上は渋い顔をしていた。


案ずることはない。

イスラム教徒と日本は仲良くなれる。

同じアジア人種だろう?


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


『9月21日』

Mr.坂上と一ノ瀬から話を聞いた。

前崎英二――とんでもない器だ。

これこそが求めていたもの。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


『9月31日』

ついに現れた。俺が唯一神になる日も近い。

あの老害のすべてを奪ってやる。

見ていてください。アッラー。

あなたの隣に行きます。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


日付を見て、血の気が引く。

「……二日前?」

誰がこれを書いた?


これは何の記録だ。

師匠のものなのか?


考えを巡らせていると、下から声が飛んだ。


「ジュウシロウさん! 外を!!」


窓から見下ろす。

水平線の向こうから、無数の船影が迫ってくる。

翻っているのは――中国の旗だった。

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