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File:007 代償

「ゲェェェェ……」


白の隊・訓練見習いのカノンが見たのは、床に崩れ吐き続ける子どもたちだった。


「カノンちゃん!ポリ袋、全員分!」


「は、はい!」


言われるがまま、袋を配りながらも不安が募る。


(一体何があったの?)


その中で、ようやく見慣れた顔を見つけた。


「シュウ、大丈夫?」


「……カノンか」


返ってきた声はひどく乾いている。

顔色は悪く、目も虚ろだったが、吐いていないだけマシだった。


「よかった……他の子よりも大丈夫そうだね……」


「運がよかっただけだ。本当だったら…俺も死んでた」


伏せた瞬間、意識を失った。運が良かった。それだけの話。

仲間たちは腕を折られ、切られ、心を折られた。

その現実に、シュウは立っているのがやっとだった。


「……」


カノンはその意味までは理解できなかったが、次々に袋を配りながらも胸が苦しくなる。


そして——


「……あの、袋」


一番奥にいた大男に声をかけた瞬間。


「うわぁああ!!」


振り上げられた拳がカノンに向かってくる。


時間が止まる。


(怖い……動けない……)


次の瞬間、その大男を殴り飛ばしたのはシュウだった。


「ジュウシロウさん!俺だ、シュウだ!しっかりしろ!」


ジュウシロウの目は涙で濡れ、焦点が合っていない。髪の根元まで白く変色し、まるで別人だった。


「くっ……!」


シュウが全力で押さえつける。しかしジュウシロウの体は巨大で、暴れるたびにシュウが押し負けそうになる。


「……来てくれたばっかりなのにごめんね、カノン」


静かに声がして、白の隊リーダー・カオリが現れた。


「どきなさい、シュウ」


「カオリさん、でも……!」


「言ったでしょ。“治療”は私の仕事よ」


シュウを軽く押しのけ、カオリはジュウシロウの膝裏を正確に蹴り抜く。

崩れた体勢のまま、頬に鋭いパンチ。


その一撃で、ジュウシロウは黙り込んだ。

泣き続ける姿だけが、残った。


「……彼をこれ以上晒し者にしないで」


そう呟きながら、カオリはジュウシロウを抱えて去っていく。


「シュウ、今からあんたがリーダーよ。しばらく黒の隊を任せるわ」


「……はい」


「安心して彼は必ず戻らせるから」


シュウは悔しさを押し殺しながら、カオリたちを見送った。


「……カノン、大丈夫か」


その声でカノンは、抑えていた涙を堰を切ったように溢れさせた。


「……怖かった、怖かったよぅ……」


「大丈夫、大丈夫だ」


シュウはそっとカノンを抱きしめ、何度もそう繰り返した。



目が覚めたとき、カノンは自室のベッドだった。

薄暗い光がカーテンから差し込み、静寂に包まれている。

枕は少しだけ湿っていた。


ベットカーテンの隙間から様子を見るとユーリがいた。

机に向かって勉強しているようだ。


「…起きた?調子どう?」


「へっ…!?」


虚を突かれた声が思わず出た。

ユーリはそのまま目線を動かさず、電子デバイスとノートから視線を外さない。

そんなユーリにカノンはそっと近づき、後ろから抱きしめた。


「…ちょっと。勉強できないわよ」

「…ごめん。でも少しだけ」

「しょうがないわね」


二人は手をつなぎながら一緒のベットに座り込み、目を合わせる。


「まったく、かわいいんだから」

「えへへ…」


呆れたように笑うユーリが、カノンの額にそっとキスを落とす。

それだけで、カノンは安心したように目を細めた。


次の瞬間、ユーリはカノンを抱き寄せ、そのままベッドの上で転がすように押し倒す。


「今は甘えさせてあげる。でも、いつか卒業しなきゃダメよ?」


囁くように言いながら、ユーリは自分の服を脱ぐ。

ためらいも、恥じらいもなく。


「……」


カノンもまた、当たり前のように肌を晒す。


布団の中、素肌が触れ合うたびに、心まで温まっていく。

言葉はなくても、それが何よりの癒しだった。


「……こうしてると、安心するでしょ?」


ユーリがぽつりと呟く。


カノンは頷き、そっと目を閉じた。



時間がどれだけ過ぎたかわからない。

でもそんなことお構いなしに二人は起きていた。


「……ホログラム転送技術、って知ってる?」


カノンは首をかしげた。


「えっと……どんなの?」


ユーリは一呼吸おいて、柔らかく言った。


「雑に言えば、“どこでもドア”みたいなものよ」


「どこでもドア?」


カノンの目がぱちくりと瞬く。


「……それ、なに?」


その瞬間、ユーリの胸に淡い違和感が広がる。


──ああ、そうか。

知らないんだ、この子は。


けれど、ユーリは何も言わなかった。

憐れむのでもなく、哀しむのでもなく。

ただ、それを“受け入れる”顔で微笑む。


「……そう。じゃあ、瞬間移動はわかる?」


「うん、それは知ってる!」

カノンの顔がぱっと明るくなる。


「亀仙人のサングラスを取ってくる時に使ったやつでしょ?」


思わずユーリは笑ってしまう。


「……そうそう、それよ」


本当は「なぜそれは知っていて、どこでもドアは知らないのか」

理由なんて、もう察している。


けれど、そんなことを問い詰めても、意味はない。

それよりも無邪気な彼女が可愛かった。


「その瞬間移動を、“機械の力で”やろうとしたのがホログラム転送技術なの。

ざっくり言えば、物質を一度分解して、別の場所で再構成する。

言い換えれば、“体ごとコピーして貼り直す”ようなものね」


「すごい……! それがあれば何だってできるじゃない!」


カノンの目が輝く。


ユーリは少し笑ってから、静かに首を振った。


「……そんな都合のいいものじゃないわ」


カノンの表情が、きょとんと曇る。


「転送先の空間を、完全に“空”にしないといけないの。

ほんの小さなゴミひとつでもあったら、体と重なって――そのままめり込む」


「うっ……」


ゾッとしたように、カノンは身を縮めた。


「だから、座標を一瞬でも間違えたら終わり。

当然、電力も出力も莫大に必要だし、連続使用なんて論外。

便利だけど、ノーリスクではないのよ」


「……それでも、やっぱりすごいよ」


「確かに、“使い方さえ間違えなければ”ね」


そこで、ユーリの声が少し低くなる。


「でもね、カノン。肉体は何度でも修復できる。

けれど、“心”は別よ。

ジュウシロウさんが壊れたのは、体じゃない。“心”なの」


静かに語るその目は、どこか遠くを見ていた。


「頭を潰され、目を抉られかけ、肩にナイフを刺され、

銃ごと手を踏み抜かれて……

私たちの技術でも、あの心は治せない」


「……」


カノンは言葉を失い、ただ俯いた。


「逆に、シュウは一瞬でやられた。

だから、“記憶がない”。

それが、かえって救いだったのよ」


わずかに空気が重くなる。


けれどユーリは、意図的に話題を変えるように微笑んだ。


「でも、私たちはこの技術で“最強の奇襲部隊”になったの。転送は武器よ。

条件さえ揃えば、どんな最前線にも、一瞬で飛び込める」


カノンは素直に目を輝かせる。


「……すごい。ユーリって、本当に物知りなんだね」


その無垢さが、ほんの少しだけ眩しかった。

ユーリはカノンに向き直り、じっと見据える。


「カノン聞きなさい」


「えっ……どうしたの急に?」


「“知識”がなきゃ、私たちは肉体を売るか、使い潰されるだけ。女は特にそう。

力も立場も、最初から男とは違うの。

知らないままじゃ、一生“消耗品”として男に使われて人生が終わるわ」


冷たい現実を突きつけるような言葉だった。


カノンは唇を噛みしめる。

その言葉は、他人事じゃなかった。

あの場所で、何度も味わった無力さが胸に蘇る。


そんな彼女に、ユーリは静かに問いかける。


「――カノン、あなたはどうしたい?」


その一言は、突き放すようでいて、優しかった。


カノンは、ほんのわずかに震えた指先をぎゅっと握りしめる。


「……私、勉強する,もう、道具にはならない。絶対に」


その決意を聞き、ユーリはゆっくりと微笑む。


「いい子ね。じゃあ、一緒に頑張りましょう。まずどこでもドアっていうのについて教えてあげるわ」


ユーリは微笑み、その手を握る。


その夜、二人は朝まで語り合った。

ほんの少しだけ、世界が優しかった。

予想以上に多くの方に読んでいただき、本当にありがとうございます。

当初は6月1日からの投稿を予定しておりましたが、嬉しい反響と高まるモチベーションを受け、しばらくのあいだ毎日更新(2週間ほど)させていただくことにしました。


どうぞ、これからの展開もお楽しみいただければ幸いです。

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― 新着の感想 ―
Xの企画で参りました。 『代償』まで拝読しました。 A.D.R.の国会議事堂襲撃事件とその撤収後まで。 ホログラムと実体化技術が明かされるところが衝撃的でした。 子供と大人/日本と外国と、このお話…
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