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File:082 サヴァン症候群(Savant Syndrome)

忙しいけど気合で書き進めるぞ!

ある一人の男の話をしよう。


スティーヴン・ウィルシャーというイギリス出身の人物だ。


その男は、生まれつき重度の障害を抱えていた。

というのも3歳で自閉症と診断され、言葉を話せなかった。


それにより成長しても会話はたどたどしく、運動能力も著しく低く、人々の支えなしでは生きていくことはできなかった。

その証拠として幼少期はほぼ無言で過ごし、特別支援学校に通っていた


一昔前であれば、“社会不適合者”として切り捨てられていたかもしれない。


しかし――彼の内に潜む“異形の才能”に、周囲は気づいた。

誰もが見落とすディテールを、彼は見ていた。

静かに、淡々と、それを紙に描き出していった。


それが彼が生み出す絵画である。


彼の絵は――あまりにも精巧だった。

写真と見紛うほどのリアルさ。

いや、むしろ写真よりも正確かつ精密だったと言われている。


やがて、その芸術は数千万単位で取引されるようになり、母子家庭で困窮していた家庭を救った。


その奇跡のような才能に、ひとつの調査チームが着目した。

彼にある実験を持ちかけたのだ。


ヘリコプターに乗せ、上空から都市を一望させる。

その後、一切の資料も与えず、ただ一度だけ見た景色を絵に描かせた。


結果に研究者は戦慄した。


ビルの配置、車の流れ、人影の分布、光と影の比率――

すべてが、航空写真と1ピクセルの誤差もなく一致していた。


それもローマ・東京・ニューヨーク・香港など様々な場所で行わせたがすべて例外なく一致していた。


通常の人間の“記憶”ではありえない。

言葉で表現するのであれは“写し取り”だった。


彼を「The Human(人間) Camera(カメラ)」としてBCCのドキュメンタリーとして紹介されたのが何よりもその特徴を表していた。


彼の脳は、“見た”ものをそのまま、圧縮も変換もせず、そのまま焼き付けていた。


この現象は、サヴァン症候群(Savant Syndrome)と呼ばれている。


一般的な人間の記憶は、概念のネットワークだ。


知識を点と点で結びつけ、数珠つなぎのように関連づけながら保持している。

たとえば、「フランス革命」という抽象に「ナポレオン」という具体を結びつけたり、

「スマートフォン」というカテゴリから「iPhone」→「スティーブ・ジョブズ」へと連想を飛ばすように。


だが――サヴァン症候群は違う。


彼らは、記憶を“ガラス細工の絵(ステンドガラス)”のように扱う。

圧倒的な精度で、瞬間を切り取り、脳内に“そのまま放り込む”。


それは、抽象化や意味付けの“前”に記憶を取り込むという、常識を逸した構造だ。


さらに症状が強い者になると、

降る雨の一粒一粒の“軌道”すらも、記憶してしまうという。


して――この“異常な認知機構”にこそ、未来はあった。


それこそがメタトロン計画。


「記憶」や「知識」を、まるでデジタルデータのように情報パターンとして転写できるとしたら、

人類の限界を超える“知識の器”が、生まれるのではないか。


そう仮定したのは、政府の研究機関ではない。

アダルトレジスタンスのボス――ルシアンだった。


密かに行われた人体実験。

その被験体に選ばれたのが、ケン。

一人の少年でありながら、すでに「ヒト」ではなかった。


彼の脳は――後天的に破壊された。

拷問、火傷、外傷、そして精神的なトラウマ。

広範囲にわたる神経接続が断絶され、彼は「日常を生きる能力」を失い、

「ただ生存するだけの器」と化していた。

その生存すら、誰にも望まれていなかった。


そこへ転写された――名もなき兵士30人分の戦闘記録。

格闘術、銃撃戦、野戦戦術、心理攪乱、夜戦処理、拷問と耐性――

すべてが“映像”でも“訓練”でもない。記憶そのものとして、彼の脳内に流し込まれた。


通常の人間なら、即死にも等しい情報量。

だがケンは違った。


莫大な知識と経験は、壊された神経回路に仮初の生命を吹き込み、

眠っていた領域すら目覚めさせた。

まるで焦土に神経が芽吹いたかのようだった。

完全に壊れていたはずの脳に。


いや――彼が“壊れていた”からこそ、適合した。


脳の空白に、記憶が染み込んでいく。

自己と他者の境界線が溶け合い、やがて一つの人格として統合されていく。

それはまるで、彼自身が――幾人もの戦士として生きたかのように。


こうして、サヴァン症候群の脳機能は、

先天的な奇跡ではなく、後天的な暴力と科学によって模倣された。

そしてそれが、“壊れた人間”に第二の進化を与えた。


彼は、ただの回復者ではない。

戦闘特化の神経構造を持つ、人工進化体。

新たな人類のプロトタイプとして、彼は再定義された。


――完全記憶。

――完全模倣。

――完全戦闘理解。


そのすべてを“情報”ではなく、“血肉”として取り込む器官。

どんな子どもも、望んだ人間になれる。

ルシアンの夢の一つは、ケンという成功例によって達成された。


彼は知識を「学ぶ」のではない。

「喰らう」。


脳は情報を「処理」しない。

「咀嚼し、全身に同化する」。


だからこそ、ケンが“記憶を解放する”という行為は、

他者にとっての思い出や学習とは次元が違う。


それは、戦闘の神に変わるための儀式。

自己の肉体に宿るすべてを呼び起こす、覚醒の瞬間である。


その記憶は肉体と密接に関わり人格や姿形も変化する。


もうそこに少年はいない。

いたのは戦闘機械として生まれ変わった兵士(ソルジャー)である。


中華人民解放軍30人の叡智が集合した結晶がケンだ。


だがもはやそれはケンというには中身がなかった。


そのままケンの意識が消えていく。

まるでバターが溶けるように。


その消える一瞬。

その一瞬は何秒にも引き延ばされていたが、残った意識の最後。

ケンは走馬灯を見ていた。


忘れもしない。


何もできなかったあの頃の記憶だ。

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