File:080 クラシックな戦術
小説家なので勉強のために本を読んだのですが『アイドル衣装のひみつ』という本が凄く面白かったです。
是非、皆さん読んでみてください。
アイドルにあまり興味がなかった自分のアイドル衣装に対する目の付け所が変わりました。
北海道網走刑務所前。
ケンと前崎が向かい合う。
ケンは殺気だった顔で前崎を見ていた。
なぜ、こんな場所で――
なぜ、これほどまでに――
命を賭けた殺し合いを演じることになったのか。
少しだけ、時間を巻き戻そう。
***
Perfect Cascadeの襲撃が開始されたことにより、選択が迫られていた。
だがそんな時に前崎が口を開く。
「俺を……どこかに転送できないか?」
不意に放たれたその一言に、周囲の空気が一瞬静止する。
『できないことはないけど、何をする気?』
アレイスターが問い返す声は、明らかに警戒を孕んでいた。
「人の被害が出ない場所に行って、あの同じ顔の連中の目をこっちに向けたい」
ホログラム上では同じ顔ことPerfect Cascadeが次々と東京拘留所を襲撃し続けていた。
前崎の言葉に、全員が息を飲む。
リスクを負って囮になるというのか?
アレイスターが慎重に口を開いた。
『だが、ルシアン側が民間人を人質に取ってきたら、状況はさらに悪化するぞ?
ジュウシロウやケンやシュウならわかるけど、君は最悪ルシアンからすれば
変わりが効く存在だろ?』
「わかってる。
だから……フェイクを作るんだ。
動画と画像で“奴らの本拠地に侵入した”と信じ込ませたい」
『……それで、ルシアンの意識をSGに引き戻す、と?』
前崎が力強く頷いた。
「そうだ。
あいつの性格上、自分のテリトリーに侵入されたら冷静ではいられないはずだ」
アレイスターが黙り込み、計算を始める。
『理屈は通ってる。でも、問題がある。
私は3年間SGに出入りしていない。
ルシアンを騙せるぐらいの細部の構造まで再現するには情報が足りない』
「一ノ瀬」
「はい」
「さくらテレビ襲撃で顔が割れたガキのデータ、全員分をアレイスターに渡せ」
「了解。すぐに照合・転送します」
前崎は続ける。
「アレイスター、お前のAIで俺の言うことを解析してSGの内部を忠実に再現しろ。
修正箇所は俺がいう。
そして……」
言葉を切り、坂上を見た。
「あの子どもたちの前で、お前が“処刑人”として演じろ。
ルシアンにヘイトを抱かせろ」
「……俺がお前の仮想でつくった奴らの基地でか?」
坂上の顔に、あからさまな嫌悪と動揺が浮かぶ。
「そうだ。だが俺が実際に行って見て覚えたものだ。
公安の記憶力を舐めるなよ。
さらに言えばお前が人を殺すわけじゃない。
あくまで演出だ。俳優になってくれ」
沈黙。
だが、その沈黙の中で坂上は決意を固めていた。
「……わかった。やってやるよ。
民間人の被害が抑えられるのならな」
『私も、前崎君の案に乗ろう。――多少リスクはあるが、やってみる価値はある』
アレイスターのホログラムが微かに笑みを浮かべる。
「すべては、ルシアンがどう反応するかにかかっている」
『了解だ。それなら、まずは前崎君とケン君を“網走刑務所”前へ、私自身と共に転送しよう』
「……は?」
前崎は反射的に眉をひそめた。
「よりによって、なぜそんな極地に?」
『それには技術的な制約があるんだ。
私のホログラム転送技術は、自由自在に送れるわけではないしね。
転送できる座標は“事前にマーキング”されたごく限られた場所に限られる。
さらに、使用できるのは基本的に一度きり。
しかも、気象条件や地磁気の影響を受けやすく、現在、確実に転送可能な地点は二か所──
“網走刑務所の旧監視棟前”と、“能登半島沖の補給基地跡”だけ』
「お前……なんでそんな場所を転送先としてマーキングしたんだよ」
『我々の業界ではね、使われなくなった場所こそ最高の拠点になるんだよ、前崎。
地図に載っていない場所ほど、戦略価値がある。
今回は偶々個々の場所しか飛べないだけ』
アレイスターは湯呑に口をつけながら、どこか皮肉めいた調子で肩をすくめた。
『ルシアンの転送能力は確かに我々のそれを凌駕している。
座標の自由度、タイムラグの少なさ――
それでも“リアルタイムで座標設定して即転送”という芸当は不可能だ。
奴が転送を行うには、対象地点の安全性や座標精度の検証に数時間はかかる。
だからこそ、今回は物理的に移動して来ざるを得ない。
その“タイムラグ”こそが、我々のつけ入る唯一の隙だ』
「……なるほどな」
『だから、シュウとジュウシロウは能登半島へ。
ケンと君は網走刑務所前に飛ばす。
この陽動が成功すれば、ルシアンの関心と戦力を“二極化”させられる。
さらに動画の作成でルシアンを揺さぶることができれば三極化できる。
敵を分断し、指揮系統に揺さぶりをかける
――クラシックな戦術だけど、有効だ』
アレイスターはアクリルガラス越しに手を掲げると、掌から幾筋ものレーザー光が生まれた。
まるで繊細な手術のように、前崎の拘束具を一つ一つ焼き切っていく。
「ちょ、ちょっと待て、それ危なくないのか……」
『安心して。私の出力は±0.001ミリ単位で制御されている。
仮にも君を殺す気なら、もっと別の方法を取るよ』
そう言うと、アレイスターは小型の球状デバイスこと高精度スキャンカメラを一ノ瀬に投げ渡した。
『これで、ミスター坂上を撮影してくれ。
あとで演出に使う。
フェイク映像とはいえ、表情の質感や照明の加減で“嘘か本当か分からない”領域に仕上げたい』
「……了解しました」
前崎はアレイスターの周囲に展開された光の粒子に包まれ、一瞬、輪郭が滲んだかと思うと、そのまま跡形もなく消え去った。
あとには僅かに、風のような気流だけが残った。
「……これが戦争か」
坂上が吐いたのは、溜息とも呟きともつかない言葉だった。
「そうですね――
ですが、始めた以上、勝たなければ意味がありません」
一ノ瀬の静かな声が、緊張感の残る空間に重く響いた。
***
網走刑務所前。
とは言っても旧の方だ。
現在は観光用の博物館へと用途を変えていたが、その周囲は今も昔も人の気配がほとんどない。
背後には原生林が鬱蒼と生い茂り、人気もなく、動物の鳴き声すら遠い。
時刻は16時を回っており、閉館しているのも後を押しているのだろう。
同時にケンも来たようだ。
転送されたときには別々の場所にいたが難なく転送されたようだ。
「よう、お前も来たか」
「……」
そういうケンは無言だった。
相変わらずどこからあの状況で調達してきたのかサルのお面を被っており、表情は読み取れなかった。
そして無言で下を見て何かを探し始めた。
気にはなったがアレイスターが現れた。
『さて、さっきの話の続きだけど、見てくれ。
三年前のSGの構造を私の記憶と演算を元に再現した。
どうだ?』
ホログラムの映像をアレイスターが流しながら問う。
「いや、ほとんど変わっていない。これで十分だ」
『OK。じゃあ、あとは坂上の演技次第かな?
じゃあーーー前崎!!』
その言葉に、前崎の身体が条件反射のように跳ねた。
理屈ではなかった。ただ、全身が警鐘を鳴らしていた。
次の瞬間、さっきまで彼が立っていた場所に、拳大の石が凄まじい速度で叩きつけられた。
投げたのはケンだった。
すぐさま、二撃目。
振りかぶったケンが石を手に突進してくる
――が、その刹那、アレイスターが前に割って入る。
『何の真似だい?ケン』
冷ややかな声と同時に、アレイスターがホログラム端末から実体化させた小型拳銃を構えた。
その銃口がケンに向けられると、ようやく彼の足が止まる。
「……完全にそっちの味方なのですね、アレイスター……様」
吐き捨てるような口調だった。
ケンの目に宿った敵意は、明らかにアレイスターだけでなく前崎にも向けられていた。
『まあね、今交渉中なんだ。
余計なことはするな』
アレイスターは淡々と応じると、どこからかロープを取り出し、ケンを手際よく拘束していく。
手足を縛られたケンは動かなくなったが、目は決して諦めていなかった。
そんなケンに違和感を覚えた。
『前崎君。装備を返しておくよ。例の外骨格スーツだ。
損傷は軽微。エネルギーパックも十分残っている』
差し出されたのは、前崎がかつて坂上との死闘で使用した神経接続型の外骨格スーツだった。
既に最適化されており、取り回しも慣れている。
武器はリボルバー1挺とナイフ2本。
だが、それで十分だった。
『一旦、私はシュウたちを能登に送ってくる。
何かあればケンを痛めつけろ』
「わかった」
そしてアレイスターが消える。
手早く装備を装着しながら、前崎は横目でケンを見やる。
その眼差しは、獣のように鋭く、何かを待っているかのようだった。
「そんなに睨まれてもな。俺はお前に何かしたか?」
「……」
そこへ――“ポトリ”。
乾いた金属音が静寂を裂く。
空間が再び歪み、拳大の金属匣が重力に引かれるように地面へ落下した。
その表面は黒曜石のように鈍く光り、見たこともない紋様が脈動するように浮かび上がっている。
まるで心臓の鼓動に呼応しているかのように。
「……換装」
ケンが短く呟いた。
ケンが呟くと同時に、匣が音もなく開いた。
次の瞬間――
内部から噴き出すように金属片、ワイヤー、センサーモジュールが蠢く。
それらは意志を持つ生物のように、拘束されたケンの身体へと一斉に襲いかかった。
腕、脚、背中、首筋――無数の装甲ユニットが寸分の狂いもなく装着されていく。
それはまるで軍用兵器の組み立て工程を、再生速度100倍で見せられているかのような速さだった。
「なんだ!?」
前崎が思わず構える。
その様は、兵士というより“兵器”。
いや、“呪詛”のような鋼鉄の意志を纏った、戦場に舞い戻った亡霊のようだった。
さっきまでアレイスターが巻いていた拘束ロープは、まるで紙切れのように引き裂かれ、宙を舞う。
完全武装。
その瞬間、地を蹴る。
ケンが血走った眼で前先を睨みつける。
殺気をまき散らし前崎へととびかかった。
結婚、引っ越し、資料提出、手続き等でお盆の更新が難しいかもしれません。
もし更新が難しい場合、連絡させて頂きます。
すみません。