File:079 再襲撃
すみません‼️ちょっと誤字が多かったので修正しました‼️
襲撃の一報が入ったのは、一ノ瀬の部下からの緊急通信だった。
『複数拠点で同時襲撃が発生。
自衛隊の中部方面隊駐屯地、米軍・横田基地、神経外骨格の主生産ライン、
それに――秋葉原。』
「秋葉原? 狙いは電化製品か?」
坂上が皮肉を込めた冗談のように呟く。
だが俺と一ノ瀬は、その意味を正確に理解していた。
秋葉原にあるオスカーの工房。
“かつての俺たち”が、いつか使うことになるかもしれないと摘発を見逃していた闇の拠点。
そこが狙われたということは――
(…オスカー。すまない)
心の中で、静かに詫びた。
「…装備を奪い、整えているということか?」
俺の言葉に、アレイスターが即答する。
『間違いないだろうね。
ここまでの動きの速さを見れば、相手は初めからプランを持って動いている。
次に狙われるのは――おそらくここだ。
準備は整ってるかい?』
「ああ…あんたの言った通りにな」
坂上が不機嫌そうに頷く。
「なんの話だ?」
『ホログラム転送装置へのカウンター手段だよ。
あれは万能に見えて、転送先の空間座標を妨害すれば転送先をこちらがある程度コントロールできる。
だから、座標をロックする特殊な電磁波を照射して転送先を固定する』
「転送先から出てきた瞬間に狙うってことだな?」
『それもいいけど、罠を張っておくのが一番合理的だよ。
火炎瓶でもガソリンでもキャンプファイヤーでも、転送先を“火の海”にしておけば、自動的に焼き殺せる』
「…それ、本当にガキ相手にやることかよ?」
坂上の声には、わずかに怒りが滲んでいた。
『“子ども”を“敵性戦力”として処理するのが、この国の新しい防衛方針だろ?
少年兵をテロリストと見なすなら、手段は問うなって法が言っている。
それが嫌なら、主導した――目の前の前崎に言えばいい』
坂上の視線が鋭く前崎に向けられる。
確かに、少年法改正により、16歳以下の武装反乱分子も“殺処分対象”になった。
それを提案し、推進したのは、他でもない――前崎英二。
「……責任は取る。嫌なら、お前が外れろ」
前崎は目を逸らさず、静かにそう言い切った。
「今のお前の状態を見て、指示に従う隊員はいねぇよ」
不快げに吐き捨てる坂上。
だが、そこに割って入るように――
東京拘置所上空に警報が鳴り響いた。
『繰り返す!これは訓練ではない!
未確認飛行物体が太平洋側から接近中!
職員および被収容者は速やかに避難せよ!
これは訓練ではない、繰り返す――!』
「……まさか」
誰かが呟いた。
『どうやら、物理的に現れての強行突破みたいだね。
…まったく、予定が狂った』
アレイスターの声には、珍しく苛立ちが混じっていた。
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ルシアンが選んだ戦術は――あまりにも単純だった。
日本国内に駐屯する在日アメリカ軍基地を急襲し、そこから強奪した戦闘機を――
“神風”として突っ込ませる。
PC:Perfect Cascadeの1体が操縦席に乗り込み、敵味方の識別信号すら無視して最短最速で上昇・加速。
機体は音速を超えたまま太平洋を一直線に横断し、東京湾へ突入する。
途中、横須賀のスカイタワー管制が緊急発信するも無視。
迎撃も、警告も――何も間に合わない。
わずか数分後。
東京拘置所へ――激突。
AIGES(Active Integrated Ground Energy Shield)による防御シールドが辛うじて機体そのものの侵入を防ぐも、
質量と速度の暴力は衝撃波として周囲に拡散する。
瓦礫撤去が終わらない拘置所の建屋はさらに破壊され、
地中深くの前崎たちがいる重要犯罪者用の面会室にも震動が伝わる。
近くの民家にも被害が出た。
一ノ瀬と坂上は壁に手をつき、踏ん張っていた。
「…ただの突っ込みにしては、えらく爆発したな」
AIGESが物理衝突を抑えたにもかかわらず、内部にまで衝撃が届いた理由は明白だった。
『あの戦闘機――EMP(電磁パルス)弾頭を積んでた。
ホログラム転送装置の座標安定装置も、破壊されたようだ』
アレイスターの声が低く鳴る。
『たぶん、最初から狙ってたんだろうね。
転送対策をしているのを勘付かれたようだ』
それだけではない。
破壊工作に付き物の“ステルス”は皆無だった。
あえて、目立つ形で突っ込み、全世界に“ここを狙った”とアピールした。
真正面から、堂々と。
まるで9.11だ。
前崎は政治的な主張をルシアンの凶行から感じた。
「……あいつら、正気かよ」
坂上が唾を吐くように言った。
しかし、それは始まりにすぎない。
アレイスターがホログラムモニターを表示する。
外の様子が何かの機器を通じて表示される。
そこには同じ顔をした人間たちが東京拘置所に降り立つ。
・略奪した車両や装甲車からの侵入
・パラシュート降下での侵入
・さらには小型改造モーターパラグライダーでの侵入。
その手は近くの民間の家にまで及んでいた。
「おいおい!あいつらには人的資源がないんじゃないのか!?」
『……』
坂上の叫びにアレイスターが黙る。
アレイスターですらあんな兵器はしらない。
そして予測されていたホログラム転送による瞬間侵入は一切なかった。
その裏をかいた、完全なる“地上戦”の開幕だった。
(……君が相手じゃ、そりゃ手の内なんてバレてる
それならば――
堂々と正面から潰してやる)
『そう言ってるようなものだな』
ルシアンの声が、どこか遠くから聞こえてくる気がした。
「…俺は迎撃に行く。どうせ、止めなきゃならねえ」
坂上が静かに言うと、一ノ瀬も立ち上がる。
「僕も行きます。あの子たちは――放っておけません」
「待て。お前たち」
声をかけたのは、前崎だった。
「……これ以上、無駄な犠牲を出すわけにはいかない」
彼の視線は、施設の外――市街地に向けられていた。
「ここはたしかに拘置所だが、周辺には住宅街や学校すらある。
下手に交戦すれば、巻き添えで何百人と死ぬ」
坂上が眉をひそめる。
「じゃあ、どうしろってんだ?」
前崎は短く言い切った。
「――交渉だ」
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第一空挺団および特殊作戦群(SOG)
――日本が誇る最強の精鋭たち。
しかし、それをもってしても、PC:Perfect Cascadeたちの戦力は“異常”と断じるしかなかった。
戦闘機の突入による衝撃があったにせよ、
最大の驚異は、PCたち自身の「兵士」としての完成度だった。
――動きに一切の無駄がない。
――命令がなくても状況判断で即時に連携する
――誰一人、恐怖によって足が止まらない
それはもはや、「兵士」ではなく「一つの生物」だった。
作戦指揮所にいた自衛隊幕僚たちは、早々に戦況を見切った。
最適解は、戦闘継続ではなく、籠城による時間稼ぎだった。
「だが、連携ってレベルではないだろ……!」
これはただの戦力差ではない。
戦術の常識が通じない。
通常なら味方の誤射を避けるため慎重になる市街戦においても、PCたちは恐れず突貫を仕掛ける。
遮蔽物も、退避動作も、まるで必要としていないかのように
――正確無比に味方を避け、敵だけを撃つ。
その異常な連携の正体はただ一つ。
ルシアン。
その存在が、まるで“中央神経”のように、3,000体を一つの生命体として制御していた。
個々が個として動いているのではない。
全員が一つの“群体”のように呼吸している。
人類の限界値など、とうに超えている。
どれだけ地形に精通していても、どれだけ熟練していても――
「個の連携」では、「完全な統合」には勝てない。
後退に次ぐ後退。
幸いにも犠牲者数は抑えられている。
だが、このままでは持たない。
誰の目にも、敗北は時間の問題と映った
――その時だった。
「――ルシアン!」
声が響く。
瓦礫を踏みしめながら、戦線中央に一ノ瀬が姿を現した。
狙撃も、爆発も、一瞬止まる。
それは“敵が来た”からではない。
“ルシアンの知る人間”が来たからだ。
ルシアンの内部リンクが一瞬だけ、一ノ瀬の顔を検索する。
そして確信する。
(……あぁ。前崎君の部下か
対話の価値はまだあるほうかな?)
「交渉したい」
一ノ瀬が言った瞬間、周囲に降り注いでいた弾丸の雨が静まった。
銃口は依然として下がらない。
しかし、引き金は一ノ瀬の言葉によって止められていた。
『……交渉に値する内容かい?』
ルシアンの声が、PCたちのネットワーク全体から返ってくる。
「まずは、ジュウシロウとシュウ――2名の返還を行う。
その条件として、君たちが兵をこのエリアから引くことだ」
一ノ瀬の声は冷静だった。
感情に頼らず、論理だけを武器にするつもりだ。
ルシアンはわずかに“沈黙”し、次にこう問う。
『……ケン君と前崎君は?』
交渉の本丸を突いた。
「ケンは――ここにはいない。
そして、前崎は我々の組織にかつて在籍していた。
その責任もある。
ゆえに、彼に対しては――制裁を加える必要がある」
そして改めて宣言する。
「だからこそ、返還は――できない」
『……』
ルシアンは沈黙したまま、わずかに目を伏せた。
思考のスピードは光速に近い。
並列思考の網が周囲数百体のPCから瞬時に情報を回収し、無数の判断パターンが走査される。
だから結論は一つだった。
『……話にならない。
何か勘違いしているようだが、今選択権を持っているのはこちらだ。
要求は一つ。全員返してもらおう。
断るなら今すぐ全員殺す』
その瞬間、無数の銃口が一ノ瀬の全身を正確に捉えた。
0.3秒以内に300通りの射撃パターンで即死させられる。
交渉決裂。
その場にいた誰もが、そう確信した。
だが一ノ瀬は一歩も引かない。
銃口の嵐の中で、淡々と呼吸を整える。
「……そうか。了解した」
短く、静かに。
その言葉に、ルシアンは僅かな違和感を覚える。
そして、次の一言がすべてを変える。
「今しがた――全員、解放した。」
一ノ瀬が言った瞬間、周囲にいたPCたちが即座に索敵モードへ移行する。
しかし。
『……いない。
どこにもいないじゃないか。ふざけているのか?』
「いや、転送した」
一ノ瀬の目がわずかに光る。
「シュウとジュウシロウは能登半島沖。
前崎とケンは――北海道、網走刑務所だ」
ルシアンの脳内ネットワークが一斉に警告を発した。
『……は? ……まさか……!』
瞬間、すべてのパズルがつながる。
(……やられた)
アレイスター。
あの狂人の名が、頭をよぎる。
(……EMP爆弾をぶつけたのが裏目に出たか)
自ら電波妨害を仕掛けたことで、敵のホログラム干渉を遮断したつもりだった。
だが、それによりアレイスターの転送干渉も感知できなくなっていた。
だなアレイスターは別のチャンネルでホログラム転送が行った。
一ノ瀬の言葉を信じるならばの話だが。
よりによってめんどくさい場所に。
さらに追い打ちをかけるのは物理的距離。
能登半島沖と網走――
どちらも即時回収が不可能な場所。
しかも、EMP粒子の影響で転移再起動にも時間がかかる。
この状況では、アメリカの駐屯地を襲って飛行機を強奪するのが最速ルートだろう。
だが、最も厄介なのは――
(……ジュウシロウとシュウだ)
かつて国に見捨てられた場所。
能登半島。
そこは中国のスパイの格好の侵入経路だった。
この2人が中国にでも拾われれば、技術流出だけでは済まない。
国家間で最悪の火種となる。
それだけでなく、日本の未来を考えた時になるべく中国に餌を与えたくはない。
(……厄介だ。だがこちらも手段がないわけではない)
すぐにPC部隊20体に分散指令が飛び、即応で両地点に向けられる。
だが、残る兵たちは撤退させなかった。
代わりに、銃口の向きが変わる。
それは――東京拘置所の外にある民家群。
窓越しに見える子ども、母親、祖父母。
その全員に、殺意を込めた銃が狙いを定める。
『……ならばこちらも譲れない。
君たちが彼らの無事を保障し、ここまで連れてきたならばこちらも兵を引こう。
だが、そうでなければ――この一帯を焼け野原にする』
言い終える前に、ルシアンは自ら民家の中へと踏み込み、
一人の中年女性――おそらく母親――の口へ銃口をねじ込んだ。
その足元では、震える子どもがすすり泣いていた。
(交渉材料を奪われたなら、こちらも材料を作るまでだ)
その瞬間だった。
空間にホログラムの画面が出現する。
『やあ、ルシアン。
元気にしてるかい?』
『……レスター』
名前を聞いた瞬間、ルシアンのこめかみに浮かぶ血管。
『実はね、ちょっとした問題が起きたんだ』
ホログラムの中で笑うアレイスター・レスター。
『2人を解放しようと思ったんだけどさ――
ケンが、前崎を襲い始めたんだよね』
『……ケン君が? どういう理由で?』
一瞬、ルシアンの思考ネットが混線する。
だが、アレイスターはにやつきながら続けた。
『まあ、よくあることでしょ?
まあ面白そうだし、とりあえず装備を渡して、決着つけてもらってる最中さ。
ちなみに、僕は前崎が優勢と見てる。
兵を引きたいなら――早めにね?』
ルシアンは大きく息を吐いた。
苛立ちが混じるが、冷静さも保っている。
『だからなんだ?交渉材料にすらなってないよ。
……そんな子どもだましで、僕が動くと思って?
ちなみにだけど本気を出したケン君に前崎君は勝ち目がないよ』
ホログラムのアレイスターが笑う。
『そう? じゃあ、これはどう?』
映されたのは一枚の画像。
――SGの内部に、坂上とアレイスターが侵入している写真だった。
『ありえない……!
君に悟られないよう、遠距離座標で転送済みだったのに……!』
『でさ。君の大切な大切な子どもたち。
一人ずつ殺していこうと思うんだけど――どうする?』
次の瞬間。
動画に切り替わる。
画面に映るのは、待機していた少年の一人。
そして、その頭を拳銃で撃ち抜く坂上。
――血が飛び散る。
その瞬間、ルシアンの目のハイライトが消えた。
『ぶち殺してやるッッ!!』
ルシアンが叫び、全兵に撤退命令を出す。
彼が次に向かうのは――SGの迎撃戦だった。