File:074 人を殺す以上のメリット
ちょっと今日短めです。
100 位 [累計]パニック〔SF〕 - 連載中 達成!
「……久しぶりだな」
驚くべきことに、最初に口を開いたのは前崎の方だった。
人工発声補助装置であり、ケンと同じく首に機械が巻き付けられている。
最低限のコミュニケーションはできるようだ。
「今、何時だ?坂上」
「10月2日。お前がここにぶち込まれてから2日経ったよ」
はぁ…と坂上がため息を吐く。
「お前と訓練したのがもう十年前だ。
……信じられるか?お互い老けたな」
「いや……まるで昨日のことのように思い出せるさ。
……楽しかった、本当に」
坂上の口元に、わずかに苦い笑みが浮かぶ。
「常在戦闘訓練のとき、お前に寝込みを襲われたときの衝撃は今でも忘れられん。
心臓が止まるかと思ったぞ。」
「俺だって。
拠点占拠の訓練中、実弾じゃなかったとはいえ、敵と間違えられて銃をぶっ放された時は……さすがに冷や汗が出たさ」
「うるせぇ……。
お前が敵の服着て潜入するのが悪いんだろ、バカ崎め」
二人は、束の間、昔の記憶を共有するかのように語り合った。
だが、厚いアクリル板が、今の二人の距離を冷たく示していた。
沈黙の後、坂上が低く、だが真剣に問うた。
「……なぁ。
なんでお前、国を裏切ったんだ……?」
前崎は視線を落とし、微かに眉を寄せるだけだった。
「理由はあると思ってる。
完全に裏切ったわけでもないんだろう?
情報を渡していたらしいな……。
一ノ瀬ってお前の部下だろ?
さっき知った。ずっと、お前のこと……心配してたぞ。」
前崎は目を閉じ、何かを飲み込むように深く息を吐いた。
「……ここで、全部話してくれないか。
久しぶりだが……戦った中だ。
お前の口から、聞きたい。」
沈黙が落ちた。
長い、重い沈黙の後で、前崎は目を開き、誠実さだけをその声に込めた。
「……すまない。言えない。
言いたくても……言えないんだ。
それが、今の俺の立場だ」
坂上の心に、予想していた答えと、それでもわずかな落胆がせめぎ合った。
爆弾を埋め込まれているんだったか。
あの話は本当らしい。
「ずうずうしいが……代わりに、俺から聞きたい。
他の連中は……どうなった?」
「……ケンってやつはそのままだ。
シュウ、ジュウシロウっていうガキどもは捕らえた。
残りは逃げた。」
「……そうか」
前崎の声は、どこか遠いものに感じた。
まるで、本当にどうでもいいことのように。
坂上の拳が、震えた。
「お前にとって……これは国として正しいことだったと思ってるのか?」
「……ああ。思ってる。当然だ」
「……じゃあ。
お前のその行動は、心から納得した上でのことなのか?」
前崎の瞳がわずかに揺れ、ポツリと答えた。
「……あぁ、ある程度はな」
坂上の感情が爆ぜた。
「テロリストが!
どれだけの人間を殺したと思ってる!!
野放しにできるわけないだろ!!
どれだけの犠牲を払ったと思ってるんだ!!」
その声に、前崎は静かに、だが揺るぎなく答えた。
「わかってる……。お前の言いたいことは痛いほどな」
沈黙の後、前崎は淡々と続けた。
「……だがな。
それ以上のメリットがあるとしたら……どうする?」
坂上は睨みつけ、声を低くした。
「……人を殺す以上のメリットが……?
……言ってみろよ。」
前崎は、わずかに視線を上げ、そして言った。
「奴らの技術や知識を応用すれば……
日本を、世界一の国に返り咲かせることができる」
坂上の目が見開かれた。
だが、次の瞬間、鼻で小さく笑った。
「……お前、何を……。
そんな夢物語、信じられるかよ……。」
だが、その声には、怒りの裏に、わずかな揺らぎがにじんでいた。
「……そんなことが可能なら、もっと早くやるべきだっただろ。
もう、この国が再生するには――遅すぎる」
少子化もインフレも止められなかったこの国は沈むしかない。
それが国際的な見方だった。
前崎は、淡々と、だが断固とした声で言い切った。
「それが……できるんだ。詳しくは、言えないがな」
「……それが、お前が裏切った理由か。」
「そうだ。……今後三百年、日本人が中心の社会ができる」
その言葉は、重く響いた。
だが同時に、どこか非現実のようでもあった。
「理想論を語るな、合理主義者が。
目の前で人が殺されていても、黙っていられるほど大人な人間が、この国にどれだけいると思ってる。」
前崎の目がわずかに陰った。
「……俺は百年以上先の未来を、シュミレーションし、選んだだけだ。
――なんとでも言え」
「……屑が……!」
坂上は吐き捨て、憤りを隠さず、面会室を後にしようと足を踏み出した。
その時だった。
『……さすがだね、前崎英二。
君は本当に、世の中を変えるつもりだったんだ。』
ドアを透過して現れたのは、赤いロングコートに赤いサングラス、長い黒髪の男。
まるで、魔法使いのような風貌だった。
続いて、一ノ瀬がドアを開けて入ってきた。
「アレイスターさん……。ドアはちゃんと開けてください。」
『ごめんごめん。
……ちょっと前崎英二の言葉に反応しすぎちゃったよ。』
前崎は思わず目を瞬かせた。
その異様な風貌に、警察組織の人間には見えなかった。
「……誰だ、お前は」
坂上が訝しげに問い、一ノ瀬も同じ疑念を抱いたようだった。
「は? お前、知らないのか?こいつを」
『あぁ……ルシアンは俺のこと、紹介しなかったんだね。
では――改めて。』
男は、左手の人差し指と中指を揃え、胸に捧げるアダルトレジスタンス特有のポーズをとった。
『俺はアレイスター。
……アダルトレジスタンスと敵対する者だ。』
「……敵対?」
その言葉に、場の空気が一瞬止まった。
公的組織の人間……なのか?
『さて。Mr.坂上。
契約では、前崎と話す際は私と一ノ瀬のみ同席と決まっている。
――悪いが出てもらえるかな?』
坂上は睨んだが、渋々頷きかけた。
そのとき――
「……待て」
前崎の声が低く響き、坂上の足が止まった。
「……俺に用があるんだろ?
だったら、同席者も俺に選ばせろ。
坂上の同席を、認めてくれ」
アレイスターは一瞬黙り、微かに笑った。
『……いいだろう。君の言う通りだ。
契約に、君の選択を禁じる条項はなかったな。
……俺の目も節穴だったか。』
そう言って胸元から小さなノートを取り出し、何かを書き留める。
『俺は忘れっぽいんだ。
こうしておかないと……大事なことを忘れちまうからね。』
前崎の視線が鋭くなる。
「……要件を聞こう」
『まったくせっかちだな。単刀直入に言うよ。』
アレイスターは笑みを浮かべ、しかしその目は冷たく光った。
『前崎英二。――俺の後継にならないか?』
明日、明後日少し長めです。