File:069 スレイプニル・ストライク
感想いつもありがとうございます。
SS(正式名称:Sleipnir Strike)
それは破壊兵器ではない。
物理的な破壊力だけを見れば、ミサイルとしてはむしろ控えめな部類だ。
真の脅威は混沌。
超高出力EMP――電磁パルスによって、電子制御、通信網、センサー、AI補助、そしてその気になれば都市機能の心臓部までもを一斉に沈黙させる。
それが八発、誤差1mもなく指定の場所に着弾した。
「文明時代のおごりだな!機械に頼りすぎるからそうなる!」
シュウが昂揚した笑みを浮かべる。
そして耐熱スーツを乱暴に脱ぐ。
戦闘開始だ。
スレイプニル・ストライクの着弾と同時に、前崎たちの転送が完了した。
それこそスレイプニルの名が付けられた理由である。
さくらテレビでの屈辱――あの敗北が、ルシアンの天才性に火を点けた。
彼はホログラム転送技術を独自に再設計し、“衝撃によって一時的に真空化した座標”への瞬間転送という非常識なアルゴリズムを完成させていた。
空爆によって発生する極短時間の空白領域を「開口部」として利用し、通常なら“接触不能”な領域に座標データを無理やり押し込む――そんな暴力的な理論を、彼は実用レベルで成立させたのだ。
『爆発の中心点は、最も無防備』
そう言い切った彼の論理は、常識外であるがゆえに盲点だった。
死者の国すら踏破し、八本の足で世界を超高速で駆け抜けるまさにスレイプニルを体現したような武器だった。
もちろん、着弾直後は灼熱だ。
だがそんなもの耐熱スーツで対策できる上、ホログラム転送装置のセーフティにより転送そのものがキャンセルされる。
そんな既存の概念を壊す戦略は、EMPで外部センサーが無力化された一瞬を突き、誰にも気づかれずに現れる手段として最適だった。
さらに東京拘置所は現代の象徴だった。
IoT(Internet of Things)接続型統合システム。
警備、施錠、監視、記録――すべてがAIとセンサーにより管理され、人的運用は最小限に抑えられていた。
経営の合理化という観点では、模範的な構造だった。
だが、あまりにも機械に頼りすぎた。
一瞬で沈黙したその建物は、もはや拘置所としての機能を完全に喪失していた。
檻が、檻であることをやめた時――
中にいた囚人は、ただの解き放たれた猛獣となる。
そもそも、都市インフラにおいてインターネットと物理機構を切り離すセーフティネットは義務化されていたはずだ。
だが、コスト削減の名のもとに、その警告は無視された。
経営であれば称賛されただろう。
だが便利さには、常に代償がある。
それを忘れた者たちへの――これは、極めて正確な報復だった。
人手不足を埋めるために機械化を進めた社会。
だが、その根底にあるのは“少子化”という静かな危機だ。
人が減った結果、都市は機械にすべてを委ねた
――その帰結が、これである。
皮肉なことに、それは襲う側にとっては大変都合のいい話だった。
結果として、地下以外の上層フロアはすべて麻痺した。
スレイプニル・ストライクによるEMP攻撃が、電子系統を一掃したのだ。
ただし、地下だけは例外だった。
地中に吸収された衝撃により、機能の一部が残存していた。
――だが、それも想定済み。対策はある。
前崎、シュウ、ジュウシロウは地下へ。
ソウ、ルシアン、元々ケンの部下であるリュウジとショウタは、上層と周辺制圧へと散開した。
リュウジとショウタはケンのことを慕っていた。
今回の作戦にも彼らの強い志願があった。
だが戦力としてはジュウシロウたちには及ばない。
年齢としては中学2年生程度だ。
下手な戦力はこちらの動きを鈍らせる可能性が高い。
ナポレオンの「やる気のある無能はその場で殺せ」になりかねない。
だからこそわかりやすい戦略が必要だった。
アダルトレジスタンスの策は、単純明快。
「超少数精鋭で短時間の殲滅」。
それが、ルシアンの出した答えだった。
以前の襲撃でアダルトレジスタンスは大きな損失を被った。
再起不能ではなかったものの、ルシアンにとっては屈辱だった。
自らの思想の主張を優先し、危うく子どもたちを全滅させる寸前まで追い込まれた。
子どもを含めてほぼ全員をさくらテレビに連れてきたのは自らの思想をさくらテレビで宣言し、世に訴える。
それがメインの理由だった。
後の理由は戦闘経験を積ませたいというのがあった程度だ。
ただあの敗北が、彼の思考を冷静に、現実的に変えた。
今回は違う。
確実に勝ちに行く。
まずはミサイルによって施設の主機能を停止。
一気に突入、混乱の中で掃討。
第一段階は完璧に成功した。
ルシアンはホログラム出力を一時的に上昇させ、エコーロケーションを展開する。
施設内にいる被収容者たちを音波による高速スキャン――
だが、目標であるケンの存在は見つからない。
『……上層にも、周囲にもいない。地下だ!』
すぐさま判断を下し、地下班は退路の確保に動き出した。
地上組は計画通り外に出て陽動を行う。
その矢先――
ウゥゥゥゥ……!
甲高い警報音が、施設中の天井スピーカーからけたたましく鳴り響いた。
予想よりも早い反応。
誰かが非常手順を実行したのだ。
だが、それだけでは終わらない。
施設内の空気がわずかに震えた直後、SGでの通信との通信が途絶える。
――電波ジャミング。
すぐさまルシアンは原因を探る。
視界の端に、不自然に強化された装置があちこちに目に入る。
無数のコードに接続され、重装甲で保護されたその筐体は、通常のEMPでは破壊できない。
スレイプニル・ストライクの攻撃でも貫通は困難と判断される構造だった。
その存在が示す意味はただひとつ。
「電波妨害装置」――
さくらテレビで明らかになってしまったホログラム転送装置の弱点。
ルシアンは舌打ちしたが、すぐに切り替える。
(偶然設置していたのか…?
なるほど。結果として対ホログラム対策となっていたのか。
だが――)
問題はない。
だが、ルシアンは笑みを浮かべた。
『二度同じ手が通用すると思うなよ。』
その背中から、複数のメカニカルアームが音もなく伸びる。
昆虫の脚のようにしなやかに、鋼鉄のように無慈悲に。
アームの先に展開されたのは、彼のメモリーに保存しておいた重火器群。
ミニガン、ロケットランチャー、グレネードランチャー、火炎放射器、機関銃――
それぞれ2基ずつ、計10門。
一斉展開された武器を前に、職員たちは一瞬で硬直した。
『全体に通告する。生きていたいなら、俺たちの邪魔をするな。』
最前列にいた職員の首を、ルシアンは無言で蹴り折った。
そのまま踏み砕くと、即座に乱射が始まる。
彼の周囲だけが唯一の安全圏だった。
まるで台風の目。
ど真ん中だけが、不気味な平穏に包まれている。
職員も囚人も区別はない。
邪魔な者はすべて、撃ち、焼き、爆ぜさせる。
続いてルシアンは、ジャミング発信機そのものを物理的に破壊しに向かう。
原始的だが、最も合理的な解決策だ。
破壊、破壊、破壊。
大人たちの慌てふためく姿を見て、ルシアンは静かに勝利を確信した。
(よし。このままいけば、ケンを――)
その瞬間だった。
『……助けられると思ったか?』
背後から、声。
気配など、ない。いたはずがない。どこにも死角などなかったはず。
――なのに。
振り返ると、そこに立っていたのは、
真紅の服。真紅のサングラス。
そして、漆黒の長髪。
怨敵 アレイスター
『レスタァァァァァァーーーーーーッ!!』
ルシアンの絶叫が空気を震わせた。
次の瞬間、戦場に新たな嵐が吹き荒れる――
人外の怪物同士による、災厄の開幕だった。
個人的な話になりますが3年ぶりに寝坊しました。
10000PVに浮かれていたみたいです。
ちょっと気を引き締めます。
 




