File:067 最悪の平和 まだマシなテロリズム②
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一ノ瀬はため息を吐く。
現状安易にこいつに情報を吐かせるのは危険だ。
だが少なくとも捜査の手がかりは掴む。
「……わかった。言える範囲で構わない」
一ノ瀬は声を低く整えて尋ねた。
「――アレイスターとは、何者だ?
存在の異常性はさておき、正体を聞いている」
「平たく言えば、テロリストです」
「……君たちアダルトレジスタンスも、十分テロリストだろう」
「いいえ。彼は私たちとは別です。
彼はむしろ、犯罪シンジケートを好んで潰す側の人間です」
「……犯罪シンジケート?」
「代表例は、ロシアのオリガルヒの壊滅です。
彼は約30年かけて、オリガルヒのネットワークを根絶しました」
「……あのオリガルヒって、ロシアの新興財閥か?」
「そうです。ソ連崩壊後に台頭した超資本家たちです。
彼らはウクライナ侵攻の失敗後、不凍港を求めて日本に影響を及ぼそうとしていた。
アメリカとは正面衝突せず、経済と情報で日本を取り込もうとしていたのです」
「……だがそんなシナリオ、米軍がいる日本で成立するとは思えん」
「話のレベルが甘いですね。一ノ瀬様。
経済的に人間を寝返らせる方法など、いくらでもあるのです」
その言葉に、一ノ瀬は返せなかった。
実際、メディアや政治の中枢に、どこまで外資の金が流れているかなど把握できていない。
「今の日本は――中国の資本家に事実上飼われている状態です。
なぜ、国内の税金が外国人留学生の奨学金に大量に使われているのか。
あなたは、疑問に思ったことはありませんか?」
……確かに。
社会に対して違和感を持ったことはある。
だが、一ノ瀬は言いたかった。
(だからって、殺して変えるのが正しいのか?)
だが――現実に、彼らが行った「サクラテレビ襲撃」によって、
情報の統制が外れ、社会は皮肉にも正しい方向に動いてしまった。
頭の中に子どもに読んだ名作漫画を思い出す。
それは「ページに書いた名前の人物が死ぬ」という力がある特別なノートを使って新世界の神になろうとした男の話だった。
その漫画の結末のようにそんなものはただの犯罪の正当化である。
……感情的になっているようだ。冷静になれ。
「……で、ロシアと中国が、どう結託する?」
「オリガルヒは中国と手を組み、日本を裏から制圧しようとした。
だが、アレイスターがそれを潰したのです」
「そんな真似……できるのか? 一個人に?」
「彼はもう、人ではありません」
ケンはそこで口をつぐむ。
「……これ以上は、話せません。
制限がかかりました」
「じゃあ逆に聞こう。なぜアレイスターは中国人を狙わなかった?」
「彼には、中国人と日本人の区別がつかなかったのです。
また、すでに中国人資本が日本社会に深く根を張っており、直接的な排除が困難だった。
ただし、特定の対象となった人間は事故や暴動に見せかけて排除してきました。
例えば、暴動に巻き込む。
あるいは身内同士で殺し合うよう誘導する形で」
「……それはもう立派な扇動だな。現代のヒトラーだ」
「プロパガンダだけで大して何もできなかった美術大落ちと一緒にしないでください。
彼は殺人の現場にたった一人で立ち、殺人による世界平和を本気で目指す男です。
その意味で、我々とは理念を共有しています」
「――なら、なぜ敵対した?」
「彼の標的が、我々のボスの命だったからです」
「……お前たちの?」
「ええ。私たちのボスは、世界の構造そのものを変える兵器を数十個持っています。
たとえば、ホログラム転送装置――
あれは、物流・空運・海運の概念を一変させるものです。
日本がすべてを独占できる構造を生み出せる」
「確かに……それが制限なしで使えるなら、経済圏が丸ごと変わるな」
「ええ。マルドゥークやエアも、同系列にあたります。
まあこの2つはアメリカの研究者の失敗作から作ったものですが。
それらを含め、まだ未公開の装置群が存在します」
一ノ瀬は言葉を失った。
ホログラム転送装置以外にも兵器がある――それが事実なら、とてつもない国家的リスクだ。
「……お前のボス、たしか100年前から研究していたよな。
それも、俺は把握してる」
「……よく調べましたね。相当、証拠を消したはずとのことでしたが」
「物理的な証拠は意外と残る。
――日本の警察は、優秀なんだよ」
ケンはわずかに笑った。
「ボスは長い年月を生き抜き、蓄積された知識と技術で兵器を作り続けてきた。
そして今――本気で日本を変えようとしている」
その言葉に一ノ瀬の表情が揺れた。
「……だが、君のボスもアレイスターも外国人だろう?
なぜ、日本を変えようと思った?」
ケンは、朗らかに笑った。
「――そんなの日本を好きになってしまったからに決まってるじゃないですか」
「……は?」
「愛しすぎて、心の中まで日本人になってしまった。
だから、変えたいと思っているんですよ。
自分が惚れた国を、本気で良くしたい――それだけです」
「……迷惑な話だな」
「ええ。でも彼らはアメリカの合理的な倫理を持ち込む形で日本を改革しようとしている。
それが、正しい方向だと信じて疑っていません」
(……究極の左翼。かくあるべきという外からの理想主義
――それが正体か)
「……前崎様も、恐らくそうですよ」
「……前崎さんが?」
「彼は我々の技術に惹かれ、こちら側に一時的に寝返ったのだと思います。
森田首相を殺害した件も、それが理由でしょう。
それで信用を得るために」
一ノ瀬は黙って聞いていた。
ありえない話ではないと。
「さらにいうのであれば我々を上手く利用すれば日本のためになると確信したのでしょう。
それがどんなに犠牲を払ったとしても。
ただ、完全に我々の側にはなってくれなかった。
――それだけが残念ですが」
(……否定できない。あの合理主義者の前崎さんなら……。
エアもマルドゥークも見ていたのだろう。
前崎さんとサクラテレビの時に会ったときに止めてくれと言われたのも
それが理由?)
思考が疑念を生み、疑念が思考を生む。
そんなスパイラルをケンの一言が終わらせる。
「――そこで、お願いがあります」
「……聞くだけは聞こう」
「私を、ここから出してもらえませんか?」
一瞬、空気が止まった。
「……お前、自分の立場わかってるか? 頭がどうかしてるんじゃないか?」
一ノ瀬は呆れて吐き捨てる。
「アレイスターから聞きました。
あと1か月以内に、アダルトレジスタンスがこの施設を襲撃する予定です。
私を回収するために」
「……お前、そこまで重要人物だったのか?」
「はい。私にしかできないことがあるので」
ケンはそのまま、淡々と語る。
「あなたたちは、私を裁くために戦うのでしょう。
しかし私は、これ以上犠牲を出したくありません。
――我々が本気で来れば、ここにいる人間は確実に殺される」
一ノ瀬は無言のまま、その言葉を受け止めた。
「アレイスターの標的はボスです。
私を餌に、ボスを引き出そうとしているのでしょう。
だったら、私を交渉材料として開放してください。
代わりに、可能な範囲で情報提供には協力します」
「――ふざけるな」
一ノ瀬の声は、低く、重く響いた。
「まず言っておく。
お前たちのやっていることは間違ってる。
人を殺して、社会を変える?
そんなもの、絶対に許されるわけがない」
ケンは黙って聞いていた。
「次に俺たちは、まだアレイスターとやらの存在すら確信できてない。
お前の妄想の産物かもしれない。
都合のいい幻想を語っているだけの可能性だってある」
沈黙。
「そして最後だ。
俺たちは、凶悪犯罪者と手を組んでまで社会を良くしようなんて思わない。
――わかったか、クソガキ」
その言葉に、ケンはわずかに唇を歪め、肩を震わせながら笑った。
「フフ……できるわけないでしょう?
この国が、バブル崩壊以降、何か“本当に変わった”ことがありましたか?
この80年間、何一つ変わらなかった。
変わるフリだけして、誰も本質には触れようとしなかった!」
「……だからお前はガキなんだよ」
一ノ瀬はケンの言葉に一切動じなかった。
「変わらないことにブチギレて、銃をぶっ放して人を殺すのが革命か?
そんなもんで社会が回るなら、警察も裁判所も要らねぇだろうが」
そう言い残し、一ノ瀬は静かに部屋を後にした。
その背中に、ケンの声が追いかける。
「――私たちがやっているのは、この最悪の平和を破壊することです。
であれば、まだマシなテロリズムだとは思いませんか?
事実、社会は変わりつつある!
利権、制度、出自、思想、為政者!
あなた方が変えられなかったものを、
私たちは、破壊することで変えているんですよ!」
足を止めかけた一ノ瀬だったが、振り返ることはなかった。
拳を握り締めながら、これから自分がなにをすべきかを、改めて考えていた。
「あなた方国家の犬には、一生かかっても挑戦すらできない!
私たちが、この腐った日本を変える唯一の存在だ!」
その声は、閉まりかけた分厚いドアを隔ててなお、一ノ瀬の背中に突き刺さった。
「愛が世界を救うなどと寝言を抜かす馬鹿どもと私たちは違う!
これ以上の手段など、もはや存在しない!
――この聖戦が終わった時、
我々は英雄として歴史に刻まれる!
あなた方は、歴史の欄外にすら載らない負け犬だ!」
ケンの声は狂信者のそれだった。
一ノ瀬は、黙ったまま歩き出した。
拳が震えていた。
その震えが怒りなのか、恐れなのか――自分でもわからない。
だが確かに、その胸の奥に問いが生まれていた。
自分は、何を守るべきなのか。
改めて、それを問い直していた。
「愛が世界を救う」ってフレーズに疑問を持ったことはありますでしょうか?
UNISON SQUARE GARDENの『さくらのうた』にも似たような歌詞がありましたね。
「愛が世界を救うだなんて僕は信じてないけどね」
そんな愛というものに関しても深堀していける小説にもしたいと思っています。




