File:063 補助輪
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「これになります」
エルマーの部下が巨大な金属ケースを抱えて現れると、無言でシュウに手渡す。
その中身を見た瞬間、彼の目が細くなる。
それは不動の神経外骨格だった。
それをエルマーが忠実に作り直したものだ。
この短時間でよくも作り直したものだ。
「一旦着て動いてみろ。ケガするぞ」
「…あんたの負けた時の言い訳がなくなるぞ。
いいのか?」
「抜かせ」
軽く舌打ちをしながらも、シュウは無言で装着を開始した。
パーツが次々と肉体に吸い付くように連結していくその感覚。
初めてのはずなのに、どこか懐かしい。
——いや、違う。
不動の記憶が、神経に浸透してくるようだった。
過去の動作、攻防、痛みまでもが脳内で再生され、今の自分の肉体とリンクしていく。
これは記憶ではない。再生だ。
「うん。全く問題ない。…これなら」
神経外骨格をまとったシュウは、一歩、前へと踏み出した。
そのまま、不動と同じ無鍔刀を手にしたまま前崎の前に降り立つ。
「…覚悟しろ。国会議事堂での借りを返してやる」
「ゴタゴタ言わずかかってこい。遊んでやる」
そうして両者距離を取る。
前崎の装備は総理暗殺以来何も変わっていない。
オスカーの店で買った《NEX-FEET/4G-CORE》を起動する。
力のようなものが漲ってくる。
前崎は深呼吸を始める。
『それじゃはじめ~』
ルシアンの、間の抜けた声が響いた刹那——
閃光のように、シュウが動いた。
名の通り《ファストトラック》の出力を最大限に引き出し、真正面から斬りかかる。
無鍔刀のそれは本来目で追える速度ではないはずだった。
「ふん」
前崎はナイフを抜き、ゆらゆらと揺れる。
そしてナイフをゆっくりと振るう。
(遅い!獲った!)
顔面を袈裟懸けに切るはずだった。
しかしシュウは前崎の足にひっかかり前のめりで倒れる。
「ブッ…」
『勝者前崎君~』
シュウが睨みつける。
「そんな顔をされてもな…無策にも突っ込んでくる方が悪い」
前崎がやったのはフェイントをかけてただ横にずれて足を引っかけただけだった。
「舐めやがって…!」
立ち上がるやいなや、再び思い切り出力を上げて突撃。
だが次はフェイントを加えてきた。
多重に仕込んだ斬撃が、幾重にも前崎を襲う。
「……なるほどな。副リーダーを名乗るだけのことは、あるのか?」
僅かに頬をかすめる一太刀。
前崎が評価するように口を開いた——が、その目には冷笑があった。
「だが、まだまだ」
距離を取り、斬撃の届かぬ位置へと下がる前崎。
直後、彼は片手でリボルバーを抜いた。
「…逃げるな!」
前崎はリボルバーで牽制をする。
ただそれだけのはずなのに銃弾が避けれず当たり転倒する。
その弾は正確に膝の関節を貫いた。
「…記憶をインストールした不動の力っていうのはそんなものか?
あいつは俺にリボルバーを抜く暇さえ与えなかったぞ?」
シュウの顔から先ほどまでの自信がなくなっていた。
それでも前崎に突っ込む。
今回は無闇に近づかずブレードの瞬間的に上げリーチを伸ばし斬撃を放つ。
が前崎はそれを片手で止める。
「うそ…だろ…?」
そのまま前崎は次の瞬間、前崎の拳がシュウの無鍔刀を撃ち抜いた。
高密度のエネルギー刃と合金の刀身あっさりと破砕され、ガラス音と鈍い金属音を立てて地面に転がる。
動揺した顔を上げると目の前に前崎がいた。
「っ……ぐあっ!!」
そのまま距離を詰めた前崎の拳がシュウの腹に炸裂する。
内蔵が捻じれるような衝撃。
事実、腹が陥没していた。
訓練用の仮想戦闘とはいえ、痛みはリアルそのものだった。
防具越しに感じる骨の軋みが、何より現実を突きつける。
吹き飛ばされた先で悪態を吐く。
「な……なんでだ……俺は……俺は、メタトロンで強化されたはずなのに……!」
呆れたように前崎がため息を吐く。
「やっぱりというべきか。
そんなの使ってすぐに強くなるはずねーだろ」
前崎がそう言い放つ。
「……どういうことだ?」
「お前、動きが直線的すぎるんだよ。
攻撃が全部、点でしかない。
繋ぎが見えない。
まるで、格闘ゲームの初心者がコンボの入力だけ覚えてるみたいな動きだ」
「…」
言い返せなかった。
すべてを見切られあまつさえ白刃取りまでされていた。
自身の攻撃の全てが点の連打でしかなかったと、認めざるを得ない。
単調で大味な攻撃。
ファストトラックの性能であればそれすら脅威になるが
前崎はそれよりはるかに鋭い使い手と対戦したのだ。
その劣化など論ずるに値しない。
学習してフェイントもしたがすべて見切られた。
「あとは感情的なことだな。
これはここの全員に言えることだがな。。
感情をコントロールできず突っ込んでいくことだ。
お前は俺に恨みがあるのかもしれんがそんなものはノイズだ」
「…ノイズ?」
「怒りを力に何ていうがそんなものは漫画の世界だけだ。
勝つために如何に合理的に対処するか考えろ。
それ以外はすべていらない」
前崎は感情のこもらない声で切り捨てた。
「勝ちたきゃ、感情を削ぎ落とせ。
何が最善か、何が勝率を上げるか、それだけを考えろ。
それ以外は全部、邪魔なんだよ」
だがシュウは納得できなかった。
というより前崎の言うことで納得したくなかった。
「……それじゃ……ジュウシロウさんは……合理的か?」
その名が出た瞬間、前崎の表情がわずかに揺れた。
シュウから見てジュウシロウは確かに感情的というか情に厚い男だ。
そんな男に副隊長として任命され、右腕として存在している。
頼りにはされているはずだ。
だからこそジュウシロウの足元にも及ばないと言われたことにムカついた。
だがすぐに、淡い肯定が返ってくる。
「あいつもまだまだだがやろうとはしている。
お前は周りすら見えていねぇ。
一人でやろうとしている人間だ」
「……それが……何だって言うんだよ……!」
「俺が活躍すればいい、俺が強ければいい、俺が全部解決する。
——そんなもん、独りよがりのガキの妄想だ。
いっただろう?戦場にヒーローも英雄もいらねぇんだよ」
「……」
その言葉に、シュウは呼吸を止めたように立ち尽くす。
「だからお前はメタトロンの記憶に頼った。
自分が他人の力を上書きすれば強くなれると信じた。
でもな、それってつまり——」
前崎は歩み寄り、至近距離で言い放つ。
「お前自身には、何もないってことだよ。
教科書を与えられただけで何も学んでいない自信過剰のガキだ」
前崎は淡々と続ける。
「不動が何を考え、どんな意図で技を繋いでいたのか。
そんなこと、微塵も理解しようとしていないだろ。
——浅ぇんだよ。お前の考えは」
その言葉は、容赦のない断罪だった。
そして、痛烈な図星だった。
「お前が得たのは、所詮補助輪付きの自転車の乗り方だ。
借り物の知識で回ってるだけじゃ、いつか転ぶ」
「……」
シュウは何も言い返せなかった。
否定できないほど、自分でも分かっていた。
この力は本物じゃない。
「ついでに、いいこと教えてやろうか」
「……何だよ」
「国会議事堂で、お前を一撃で潰した理由——
それはな、一番簡単に殺せそうだったからだ」
その一言が、胸を鋭く突き刺す。
「クソッ!!」
シュウは唇を噛み、拳を握りしめながらその場を飛び出していった。
『言い過ぎじゃないの?』
「あいつはやり返してくる。大丈夫だ」
謎の自信に満ちた前崎の言葉に若干ルシアンは疑問を抱いたがそこまで問い詰めなかった。
「…メタトロンってものを聞いたときはすげぇ道具だと思ったが
案外大したものではないかもな。
こと戦闘においての話だが…」
『そうなんだよね。やっぱ経験とかっていうのは知識だけじゃ補えないからね。
君も言っていたけど教科書を与えたからできるかといったら別だからね』
そういってルシアンはしみじみと語る。
『まあ信心深い人を破戒僧みたいなことにはできるんじゃないかな?
人となりを変えてしまうっていう活用法はあるかもね』
「用途間違えたらそうなるよな?…俺をそれにぶち込むつもりか?」
『そんなことはしないよ。今の所ね。
君のメンタリティや作戦実行力ごと移そうと考えたけど君の器を
受け止めるほどの力を持っている子は現れないだろうね』
「…どういうことだ?メンタリティと作戦実行力だと?
シュウにはやってないのか?」
『うん。脳がその前の二人みたいに焼き切れる可能性があるからね。
だからシュウには技術とか基本的なことしたインストールしていないよ』
「…継続的にやるのか?」
『やるよ。といっても次で最後。
試しに基礎的なことを記憶してないと脳を破壊する可能性が捨
てきれないんだよね』
「なるほど…。10分やっただけであの消耗だったもんな」
『次は一週間後。
今度はZIPファイルみたいに圧縮して渡して自分たちでちょっとずつ
記憶を消化していく形にするけどね』
「…そうか。というか俺も素材側にされる予定だったんだな。」
『そうだね。ただしもうしないから安心して。
次のことを達成できたらね』
「…まだ信用されていないってことだよな。それ。
なんだその次のことってのは?」
『ケンの奪還だよ』
ルシアンは目を開いていった。
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「シュウ君のおかげで僕も学んだよ。
メタトロンはきっかけに過ぎないんだね」
ソウがアリアに向けて呟く。
「…大丈夫なの?」
「うん。僕はね、体格的にもあんな風に戦えるタイプじゃない。
さくらテレビの襲撃のときだって、みんなと一緒に逃げることしかできなかった。
——それは、今も変わらないさ」
笑ってみせるその表情に、嘘はなかった。
だがその奥には、確かな自覚があった。
「唯一、あのとき僕がやったのは……
エルマーの呼びかけに応じて、転送システムの制御を一部こじ開けただけ。
ただの応答さ。
あの混乱の中で、手を動かしただけの存在だよ」
そうやって記憶を頭の中で掘り起こす。
アメリカの工作員の記憶だった。
最初記憶がフラッシュバックのように思い出した時はあまりの衝撃に吐いてしまった。
それに記憶を受け継いだと仮定した状態で、さくらテレビの戦場にいたとしても死んでいただけだろう。
あんな怪獣大戦争みたいなものには僕のスタイルは無力だ。
シュウのようにはなれないし、なっても劣化でしかない。
「……僕は、力もみんなと比べてそんな強くないしね。
でも、ただの逃げ役で終わるつもりはないよ。
戦闘こそ無理でも、邪魔をする、混乱させる、欺く——
そういう工作や妨害の手段なら、磨ける気がする」
公安で求められる資質——
「多角的に物を捉える力」
「瞬間記憶」
「柔軟な作戦実行能力」
——それらは、身体能力とは異なる、もうひとつの戦闘技術だった。
それらを鍛えるためのトレーニングを行う。
「さて、どこから始めようか」
ソウはひと呼吸おいて、どこか皮肉めいた笑みを浮かべる。
「教科書を与えられただけじゃ使えない——いい言葉ですね。
前崎さんのあの指摘、よく胸に刺さりましたよ」
顎に手を添える。
「どれから学ぼうか?前崎さん」
ソウは未来の自分の姿に心を躍らせていた。
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羽田国際空港。
つい二か月前、ここでは前代未聞の占拠事件が発生した。
ニュースはレインボーブリッジの倒壊ばかりを報じていたが、空港そのものは奇跡的に無傷で済んだ。
それでも、警備の目は今も厳しい——はずだった。
その空港に、一人の異物が降り立った。
アメリカ発、日本行きの旅客機。
ビジネスマンに観光客、老若男女に紛れて彼は機内から姿を現す。
——なのに、誰一人として彼を見ていなかった。
まるで存在が現実から除外されているかのように、誰の視界にも引っかからない。
だが、彼の姿はあまりにも“異質”だった。
血のように赤いスーツ。
同色のサングラスが、目元を覆う。
漆黒の長髪が、背に流れ落ちていた。
アレイスター。
かつて“アダルトレジスタンス”でその名を口にすることすらタブーとされた、初期メンバー。
いや、裏切り者。あるいは、異端者。
『……楽しみだなぁ。ようやくだ』
男は口元を歪めるように笑い、独り言を呟いた。
そのまま空港ロビーを歩いていたとき、不意に小さな衝突が起きた。
足元に何かがぶつかる。
見ると、ソーダアイスがべったりと靴と裾に付着していた。
「あ……ご、ごめんなさいっ」
泣きそうな声でそう言ったのは、まだ幼い女の子だった。
ぶつかった衝撃でアイスを落とし、それがアレイスターの足に直撃したらしい。
男は立ち止まったまま少女を見下ろした。
数秒——いや、少女にとっては永遠にも思える間が流れる。
しかし彼は、にっこりと微笑んだ。
そして、ポケットから折りたたんだドル紙幣を数枚取り出し、少女の小さな手に握らせた。
『次はもっといいアイスを買いな。……たとえば、記憶に残るやつを』
頭を優しく撫でると、そのまま人混みに溶けるように歩き去っていった。
少女は呆然とその背中を見つめる。
「どこ行ってるの〜? 愛花〜!」
人ごみの向こうから、母親の声が聞こえた。
少女は我に返って声を張り上げる。
「アイスぶつけちゃった。でも、お兄さんがこれくれたの」
「えっ、本当に? ちゃんとお礼言わないと……どんな人だったの?」
「……赤い服の人。でも、どこか行っちゃった」
「そう……また会えたら、ちゃんとありがとうって言うのよ?」
「うん」
そのまま、親子は人の波に紛れて消えていった。
一方、アレイスターはすでに空港を後にしていた。
浮かぶように、しかし確実に地面を歩いている。
それでいて、誰一人として彼の姿を認識していない。
——いや、認識できない。
『ゆっくり歩こう。
何年ぶりだろうね、この地の空気は』
そう呟くと、彼は大きく息を吸い込んだ。
東京の空気——懐かしくも、どこか匂いが変わっている。
『……前崎英二』
飛行機内で読んでいたファイルには、その名前が記されていた。
規格外の身体能力、異常な戦闘経験、そして公安の裏切り者。
『——面白そうじゃないか。会うのが、楽しみだよ』
風が吹き、彼の黒髪がふわりと舞った。
赤と黒。
そのコントラストを知るのは無機物だけだった。