File:058 最終決着
7000PV!!ほわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああ!!
東京湾から牽制程度に砲撃していた艦隊部隊が突如豹変し苛烈な砲撃を開始した。
巨大なバレルが回転し、レールガンのようなものが絶えず襲う。
標的は《サクラTV本部》――その全体を覆うように展開された、高出力電磁バリア。
次のサテライトキャノンにすら耐えられるかどうか不透明なバリアだった。
そこにさらに艦砲の連続射撃が加わることで、出力は限界を超え始める。
「……EMPやジャミングじゃ潰れないと知って
ハードを直接ブチ壊しに来やがったか!」
前崎が振動の揺れの中で吐き出す。
自分が、ここで死ぬわけにはいかない。
そして、彼ら全員をまだ殺すわけにはいかない。
砲撃の衝撃波が、さくらテレビ全体に鳴り響く。
どこからともなく、子どもたちの悲鳴が耳に届く。
それもそのはずだった。
さっきまで完璧だったバリアが――いまや、至る所でひび割れ、裂けている。
『……カオリ、聞こえるか』
『……なに? ボス?』
通信に返ってきた声は、やや不機嫌そうだった。
正直不利な状況なのはわかっているのだろう。
『全員を、可能な限りサクラテレビの中に収容してくれ。
できるだけ、早く。安全な場所へ』
『……了解。やるわよ』
通信が切れる。
即座に避難の再指揮が始まった。
ジュウシロウが、前方を睨みながら振り返る。
「どうしますか? ボス」
その問いに、ルシアンが短く答える。
『…攻めに転じよう』
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高宮を中心に、長距離射撃装備を持つ者たちが次々と集結した。
衛星マップによる最適配置、ドローンとレーザー測距による即時座標連携。
すべては、ある一つの目的のため。
「サクラTV本部を、穴だらけにする」
戦略は単純かつ苛烈。
“標的”が見えなくても構わない。
なんでもいい。とにかく撃て。
目視での確認は不要。
彼らはすでに「狙って撃つスナイパー」ではなかった。
標的を狙わなくていいのであればスナイパーの距離は4㎞は届く。
それぞれの角度から相手を防御一辺倒にする。
スナイパー部隊(高宮指揮)および警察たち
さくらテレビ(アダルトレジスタンス)
艦隊部隊による継続砲撃(山本の指示によるバリア圧迫)
そんなサンドイッチの状態にルシアン達は追い込まれいた。
前門の虎、後門の狼。
敵に逃げ場はない——はずだった。
だが、ここで敵側に異変が起きる。
サクラTV正面に陣取っていた大型兵器が、突如電磁バリアの出力を遮断した。
それと同時に、後方に控える艦隊側へのバリア出力が急上昇。
「まさか攻める気か?」
その瞬間、上空から降り注いだのは、無数の《エア》群体だった。
すべてが、スナイパー部隊の陣地へ向かって突撃してくる。
「――攪乱か!」
高宮が呟いた直後、視界が一変する。
《エア》が複数箇所でスモークを展開。
瞬く間に前線が煙と炎の混沌に包まれた。
この距離——サクラTVから約1km以内。
ホログラム転送圏内だ。
つまり、あらかじめ転送されていた《エア》を、ここで物理的に突撃させる形で展開してきたのだ。
それと同時に、バリアを解除したマルドゥークが無作為砲撃を開始。
爆音が地を揺らす。だが——
「……ッ退避!!」
高宮の怒号が飛ぶ。
幸い、砲撃は制御されていなかった。
照準も曖昧で、直撃こそ免れた。
「……やはり山本の推測通りだな。あれは“移動要塞”だ。
火力はあっても、砲撃そのものは不得手という他ない」
都市型多目的重装甲兵装の名の通り攻撃はエアに任せて自身は拠点と化すためにある。
内部に火器管制のアルゴリズムはあるが、それは最低限の自衛機能にすぎない。
狙って当てる技術はほとんど備わっていない。
戦うより、守ることに特化している。
さらに、遠方からの赤外線スキャンでも、精密射撃用の制御ユニットは検出されなかった。
精々近距離用の散弾モジュール程度だ。
つまり、敵は今この瞬間――防御を捨ててきた。
「こっちに引きつけろ。マルドゥークを引っ張れ。
誘導だけでいい」
高宮は短く命じた。
その声には確信があった。
それがお前たちが切り札なら、こっちにも切り札がある。
マルドゥークは一時、サクラTVから離れるような動きを見せた。
だが、その動きはすぐに止まる。
わずかな距離を保ったまま、再びサクラTV方向へと旋回し、戻っていく。
「……ちっ、感づかれたか!」
高宮は舌打ちと共に、再びスナイパーライフルを構え直した。
照準スコープの中には、再びマルドゥークの外郭が映る。
退避予定時刻まで、残り3分。
この座標——サクラTVから約3km地点。
サテライトキャノンの安全区域外からギリギリの距離。
そして、敵の砲撃も正確には届かない“安全圏”だった。
高宮は叫んだ。
「残り20秒!弾、全部撃ち尽くせ!!
狙うな!削れ!うち続けろ!!」
もはやスナイパーらしからぬ命令だった。
精密さを捨て、ただひたすらに火力の雨を降らせる。
弾丸が飛び交い、コンクリートを砕き、空を裂く。
これは狙撃ではない。制圧だ。
その1分後――
スナイパー陣地の上空を、“切り札”が音を立てて通過した。
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『くっそ……! まだそれを温存してやがったか、あの国は……!!』
ルシアンが通信端末を殴りかける勢いで悪態をついた。
即座にマルドゥークに命令を下す。
『本体を盾にする。全機、衝撃に備えろ!!』
上空に、影が現れた。
亜音速で飛行するその正体
アメリカ軍第13統合戦略航空群所属――F-29A “Vindicator”
それが5機。
拠点はおそらく、横田基地か、もしくは臨時展開された国連監視部隊。
だが、今はそんな背景など関係ない。
——空から“死神の槍”がやってくる。
Vindicator5機は、隊列を一ミリたりとも乱さず低空滑空。
その進路は、まるで事前に“横面が死角”だと知っていたかのように、
マルドゥークの側面へと一直線に突き刺さってくる。
機体の翼下から、連続して閃光が走る。
AGM-99 “ReaperLance”――ステルス巡航ミサイル。
左右の翼から1機あたり2発、計10発。
発射されたその瞬間から、バリアの自動補正に赤ランプが点灯する。
『全体防御、最大展開!! エア機能、全部切れ! 本体電力を防御に回せ!!』
ルシアンが叫ぶ。
その命令に応じ、マルドゥークはエアへの供給も機動演算も切り離し、
防御に全出力を集中させた。
次の瞬間、10発のリーパーランスが連続着弾。
爆音と閃光が大地を割る。
建物全体が大きく軋む。
だが——ギリギリ、耐えた。
バリアはひび割れ、内部フレームに損傷が走る。
それでも、まだ立っていた。
だが――Vindicatorたちは引き返してきた。
再突入。
二斉射。
再び、1機あたり2発。
同じくAGM-99が計10発、今度はサクラTVを直に狙う軌道で放たれた。
「ッ……っ! もう、持たねぇ……!」
攻めるために乗り込んでいたジュウシロウはコックピットを殴る。
エネルギー残量警告。
メインバッテリー、ゼロ。
防御機構、ダウン。
ジュウシロウは、自身の個人バリア用バッテリーをマルドゥークに接続した。
だが、個人携行型のエネルギー量など焼け石に水。
あと数秒しか稼げない。
残り1分。
サテライトキャノン発射まで、60秒。
エルマーの端末に表示されたタイマーが、無慈悲に残りを告げる。
「あと75秒……足りない」
その言葉は、処刑宣告のようだった。
『サテライトキャノンが撃たれた瞬間、全員で突撃する!!
相手が黒焦げになっていたとしてもトドメを必ず刺せ!!』
不動に代わり、前線指揮を取っていた一ノ瀬が無線機に声を張り上げる。
もはや逃げ場はない。止まることもできない。
残り45秒。
艦隊はすでに安全圏へ退避を完了していた。
それぞれの思惑が、視界に渦を巻く。
ジュウシロウは、最期の瞬間を共にするために、カオリのもとへ向かう。
前崎は全身全霊を尽くしたのにも関わらず、思い通りにいかなかった自分の無力を噛み締めた。
エルマーは泣きながらも最後までキーボードを叩き、抗い続けていた。
ルシアンだけはまっすぐ自らを追い詰めた国家戦力たちを最後まで目に焼き付けていた。
目の前のモニターを睨みつけたまま。
その瞳には、怨念に近い憎悪が宿っていた。
そして、ついに――
定刻11:00
サテライトキャノン、発射
――されなかった。
全員が、思考を止めた。
「……なぜだ?」
「……不発……?」
その困惑の中で、A.D.Rのメンバーが次々に転送光に包まれた。
——ホログラム転送、成功。
逃げ切ったのか、否か。
そしてその2分後。
11時02分。
発射シーケンスの再作動が始まり、
今度は――ためらいもなく、撃たれた。
第四射。
サクラTV、マルドゥーク、周辺構造物。
すべてを包む光柱が大気を割り、音を消した。
お台場という名の埋立地は、地図から姿を消した。
全てが崩壊し、海へと沈んだ。
その瞬間、誰もが思った。
「あと少しだったのではないか」
「もう一手、攻め込んでいれば」
だが、冷却時間ギリギリで撃たれたサテライトキャノンは、
完璧な精度と制御のまま、すべてを終わらせた。
それがメディア殲滅事件の最後だった。
地球の裏側
アメリカ本土・ワシントンD.C.内のアメリカ海軍天文台敷地内。
ナンバーワン・オブザーバトリー・サークル(Number One Observatory Circle)
副大統領執務室の中は、まるで制圧戦直後の戦場のようだった。
床に倒れたSPは全員、気絶している。
椅子や書類、モニターが破壊され、煙が立ち込めていた。
その混沌の中心に、男は立っていた。
真紅のローブに身を包み、まるで魔術師のような奇怪な出で立ち。
赤いサングラスの奥には、感情の一切が読み取れない双眸。
胸元には、剣とも杖ともつかぬ銀の装飾が揺れていた。
その男――アレイスター。
かつてジュウシロウの師であり、
アダルトレジスタンス創設初期の中核メンバー。
そして、同時に最大の裏切り者として記録された男だった。
彼は今、副大統領の額に銃口を突きつけていた。
副大統領の手には受話器が握られていた。
その通話の先は、シュリーバー宇宙軍基地。
『……了解。サテライトキャノン発射を、2分後に遅延。
技術的には問題ないはずだ。だがなぜそんなことをし――』
ガチャリとその受話器を副大統領は切った
命令が発せられると同時に、副大統領はアレイスターの方を向き、わずかに笑みを浮かべた。
その笑顔は引きつっていた。
「……これでいい、でしょう? 約束は守っ──」
パンッ。
乾いた銃声が響いた。
副大統領の頭が傾き、血の滴と共にそのまま崩れ落ちた。
アレイスターは一言も発さず、銃口から上がった煙の匂いをかすかに嗅ぎ、
それをまるでワインを味わうかのように舌でなぞった。
その銃は消炎処理が施された特注モデル。
熱感知・音響検出・監視AIすら欺く幻影の殺意。
この男はただの侵入者ではない。
裏社会でも知っている人間は一握り。
彼のこの3年で起こした悪行は数知れなかった。
アレイスターは、消音された室内にただ一人立ちながら、
副大統領の死体を見下ろし、顔面を踏み潰した。
『さて……時間は足りただろう?ルシアン』
その言葉には、哀しみも怒りもなかった。
あるのは、静かな肯定と、予定通りであるという確信だけだった。
その瞬間、男の姿は煙のように掻き消えた。
アレイスター。
アダルトレジスタンス創設者のひとり。
そして最大の裏切り者。
今、彼が再び動き出した。
これでさくらTV編?メディア編?は一旦おしまいです。
次回は作者の戯言のコーナーになります。
丁度全体の半分ということで箸休め回にしようと思います。