File:057 二人のハッカー
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「……よし、いける」
サテライトキャノン発射まで、残り10分を切った。
その緊迫した空気の中で、エルマーが急いで回線を繋ぐ。
次の瞬間、前崎がジュウシロウに肩から担がれて現れた。
まるで炭鉱夫が土嚢を運んでいるような雑な姿だ。
いや、その土嚢が前崎本人なのだから、笑えない。
「ったく……神経外骨格がイカれたとはいえ、この扱いはねえだろ……」
「文句は後にしてください。これが最速の搬送法でしたから」
ジュウシロウは無表情でそう返すと、遠慮なく前崎を床にドサリと下ろした。
金属の床にぶつかる音が、戦場の静寂に小さく響く。
「ルシアン、現状報告を頼む」
前崎が痛みをこらえながら声をかける。
『……一応、回線は通った。操作は可能。でも——ギリギリ。
発射タイミングに間に合う保証はない』
「やるから黙ってて」
ルシアンの慎重な発言を、エルマーが遮る。
彼は立ち上げた複数の端末に同時にアクセスし、指を踊らせるように操作を始めた。
背中に装着された神経接続式のマジックハンドが、その動きに呼応して動き出す。
全部で20本。それぞれがまるで意思を持っているかのようにパソコンを動かす。
——あれも神経外骨格の派生技術か。
まさかあんな精密操作まで可能とは……。
「処理はAIに任せてあるから演算自体はすぐ終わる。
問題は妨害だ」
エルマーの目がわずかに険しくなる。
「妨害?」
「……こっちの動きを完全に読んでる。認めたくないけど……プロの仕業だ」
『……エアを破壊している奴かもしれない』
ルシアンが呟く。
その名を聞いた瞬間、場の温度が一段下がった。
「ドローンのことか? でもあれ、動いてたように見えたが……?」
ジュウシロウが尋ねると、ルシアンは少し間を置いて答えた。
『あれは無理矢理オフライン状態でマルドゥーク経由でエアを動かしてた。
さらに他のエアは目立たない位置に配置して、最低限の接続だけ保った。
それ以上は……完全に無理だった』
「無理ってのは?」
「人質を取るつもりで、3km圏外の民間人に接近しようとした。
でも2km地点で、ドローンの動きが急激に鈍った。
まるで何か“壁”でもあるかのようにね。
マルドゥークも同様で、接続が不安定になって停止。
そこを狙われて、スナイパーに何機も落とされた。
しかも母機を優先してね」
その一言で、前崎の脳裏に浮かんだのは、かつての同僚たちの顔。
「……山本と高宮か」
確信に近い直感だった。
あいつらなら、やりかねない。——いや、やるに決まっている。
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「……やるじゃないか」
モニター越しに姿を見せたのは、前崎班の情報戦指揮官、山本だった。
その顔に浮かぶのは余裕でも慢心でもない、計算された冷静さ。
不動に魅入られて26歳という若さで情報指揮官を任された。
当初、山本たちは首都・東京からの国民避難を最優先に動いていた。
しかし現場分析によって、約3kmは確実に問題ないと判明。
それにより、最重要脅威である《エア》の無力化に戦力を集中する判断が下された。
国民非難に関しては極秘裏に進めていた道路交通状態の瞬間整備が完全にプラスに働いた。
レインボーブリッジ崩落後、政府は羽田空港への退避を想定し、
わずか数週間で5車線規模の緊急橋を東京湾沿いに建設した。
だが、その橋は――誰の目にも“存在していない”ように見えた。
前崎ですら、衛星偵察データを解析していてその構造物に気付けなかった。
なぜなら、それは広域光学迷彩によって完全にカモフラージュされていたからだ。
空撮でも、地図データ上でも、そこには「海しか映っていない」。
それほどまでに完璧な視覚欺瞞構造だった。
結果として、敵勢力にも一切察知されることなく、
国民の大規模避難は一切の渋滞を起こさず成功した。
これは、国防省と都市機動局が共同で仕掛けた時間稼ぎの奇策の一つだった。
邪魔な政治家たちが海外に逃げたのも大きかった。
話をエアの対処へと戻す。
EMP(電磁パルス)対策が施された《エア》のネットワークは極めて強固だったが、思わぬ突破口があった。
敵機の2体をサテライトキャノンの防御に回すことによって進軍を防ぐことができた。
その現象を利用し、《エア》が遠距離へ進むほど鈍化させることに成功。
その一瞬を突いて、高宮率いる長距離スナイパー部隊が反撃に転じた。
彼らがわずか45分で撃墜したドローンは14,725機。
全体のほぼ半数に迫る驚異的な戦果だった。
だが、それでもすべてを撃ち落としたわけではない。
《エア》は単体行動ではなく、母機を中心に子機群で構成されるハイブリッドAIシステムだ。
そのため山本たちは、母機を最優先で撃破する作戦に切り替えた。
本来、《エア》の機体には電磁シールドが施されており、通常の実弾兵器では破壊に至らない。
だが——高宮たちが用いたのは特殊製造の「電磁バリア貫通弾」だった。
これはかつて、ジュウシロウと前崎の模擬戦で使われたリボルバー型貫通弾をベースに、スナイパー用に再設計・高威力化されたものだった。
その専用弾を発射するために開発された、対電子兵器用スナイパーライフル。
だが、部隊は精鋭とはいえわずか50人程度。
弾薬も限られ、人材も時間も足りなかった。
——その窮地を救ったのが山本だった。
山本はかつてのコネクションを総動員し、世界中のホワイトハッカーたちに緊急連絡を送った。
内容はシンプルかつ挑発的だった。
「今、日本は沈もうとしている。
これを破れないようなハッカーなら、お前らは猿以下だ。」
彼の言葉は世界を動かした。
各地の独立系クラッカー、国家系ハッカー、過去に敵対したことすらある技術者たちが、
この国公式のテロ戦争に参戦した。
そのおかげで、《エア》の通信構造が暴かれ、母機の通信パターンと優先順位が特定される。
警察組織はスナイパー以外の全人員を観測者としてカメラ角度別に再配備し、
母機体と目される個体にはハッカーたちが共通仮想空間上で「タグ付け」することに成功した。
そこからは、タグ情報をもとに
「EMPと電磁ジャミングを一点集中させてのスナイパーによる瞬間撃破」を繰り返すのみ。
さらに、サテライトキャノン発射後に敵のシールド出力がサクラTV本部とマルドゥーク本陣に偏ることを利用し、
バリアが薄くなった瞬間を狙撃する連携戦術を実行。
最終的な勝因は——技術、戦略、そして執念。
これこそが、SECCON CTF連続優勝者にして、
DEFCON CTFの覇者でもある山本の“技”と“人望”だった。
だが、そんな山本ですら、相手の異様な挙動には警戒を強めざるを得なかった。
「……おかしい。処理速度が異常だ。
一体、何人動いているんだ? 本当に人間なのか……?」
指揮通信車の中では山本は構築したAIによる対ハッキング自動応答プログラムによって、
リアルタイムに《エア》と《マルドゥーク》に対してパッチ・改竄コード・トラップに反撃する設計だった。
その運用には、1台10億近い機械で対処している。
加えて、国のAI防衛システムまで動員している。
——それなのに、なぜ押されている?
構図としては以下の通りだ。
アダルトレジスタンス陣営
:不動の電子端末を利用し、秘匿回線を介して外部サーバへデータ転送。
ホログラム転送を確立させたい。
国陣営
:電波遮断とネットワーク遮断により、ホログラム転送そのものを物理的に封じたい。
一般論として、「守るより突破するほうが簡単」だ。
ゲームのチート対策においても、セキュリティ突破の方がいつも先行する。
つまり理論上は、エルマー側が有利だった。
それでも、次々に侵入・突破してくる“存在”には、山本ですら違和感を覚えた。
「……これは、もう怪物としか言いようがない」
そういう山本こそ常人に比べれば怪物だが上には上がいることを自覚する。
ちなみに、《ホログラム転送は電波妨害に弱い》という弱点に初めて気づいたのも山本だ。
国会議事堂事件。
前崎が常時展開型対質量障壁『A.I.G.E.S』を解除した後に「ボス」と呼ばれた少年がなぜか現れた。
タイミングから、山本は「ホログラム転送には電波などの妨害の穴がある」という仮説を立てた。
ゆえに、山本は考えた。
不動を誘導し、サクラテレビの敷地を電子的な「檻」に変えてしまおう。
サクラテレビのスタッフが全滅したことは、不謹慎ながら都合がよかった。
彼らは目的を失ったわけではない。
彼らはただ「破壊」を目的とし、かつ「ホログラム転送」という神にも等しい技術を持つ者たちだった。
——ならば、人質など取るはずがない。
ましてや、敵は子ども。
忍耐力など期待できない。
長期戦など、成立するはずがない。
少年犯罪における逮捕の鉄則。
それは「時間を稼げば、必ずボロが出る」——
その法則を、山本は信じて疑わなかった。
「……だったはず、なのに」
山本は静かにディスプレイを睨んでいた。
確かにこちらにはAIによる自動防衛、電波封鎖網、世界中のホワイトハッカーとの連携、すべてが揃っていた。
理屈の上では、勝っていた。
だが――現実は、押されていた。
このままでは、サテライトキャノンの発射に間に合ってしまう。
もちろん、相手側が転送するデータ量や内部処理の複雑性にもよる。
だが、こちらで観測できる通信速度とパケット更新頻度から逆算した限り――
おそらく、発射完了前に遮断は間に合わない。
山本は、自分のキャリアの中で初めて、
ハッカーとしての敗北を受け入れかけていた。
だが、彼は即座に思考を切り替える。
目的を「妨害阻止」から「物理的殲滅」へ。
不動が通信を失った今、指揮権は特例として山本に移された。
責任が重い。26歳の若造には荷が重すぎる。
「でも前崎さんだったらこうしたはず…!!」
自分の選択に全く後悔ないようにした。
『横田基地へ。F-29A ”Vindicator”を要請します』
サテライトキャノンへの猶予を生む――そのための破壊を仕掛けるのだ。
山本は全戦力に向け、指令を飛ばした。
SECCON CTF
日本最大級のサイバーセキュリティ競技会(CTF:Capture The Flag)です。
「SECCON」は SECurity CONtest の略で、2012年から毎年開催されており、CTFを通じて技術者の発掘・育成を目的としています。
DEFCON CTF
アメリカ・ラスベガスで開催される世界最大のハッカーイベント「DEFCON」の中で行われる、サイバーセキュリティ分野における最高峰のCTF(ハッキング競技)です。
CFT:Capture The Flag
以上を制覇し山本は公安にスカウトされ、破格の給料をもらっています。