表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
55/117

File:052 電話の相手

七夕ですね。

『アダルトレジスタンス』が人気出ますようにと誰か書いておいてください。

「はぁ……はぁっ……!」


前崎は廃墟と化したビルの中を駆け回っていた。

肺が焼けるように痛む。額を汗が流れ、視界が歪む。


想定外だったと言わざるを得ない。


勝利など、とうに諦めた。


今の目的はただ一つ。生き延びること。

それが叶わないなら、せめて時間を稼ぐ。

ケンたちが合流できれば、3対1で局面を覆す可能性もある。


ルシアンとは、すでに通信が途絶えていた。


「……チッ」


苛立ちを噛み殺し、光学迷彩を起動。

その隙に現在位置と周囲の状況を確認する。


(不動は……完全に殺しに来てるな。

 俺を殺すことの私情で動いている。

 今で15分経過……帰還まで、あと45分)


頭がズキズキと痛んでいた。

酸欠の兆候――長引く戦闘に、身体が限界を訴えている。


前崎は決して運動を怠っていたわけではない。

だが、これほど長期的な殺し合いは初めてだった。


前崎の戦闘方法は即殺即離。

戦いが長引いた方がかっこいいなんて漫画の世界だけだ。


命がかかっている場面では合理性しかいらない。

派手な演出などゴミ以下だ。


だからこそ瞬間的に火力を出すことはできても長期戦闘には弱かった。


まるで暗殺者のジレンマだ。


現在地はサクラTVから約2.5km地点。

その周囲に残っている無事な建物はほとんどない。

街はすでに焦土と化していた。

ビルの窓はすべて吹き飛び、鉄筋の骨格がむき出しになっている。


ケンやジュウシロウがどうなったのかは、わからない。


(だが……時間さえ稼げばいい。

 45分後に、俺たちの勝利が来る)


そう思い、背を壁に預けて一瞬だけ呼吸を整えようとした――その瞬間だった。


――刃の風圧が、背中に殺気を走らせた。


直感で飛びのいた。理由などない。

ただ、嫌な予感が、思考より早く身体を動かしていた。


「……勘がいいな、前崎ィ」


背後には、不動。


「なぜ……? 光学迷彩も使っていたが……」


息を切らしながら、前崎は問いかける。


不動は、刃に付いた砂埃を軽く払った。


「――技術に頼りすぎなんだよ。

 お前ら、最近の若い連中はそれが癖になってやがる」


その言葉には、嘲りも怒りもなかった。

ただ、獣が餌を仕留める直前の静けさがあった。


「人間を追うのに、足跡、臭い、呼吸音……それで十分だ。

 俺はな、そういうのを感じる()()がいい」


そう言うと、時計をちらりと見た後に不動は無言で構えを取る。

居合いの構え――斬撃に特化した一撃必殺の型。


「そろそろ……くたばれ、前崎ィッ!!」


目にも止まらぬ抜刀。

前崎は咄嗟にバックステップで距離を取るが、狭い室内では限界があった。


斬撃が右腕を捉える。


神経外骨格の保護層ごと切断され、機能が完全に麻痺する。


「ッ……くそッ!!」


反射的に窓へ向かって突進し、そのまま12階の高さから身を躍らせた。


ガラスを割って飛び出し、左手のナイフを壁に突き刺しながら滑り降りる。

スパークを散らしながら、鉄骨の外壁を滑空するように降下。


ようやく地面に降り立った時、不動はまだ追ってこない。


(……なぜだ?)


前崎が振り返ると、不動は何か別の方向を見ていた。


――その視線の先を、前崎も追った。


「……まさか……! そんな……!」


目を見開く前に、それは起きた。


(…早過ぎる!!)


空が、一瞬にして白く染まった。


再び、サテライトキャノンがサクラTVの上空に降り注いだのだ。


――前崎の視界が、灼けるように揺れた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


Hallo(ハロー),Mr.不動。調子はどうかしら?」


声は――英語だった。


それだけで、この通信が国内のものではないと察せられる。

加えて、使われているのは通常の軍用回線ではない。

ジャミングや傍受を前提に作られた戦場では、最も高位のやり取りにのみ許される通信手段だった。


誰が、どこから繋いでいるのか。

だが、声の主はすでに分かっていた。

その抑揚と選ぶ単語の端々が――“あの女”のものだったからだ。


「……裏切り者の始末に手こずっている。要件を言え」


不動は無愛想に返す。


「手助けに来たの。見返りは、あの巨大な機械とドローン群の設計データよ」


「……さすがアメリカ様。金になると見たら寄ってくる。

 もっと早く来れば検討してやらないこともなかったが」


「犯罪が起きてから警察が動くようなものよ。それと同じ。

 法的にも、政治的にも、()()()()()が必要なの」


「ふん。あの兵器共が現れてから態度を急に変えやがって……」


「日本を見捨てたくないのは本音よ。一応は友好国でしょう?」


「友好国があんな莫大な関税かけるかよ。どの口が言うんだ」


「それは国家として当然の措置。

 どこも自国を守るわ。他のアジア圏に示しがつかないでしょ?」


一呼吸置いた後女が話す。


「……最悪、核の使用も検討してるわよ?」


さらりと――だが、あまりにも物騒なセリフを口にする。


「……冗談にしても笑えねえな。

 ここは、世界で最も人口が集中する首都で、原発の扱いも怪しい国だぞ。

 それも“原爆を落とされた国”にまた落とすかよ」


「原発は知らないけど、原爆なら空中で爆発させれば放射線量は抑えられる。

 ヒロシマもナガサキも、今は人が住んでいるでしょう?

 それに――今のトウキョウには、もう民間人はいないんでしょう?」


「……警察や特殊部隊が残ってるはずだろ」


「そのへんは把握してないわ。でも……あなたの判断に委ねる」


副大統領の声が、少しトーンを落とした。


「さっき撃ったサテライトキャノンは、あなたの承認なしで何度も押されていた信号を拾って、私が代わりに発射したわ」


「……勝手なマネを」


「私たちも本気なのよ。不動。

 返事は、次のサテライトキャノン発射後に聞かせてもらうわ」


「……わかったよ、副大統領サマ」


不動は通信を切った。

機械のように無表情で。

だがその背後には、静かにうごめく何かがあった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ