File:050 不動の剣
50話目です。
ジャンル別日間ランキングで2位まで登り詰めました。
あともうちょっとで1位です。
これからも頑張ります!
『前崎君は……総指揮官のもとへ向かったか』
ルシアンは、戦場を俯瞰するモニターに視線を這わせたまま、静かに呟いた。
エルマーが持ってきた簡易モニターとドローンが接続されていた。
一部のドローンに内蔵されてある拡大望遠鏡にかろうじて確認できた。
ジュウシロウとケンも確認できた。
これによって全体の把握がある程度できた。
『――なるほどね。』
その声音に、焦りはない。
むしろ、“そう来なくては困る”といった安堵すら滲ませていた。
『確かに、そうか。』
空白の数秒。誰にでもなく言い聞かせるように、言葉が落ちる。
彼の目線の先には、半壊した都市と、通信を沈黙させる空。
そして、徐々に動きを止めるマルドゥークの影が映っていた。
『私たちが手に入れる東京が、これ以上めちゃくちゃになったら困るものね。
焦土なんて、所有しても意味がない』
その言葉と同時に、巨大な装甲巨人がゆっくりと減速し、サクラTVからちょうど1kmの地点で静止する。
足元の振動が止まり、周囲に漂う緊張感も変化した。
だが、それは“沈静”ではない。
次の段階への布石に過ぎなかった。
ルシアンの瞳が、どこか別の映像へと切り替わる。
カメラ越しに、避難しきれていない民間人や施設職員たちが映る。
『――だったら。人質を、増やそう』
低く、滑らかな声だった。
その一言に、部下たちの端末が即座に更新され、ドローン部隊が新たなターゲットを取得する。
まるで駒を補充するかのように。
感情ではない。計算された戦術として、ルシアンは人を増やしていく。
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不動の人生は、あまりにも“不運”という言葉に収まりきらなかった。
第一志望の大学には届かず、青春の象徴である部活動でも花を咲かせることはできなかった。
努力は否定されなかったが、結果だけを見れば、凡人以下。
何をやっても「あと少し」が届かない。
彼の過去は、そんな無数の“未達成”で埋め尽くされていた。
だが、それでも人は前を向いて歩く。
不動はその歩みに、公安という国家組織を選んだ。
そして──人生最大の悪夢は、任務の顔をして訪れた。
公安による極秘の潜入捜査。
対象は新興ヤクザ組織、小室組。
若く、真面目で、融通の利かない不動は“適任”と見なされた。
だが情報が漏れていた。
正体を暴かれた彼は、組織内で見せしめのように捕えられ、
あらゆる“人間の尊厳”を否定される拷問を受けた。
電撃、切創、焼灼。
皮膚という皮膚が焼かれ、炭化しかけた肉体だけがかろうじて息をしていた。
死なせないための“技術”は、逆に生への呪いになった。
もはや不動という男は、肉体的に生身として再起不能だった。
……はずだった。
だが、人間は時に異常な適応を見せる。
肉体を失えば、精神は他の領域を探し始める。
失った感覚を、別の感覚が補い、異常な進化を遂げることすらある。
盲目の少年が音で世界を捉え世界的なピアニストになるように、
ダウン症の子どもが純粋な色彩感覚で芸術家になるように。
それは「奇跡」と呼ばれることもあるが、奇跡ではない。
人間が持つ、“代償としての進化”だ。
不動もまた、進化した。
──皮膚。
組織的な再生医療を拒絶し、食事と栄養と睡眠だけで再生をして見せた。
焼け爛れ、再生不能だったはずのそれが、異様な再生を遂げ、
まるで神経の触手のように、空気の変化すら感知できるようになった。
それは単なる触覚を超え、“予兆”や“殺気”すら拾い上げる能力だった。
動く前の筋肉の振動、指先の微妙な角度の変化、
それら全てが皮膚を通じて未来の動きとして認識される。
その異常な感覚は、不動の“反射神経”を間接的に底上げしていた。
ただし、神経負荷もまた尋常ではなかった。
脳が受け取る情報量は常人の数十倍。
結果、彼は1日10時間以上の睡眠を必要とするようになったが、それも代償としては些細なものだった。
この異能に、最新鋭の神経外骨格が加わる。
不動専用に設計された、超高性能カスタムモデル。
その名も《ファストトラック》
あまりに速度に特化しすぎたため、装甲は最低限。
軍事基準では「オーバースペックで非実用」として廃案となった試作型だった。
だが、不動はそれを私費で購入し、適合実験を乗り越えて装着可能な唯一の存在となった。
刀を振るえば──視認すらできない。
彼が使うのは「無鍔刀」、あるいは「合口」と呼ばれる特殊な刀。
本来は護身用や切腹用として用いられたもので、実戦では不向きとされてきた。
鍔がないため、力の受け止めや安全性に欠ける。
だが、不動はそれを速度で補った。
そもそも、現代の戦場において“鍔迫り合い”など不要。
「切られる前に切る」という至上命題の中で、この刀は合理の極みとなった。
専用設計のグリップは汗や血でも滑らず、反応は脳波より早い。
超高速で斬り結ぶその刀は、既に武器というより「閃光」だった。
──そして、今。
その閃光が、前崎に襲い掛かっていた。
(追えない……!)
ジュウシロウとは全く比較にならない速度で体を刻まれていく。
ナイフによる受け流しも無理。
せめて神経外骨格接続の電磁バリアで防御するのが精一杯だった。
だが、それも限界が近い。
バリアの残量表示が、無情にも50%を切っていた。
「君の噂は聞いているよ。
極度の集中状態に入れば、弾丸すら止まって見えるそうだね」
不動が言う。
それは揶揄というより興味からくる言葉だった。
前崎は否定も肯定もできる余裕がない。
事実として、そこまで超人的なものでもなかった。
あくまで意図的に入れることができるようになっただけ。
過剰評価だ。
「でもね。そんな状態に入るには“儀式”がいるだろう?
準備。集中。深呼吸。……そんな暇、与えるわけがないだろう」
予備動作の一切を許さぬ猛攻。
受けようとした軌道が即座に変化し、刺突に転じた。
(読まれている……!)
バリアが削れる音がした。
まるで、相手が“神経外骨格を対象に戦うため”だけに特化した動きを仕込まれていたかのようだった。
(……完全に、神経外骨格殺し……!)
だが、そこに既視感はなかった。
何百回と再生した訓練映像の一つにも、目の前の殺気に似た動きは存在しない。
前崎は、ようやく理解した。
この男――不動は、“公安内の常識”から脱している。
もともと、対神経外骨格戦闘という概念そのものは、前崎が趣味の延長で作り上げたものだった。
それが偶然上司の目に留まり初期の草案から改良を加え、独自に体系化。
今やそれは訓練マニュアルとして共有され、若手職員の教本にもなっている。
当然、不動も例外ではなく、それを“知っている”。
いや、むしろ嫌というほど“読んでいる”。
あの男の几帳面さと偏執的な性格を考えれば、隅から隅まで暗記していてもおかしくない。
しかし――だ。
不動の剣は、それとは一切合致しない。
一見すると合理的で、確かに外骨格を潰すための動きに見える。
だが、前崎が作った体系の上に積まれていない。
まるで最初から、自分だけの論理、自分だけの技術で組み上げた“異形の武道”。
(完全に……我流……!)
不動は公安の技術を参考にさえしていない。
理解したうえで、拒絶している。
連携も戦術も捨て、たった一人で生き延びるためだけに再構築した、野生と合理の融合。
信頼ではなく、速度。
連携ではなく、単騎。
不動という男にとって、必要なのは“他者の教え”ではなく、自分の“反射神経”と“刀”だけだった。
(……これじゃ、対策の立てようがない)
体系があれば、分析もできる。
だが、不動の戦いには“再現性”がない。
他の誰も真似できず、他の誰も想定できない。
それが、前崎の作った“型”を真っ向から否定する、不動という怪物の恐ろしさだった。
──否。だからこそ、ここで勝つ必要はない。
前崎は決断する。
屋外での戦闘だったが、すぐ近くに3km圏内のビル群があることを思い出す。
彼は、突然横跳びで窓を蹴り割り、力任せにビル内へ侵入した。
「逃がさん!!」
不動も追う。
だが、侵入の仕方が異常だった。
ビルのガラス面を“斬り刻みながら”潜入してくる。
その破壊力は、まさにビルを“削る”侵入。
対して前崎は階段を駆け上がり、上層へ逃げる。
物理的な鬼ごっこが、次元の違う速度で展開されていく。
これはもはや戦闘ではない。
最凶の鬼による狩りの始まりだった。
ネトコン13応募してみました。
応募できているだろうか…?
△1:"~”という表記があまりに多かったので削除しました。
いくつか誤字を修正しました。
読みずらい感じに読み仮名を追加しました。