File:044 組織
一旦今回でジュウシロウ君回終わりです。
「目標は三年後。まず、カジノ都市〈シンフォニア〉を落とす。最初の一手としては悪くないだろ?」
「勝算は?」
ジュウシロウが問う。
「あるさ。100%間違いなく」
「……そんな、詐欺みたいな話が」
信じがたい、という感情が顔に出ていた。
「じゃあ、証明しようか」
その瞬間――部屋の天井が開いて何かが飛来した。
金属の羽音。突き刺さる風圧。
見たこともない速度で姿を現したのは、銀色の機械兵器。
まるで昆虫のような動きをするドローンのようだった。
高性能というよりも記憶にあるドローンとは一般車とジェット機を比べるような乖離がある。
「これは戦術電子戦・妨害機動支援機。そして……」
ルシアンが窓の外を指さす。
巨大な影が、都市の地平線を覆っていた。
「……恐竜?」
「まあ、そんなもんさ。正式名称は都市拠点防衛用・陸上重装甲自律戦闘兵器。
この二機があれば、大抵の都市は跡形もなくなるよ」
「……民間人も巻き込むのか」
「場合によってはね。でも基本的には、やるつもりはない。
ただし、敵対するなら、迷わず潰す」
その言葉は、どこまでも冷たく響いた。
「それと――ジュウシロウ君。君の“敵”を潰すなら、この兵器は有効だよ」
「敵……?」
「君はまだ自覚していないようだね。
敵を見失ったままじゃ、永遠に“道具として利用されるだけだよ。
調べさせてもらったよ。
二年前に広島の故郷を焼かれ、家族と離れ離れになって。
さらに信頼して入った養護施設は裏で半グレに支配されていた。
まるで前世でどれだけの業を背負ったんだって話だね」
「……俺に言われても困る」
「だが、復讐の優先順位をつけるなら、最も罪深いのは“メディア”だ」
「……どうして?」
「君の存在を意図的に歪め、恐怖と不安を煽り、カオリ君の身元をも危険にさらした。
善意の保護も嘘に変えて、最後は“殺人者”として報道した。
これを“罪”と呼ばずして何を裁く?」
「……確かに」
「だから、君に言おう。三年後――復讐の時だ、ジュウシロウ君」
「……やれることはやる。俺には何ができる?」
「君には“黒の隊”を任せる。前線の指揮官として、最も危険な任務に立ってもらう。
君が崩れれば、全てが崩れる。頼めるかい?」
「……ああ。やってみるよ」
ジュウシロウは不思議な充足感に包まれていた。
やっと、自分の力で何かを“変えられる”場所に来たのかもしれない――そんな錯覚すら、心地よかった。
だが――
「……そんなの、許すと思ってるの?」
冷えきった声が、背後から響いた。
カオリが、一歩前に出て立ちはだかった。
その目には迷いも、遠慮もなかった。
「……あんたたち、ジュウシロウを“使い捨て”にしようとしてない?」
その声音には静かな怒りが滲んでいた。
「まるで、半世紀前の“闇バイト”と同じよ。リスクだけ負わせて、使い捨てる構造」
ルシアンを真正面から見下ろすように覗きこむ。
「どうせ、あんたたちリーダーは後方で“見てるだけ”でしょ?」
その挑発に、ルシアンは目を細める。
だが、反論はしなかった。むしろ納得したようにうなずいた。
「……なるほど。そう考えるのも無理はない。
けど、明言しておこう。
僕にとって、ジュウシロウ君が捕らえられたり、死ぬことの方が遥かにデメリットなんだ」
そう言って、ルシアンは懐から小型の電子デバイスを取り出す。
その表面にはホログラム転送装置のアイコンが浮かび上がっていた。
指を一つ立てる。
「まず一つ。
先日、レスターと共に使ったホログラム瞬間移動装置。
あれは僕の設計による独自技術だ。
世界のどこにも存在しない。つまり――流出されては困る」
彼は指を二本、軽く立てて話を続けた。
「次に2つ目。
ジュウシロウ君には、“兵士”としての役割を期待している。
エアやマルドゥークは確かに広域を焼き払えるが、ピンポイントでミッションをこなすには“人間”が必要だ。
そして彼には、その訓練を積ませるつもりだ。その技術ごと、外に漏らすわけにはいかない」
「……それだけ?」
カオリが訝しげに眉をひそめた。
「違う。ここからが本命」
ルシアンは表情を引き締めた。
「ホログラム転送装置には“副機能”がある。
それは、事前にバックアップをとっておけば、たとえ死んでも復元できるという点だ」
「……は?」
思わず声を上げるカオリ。
あまりに突飛な内容だった。
「つまり、君たちがいるこの現実世界に、あらかじめ“近似人格”のプレイヤーキャラクターを登録しておけば、
たとえ現場で死んでも、一定時間前の状態にリロードできるというわけさ。
いわば――“不死の突撃兵”だ」
「そんなことが、本当に……?」
ジュウシロウも呆然とした。
それは、もう人間の領域を超えていた。
「もちろんデメリットもある。
バックアップには3か月かかる。
一人につき一体。複数同時は不可能。
これは“ドッペルゲンガー現象”のような倫理的問題を避けるためでもある」
「つまり、3か月おきにしか“命”のリセットはできないってことね」
カオリがまとめる。
「それだけじゃない。
肉体は戻っても、心はどうなるかわからない。
PTSD、自己同一性の崩壊、倫理的苦悩……
記憶を保持したまま“死”を繰り返すことが、精神に与える影響までは保証できない」
「……でも、肉体的な障害は残らない」
「それは約束する。そこは科学の領域だからね」
ジュウシロウは、しばらく沈黙したあと、小さく頷いた。
「……わかった。だったらそのバックアップが取れたら、俺が突撃してもいいか?」
それを遮ったのは、アレイスターだった。
「ダメだ」
その声音は、いつになく真剣だった。
「お前は、背負いすぎている」
お茶を飲んでいたはずの彼が、まっすぐにジュウシロウの目を見つめていた。
そこには、いつもの軽薄な調子はなかった。
「復讐には思っているほどのリターンはない。
もうちょっと冷静に実行するとしても周りを頼れ」
アレイスターの言葉が、静かに空気を揺らした。
「お前が傷つくと、周りも傷つく。
俺たちも、カオリも……もう、お前は一人じゃない。
だからこそ、突っ走る前に周囲を見ろ。守るってのは、戦うだけじゃないんだ」
その言葉に、ジュウシロウの胸が締めつけられた。
──そうだ。
彼の選んだこの場所は、ただの戦場ではない。
そこには、誰かがいて、信じてくれていて、心をかけてくれる人間がいる。
ようやく、それに気づいたのかもしれなかった。
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カオリに同じことを言われてしまったな。
いい加減一人で何とかする癖を治そう。
俺は頼ってもいいんだ。
そうしてジュウシロウは前崎たちに続いて行った。