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File:042 広島にて

ジュウシロウはアレイスターと共に広島へ降り立った。

かつて彼が生まれ育った地――だが、今や記憶の中の景色と重なるものはほとんどなかった。


早朝の空気は刺すように冷たく、皮膚の奥まで澄んだ感覚が染み込んでくる。

どうやら長く眠っていたらしい。まだ午前6時にもなっていないようだった。


彼らが使ったのは、瞬間移動と呼ぶにはあまりに未完成な技術。

アレイスターが言うには、開発段階の試作品であり、時に時間軸を越えて未来数千年先の風景へ投げ出される危険性すらあるという。


それを聞いてウキウキしたがアレイスターの顔はそこまで大したものじゃないという顔だった。


「まだ夢の途中って感じの技術だよ」


そう言ってアレイスターは、どこか楽しげに笑った。


ただし、自分ひとり、あるいは“プラス一人”までなら――完全な同期で移動できるらしい。


「どうしてそんなことが可能なんだ?」


ジュウシロウが尋ねると、アレイスターは肩をすくめた。


「僕が月の住人だからさ」


冗談なのか本気なのか、相変わらず掴みどころのない口ぶりだ。


広島を訪れた理由は、ただ一つ。

見せたいものがあるからだそうだ。


かつての面影はほとんどない。

再開発されたスタジアムが無機質に立ち並び、彼が住んでいた家も、そもそも“家”と呼べたのかさえ定かではない。

地形すら塗り替えられ、ただ「だいたいこの辺だった」という感覚だけが残っていた。


「……俺の故郷だ」


「そうなのかい?」


アレイスターは目を見開き、少し困ったように笑った。


「悪い、まったく考えずに目的地を設定しちゃった」


その口ぶりが、逆にリアルで、ジュウシロウは否定できなかった。


「……だったら、君の故郷は“二年前に焼かれた”ってことになるね」


「うん」


「表向きは“不良外国人の暴動”って報道されてたけど、実際は“治安維持”と“移民の選別”だ。

 有能な移民以外は不要――それがこの国の本音だよ」


アレイスターはそう言い残し、スタジアムの裏手へと歩き出した。

ジュウシロウは、少し遅れてその背中を追った。


彼らがたどり着いたのは、原爆死没者慰霊碑だった。

通称「原爆慰霊碑」。あるいは「平和の碑」。


そこに刻まれた言葉が、視線の先に現れる。


安らかに眠って下さい

過ちは繰返しませぬから


ジュウシロウはその言葉をじっと見つめ、眉をひそめた。

どうしても素直に受け入れられなかった。

“誰が過ちを犯したのか”という主語が欠けていることが、彼の中にわだかまりを残したのだ。


アレイスターは記念碑の前にしゃがみ込み、背にもたれかかるように座る。

どこから取り出したのか、手には小さなポッドが握られており、蒸気の立つお茶を注ぎ始める。


(ほんとにこの人、いつもお茶ばっかり飲んでるな……)


ジュウシロウは、苦笑まじりに思った。


「…なんで、ここに連れてきたんだ?」


「君があの中でいちばん年長で、いちばん“まとも”に見えたから」


そう答えるアレイスターは、すぐに別の話題を切り出した。


「さて、話そうか。ジュウシロウ君――君は、戦争って“悪いこと”だと思う?」


「……やらないに越したことは、ないと思う」


「素晴らしい答えだ」


アレイスターが楽しげに、心から賞賛するように微笑む。


「では次の質問。戦争の“メリット”って、なんだと思う?」


「メリット……?」


ジュウシロウは言葉に詰まった。

そんな視点で考えたことは一度もなかったからだ。

彼にとって戦争は“いけないこと”という前提でしか存在していなかった。


「すぐには出てこないよな」


アレイスターが静かに言う。


「それが――俺たち日本人の“(やまい)”なんだ」


病?病気?確かに日本人は平和ボケしているというけれども。


「……(やまい)ってどういう意味だよ?」


ジュウシロウが目を細めると、アレイスターは表情を変えず淡々と続けた。


「“思考の放棄”だよ。戦争を“悪”と決めつけ、反射的に否定する。

 メリットもデメリットも考えず、ただ拒絶するだけ。

 イラク戦争、ロシアのウクライナ侵攻、パレスチナの宗教対立、イスラム国の台頭……。

 そうした現実の複雑さに目を向けず、被害者に肩入れする

 ――それはね、“人間的な本能”には違いない。

 でも、日本人はその本能に甘えたまま、世界と向き合おうとしないんだ」


「……戦争について詳しくは知らないけど、言いたいことは何となくわかる。

 でも、その前にちょっと――戦争のメリットについて、俺なりに答えてもいい?」


「もちろん。どうぞ」


アレイスターは頷き、少し身を乗り出す。


「……土地とか、資源とか。奪えるものがある?」


「ほう……素晴らしい。初歩としては十分だ」


アレイスターが軽く拍手をする。


「だが、それは表面にすぎない。

 戦争の本当のメリット――それはね、経済が爆発的に活性化すること。

 まるで“魔法”のようにね」


「……経済が?」


思いがけない答えに、ジュウシロウは目を見張った。


「日本に“バブル景気”ってあったろう? あれはベトナム戦争が引き金になってる。

 アメリカがベトナムに兵器や資材を送り込む途中、日本が中継地点として機能した。

 その副次的な恩恵で、戦争と無縁のように見える日本が潤ったわけさ」


「……本当に?」


ジュウシロウは言葉を失った。

戦争と無関係を気取っていた日本が、裏ではその恩恵にあずかっていたなんて。


「直接戦わなくても、戦争は儲かる。

 もちろん犠牲者は出る。

 だけど、それを“間違い”と切り捨てて終わりにしていいのか?」


「……でも、それって倫理的にどうなんだよ。やっぱ間違ってるんじゃないか?」


「“間違ってる”と思えるのは、戦争という選択肢すら持っていないからだよ。

 日本は今、戦争を“してはならない”のではなく、“できない”国なんだ」


「……え?」


「“サンフランシスコ講和条約”――読んだことあるかい?

 あれを精読すれば、日本という国がいかに“権利”を剥奪された状態にあるかがわかる。

 “戦争を起こせる力”を持つということは、裏を返せば“対等な交渉”の前提条件なんだ」


日本は“戦争をしない国”ではない。

“戦争をできない国”である。


その事実を、どれほどの日本人が直視できているだろうか。


第二次世界大戦の敗戦後、日本はサンフランシスコ講和条約によって“主権”を回復した。

だが、それは見かけだけの独立に過ぎなかった。


条約の文面の裏側には、日本という国家から“牙”を奪い、二度と立ち上がれぬようにする構造が練り込まれていた。

軍を持つことも、戦争という手段を選ぶことも、すでに日本の“選択肢”には存在していなかったのだ。


日本人の自己認識の根底には、かつて自らを爆弾として突っ込んだ神風特攻隊のイメージがある。

その狂気は、もはや合理性を超えた“部族的な信仰”に近く、敗戦国としてこの民族を世界秩序に組み込むには、何らかの封印措置が必要だった。


皮肉なことに――

その狂気の記憶は、のちにイスラム過激派にとっての“見本”となった。


違いがあるとすれば、それは行動原理の違いだ。

日本人は“恥”を恐れ、名誉のために死ぬ。

一方でイスラムの過激派は、“信仰”のために死ぬ。


背景は異なれど、行動は似る。

そして世界はその“再現”を恐れ、日本という国を今も飼い慣らし続けている。


憲法九条と安保条約がそれに拍車をかけた。

国家の暴力装置を他国に預けたまま、日本は“平和国家”という幻想の中で眠っている。


世界の秩序とは、力によって保たれる。

交渉の場において、最後に物を言うのはいつだって“武力”なのだ。

だが、日本にはそのカードがない。

ゆえに、真に対等な対話の土俵に上がったことなど、一度としてない。


それを象徴するような出来事がある。

過去、国際会議の場で日本の要人が大幅に遅刻したことがあった。

だが、他国の代表は誰一人として怒らなかった。

問題にも、話題にもならなかった。


他国なら外交問題になっていたかもしれない――しかし、日本は違った。


世界の舞台において、「どうせ何も決められない国」の遅刻は、

ただの空気の乱れとして、静かに受け流された。


軽視されているわけではない。

そもそも期待されていないのだ。


アレイスターの語った言葉は、ジュウシロウの胸の奥に深く突き刺さった。


「いいかい、ジュウシロウ。

 この世で本当の平等が成立するのは、たった一つの条件だけだ。

 ――“こっちもその気になれば、お前を殺せる”という力を持っていること。

これが核を国が手放さない理由だよ」


アレイスターは立ち上がると、ジュウシロウの隣に腰を下ろし、ゆっくりと顔を向ける。


「俺は、日本を――そういう国にしたいと思ってる」


沈黙が流れる。

それは“説得”ではなく、“選択”を迫る静かな空気だった。


「……俺と一緒に、日本を変えないか?」


アレイスターの問いに、ジュウシロウはしばらく黙っていた。


「……なんで俺なんだ?」


「理由は簡単さ。

 今の社会に強い不満を抱いている。

 そして、大人たちに対する怨みを――君は、隠しきれていなかった。

 だったら、君はもう“行動する動機”を手に入れている」


ジュウシロウは拳を握った。

彼の中で、何かが静かに――しかし確実に変わり始めていた。


「……わかった。やるよ。ただし、条件がある」


「言ってみてくれ」


「最後に、世話になった人にだけ……別れを言わせてくれ」

最近、小説家になろうのなりすましが増えているそうです。

皆さん気をつけてください。

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