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File:041 アレイスター

ジュウシロウが目を覚ますと、そこは白い天井も薬品の匂いもしない、病院ではなかった。


代わりに目に入ったのは、暗がりに沈むアーケードのゲームセンターのような空間。

古びた筐体が並んでいるが、どれも電源は落ちていて、画面はただ虚しく黒い。


「……なんだここは」


身体を起こしながら、周囲を見回す。窓はない。

密閉されたような閉塞感がある。

ひとつだけあったドアを押し開けると、その先に広がっていたのは――


まるで現実感を失ったような、巨大なドーム型の空間。

内壁には無数のビル群が立ち並び、けれどその配置は明らかにおかしい。

ビルが曲がり、斜めに突き刺さり、建物同士が融合している箇所すらある。


遠近感すら狂っていた。距離の概念が失われ、近いのか遠いのかも判別できない。


「……日本、なのか? ここは……」


目に入る街灯は中世のガスランプ風のものもあれば、日本の提灯や、アメリカのネオンサインまである。

文化の残骸が無秩序に混ざり合い、まるで小学生が思いつくままに貼り合わせたジオラマのようだった。


そのとき、背後から声がした。


「お、起きたか」


振り返ると、赤いジャケットを羽織った男が立っていた。

養護学校でジュウシロウと一緒だった子どもたちを数人引き連れている。

彼の姿はどこか浮世離れしていたが、不思議とこの場所には馴染んでいた。


「……あんたは?」


「ちょうど飯の時間だ。食うぞ」


男が差し出したのは、ビニール袋に詰まった市販のパンだった。菓子パンや総菜パンが無造作に押し込まれている。


「……このパン、どこから?」


「廃棄予定のやつさ。捨てるには惜しいくらい、意外とうまいんだ」


男は構わずムシャムシャとソーセージパンを頬張る。

子どもたちも当たり前のように、それに倣う。


渡されたメロンパンに手を伸ばす。

表面が少し湿っていたが、今の彼にとってはどうでもよかった。

空腹が先だった。


「……で、あんたは何者なんだ」


そう問いかけると、男はパンを咀嚼する口を止め、こちらに向き直る。


「そうだったな。名乗ってなかった」


言いながら、ジュウシロウの正面に立ち、ゆっくりとお辞儀した。


「私はアレイスター。革命家だ」


その一礼が、ジュウシロウと師匠となる人間の最初の出会いだった。


「Q.ここはどこ?」

「A.ドリームランドさ」


「Q.何人?」

「A.僕は月からやってきたんだ」


「Q.なんでそんな服装なの?」

「A.月ではこれが正装なんだ」


「Q.どうしてそんな強いの?」

「A.怒りで覚醒したんだ」


まるで即興の絵本でも読んでいるかのようなやりとりだった。

質問しているのは、周囲にいる子どもたち。

彼らの好奇心を満たすというより、面白がらせているというのが正確だった。


アレイスターは、そういう男だ。


「……ユーモアは結構だが、ちゃんと答えてほしいものだな」


ジュウシロウがぽつりと呟くと、アレイスターは肩をすくめた。


「おいおい、ジュウシロウ。暗いぜ?お前もなんか質問しろよ」


「え……俺?」


子どもたちが期待に満ちた目をこちらに向けてくる。

わくわくしたような、まっすぐな視線。


ジュウシロウは少し黙ってから、口を開いた。


「……俺が去ったあと、あの養護学校はどうなった?」


アレイスターは少し眉を上げたが、あっさりと答えた。


「ん? 呆気なく解体されたよ」


「……そうか」


「でもニュースにすらなってない」


アレイスターは手元の端末を操作し、世間のトレンドを示す画面をジュウシロウに見せる。

どこにも、それらしき話題は見当たらなかった。


「……どういうことだ?」


()()()()だよ。今も昔もよくあったろ?」


紅茶をひとくち啜りながら、アレイスターは語る。


「1980年代のプラザ合意とバブルの崩壊、2010年代の原発事故の詳細、

 2020年代の病原体とワクチン契約の非公開、2030年代のAIによる過激思想の教育問題。

 ……都合の悪いことは、政府は“なかったこと”にするんだ」


ジュウシロウは目を細めた。

カオリから借りた歴史の教科書には、そんなことは一言も書かれていなかった。

耳にするのは初めてだ。


「……フェイクニュースとか、陰謀論ってやつじゃないんですか?」


アレイスターは少し笑って、静かに首を振る。


「もちろん、それもあるさ。そういう情報に踊らされて、突飛な行動を取る連中もな。

 でも大抵、彼らは“知ってしまった気になってる”だけなんだよ」


「“知ってること”に酔ってる?ということですか?」


「そう。誰でもアクセスできる情報で“真実を知った”つもりになって、優越感を得てる。

 だけど、それは本物の知じゃない。僕は……違う」


アレイスターは紅茶のカップを皿に置き、静かに視線を合わせた。


「ジュウシロウ。君は、選挙で日本は変わると思うかい?」


「……わからない。まだ未成年だから投票権もないし」


「構わないよ。感覚で答えてみて」


少し考えたあと、ジュウシロウは口を開いた。


「……変わらないと思う。

 この国はバブル崩壊後、ずっと下降してる。

 “国の格式”という意味では。やり方を間違えてるんだと思う。

 ……中国はうまくやってたのに、習近平が死んで分裂しちまったけど」


「ふむ、なるほど。では次の質問」


アレイスターは人差し指を立てる。


「暴力で、政治は変えられると思う?」


「……一時的な混乱で終わるだけだと思う」


その答えに、アレイスターは満足げに頷いた。


「僕はね、フェイクニュースで動いてるつもりはない。

 少子化だって、80年前から予測できた問題だ。

 にもかかわらず放置され、今や国が傾きかけてる。

 ……原因は政治家が“存在する”ことそのものなんだ」


そう言って、懐から短刀のようなものを取り出す。

逆手に持ち、空中に放ったサンドイッチを一瞬で四等分にする。


「すげぇ……!」


近くにいた子どもたちが目を輝かせる。


アレイスターは静かに語る。


「僕は国を変えるのは制度であって人は最低限でいいという考えなんだ」


切ったサンドイッチを子供に分けながら新しいサンドイッチの袋を開けてもう一度切る。


「僕はね、この国の政治を一度“掌握して”から、徹底的に壊す。

 そして、“託すに足る者”に、すべてを委ねたい。

 そうすれば、この国は変われる」


ジュウシロウは黙って聞いていた。

政治家の無能さは、肌で感じていた。

自分たちの故郷を焼いてでもオリンピックを開きたがったあの政府――一体、何を考えていたのか。


ふと、彼は疑問を口にする。


「アレイスターさん……見たところ、日本人じゃないですよね?どうして、そこまで……?」


アレイスターは一瞬だけ目を細め、どこか懐かしむように空を仰いだ。


「この国が、好きだからだよ」



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