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File:039 チャウウェスクの落とし子

16歳。高校一年生の年。


運良く、東京の高校に入学が決まった。

だが、それと引き換えに、ジュウシロウは児童福祉施設に身を置くことになった。


カオリの家に居候を続けるのは限界があった。

ジュウシロウ自身もそれを感じていたし、カオリの父、そして学校の教員も、“そのほうが本人のためだ”と判断した。


カオリと離れるのは正直、寂しかった。

でも彼女は言ってくれた——「ちゃんと連絡するから、大丈夫」と。


だからジュウシロウは心を決めた。


——これからは、自分の力で生きていく。立派な人間になるんだ。


だが、その決意はあまりにもあっけなく、現実によって打ち砕かれる。


施設に着いて最初に見た光景は——

大人の男が、膝蹴りで少年を床に沈めている場面だった。


「おい、何をやってる!」


ジュウシロウは思わず声を張り上げる。

そのまま、蹲る少年の前に立ち塞がるように庇った。


相手の職員は、ふてぶてしく鼻で笑った。


「……新入りか?ここには“ルール”がある。破れば“お仕置き”は当然だろ?」


「それが膝蹴りですか。僕には、ただの弱い者いじめにしか見えませんが」


「……気に入らねぇな。お前」


次の瞬間、蹴りが飛んできた。

軌道からして、完全に関節を狙っている。

素人の動きではない。格闘技経験者のそれだ。


「そっちがその気なら……」


ジュウシロウの目が鋭くなった。


構えも見せず、一気に距離を詰めてタックル。

職員の腹を貫く勢いで吹き飛ばし、そのまま床に叩きつける。

馬乗りになり、拳を振るう。


一発、二発、三発——

男の顔が歪み、鼻血が飛び散った。


「ぐっ……お前、なにを……」


「“過ちを認めたら”、やめてあげますよ」


拳を止めることなく言い放つ。

まるで感情を消し去った機械のような冷静さだった。


周囲がざわついた。

複数の職員が物音を聞きつけて現れ、全員が警棒やスタンガンのような武器を手にしていた。


「なにをしてるッ!!やめろッ!」


「こいつが先に少年を——!」


言いかけたその職員の顎に、ジュウシロウの裏拳が炸裂した。


顎が悲鳴を上げるように砕け、男はその場に倒れ込む。


「少年が殴られていた。僕がそれを止めただけです。……僕の行動は、間違っていましたか?」


ジュウシロウの声音は静かだったが、底知れない威圧感が漂っていた。

周囲の職員たちは、手にした武器を振るうこともできず、動きを止めた。


そのとき——


ギィ……と、異音のような足音が響いた。


現れたのは、金髪にピアス、腕にはタトゥーのある男。

一見して施設職員には見えない風貌。

その手に持っていたのは、重みのある金属バットだった。


(……こんな男が職員?)


ジュウシロウの警戒心が研ぎ澄まされる。


バットが高く振りかぶられた瞬間、ジュウシロウは即座に腕で防御体勢を取る。


「ぐっ……!」


金属が肉を打ち抜く音が響いた。

だが、男は追撃をしなかった。


彼の視線はジュウシロウではなく、地面に倒れていた職員に向いていた。


「……何やってんだ、お前?」


一瞬で空気が変わった。


「灰原さん……っ、すみません……!」


倒れた職員は、血を流しながら土下座するように頭を下げた。


だが、灰原と呼ばれた男は、その背に迷いなくバットを振り下ろした。


「“すみません”で済むかよ、ゴミが」


骨が折れる音が聞こえた。

その場の全員が沈黙する。誰一人、止めようとしなかった。

止められなかった——それが正確だった。


怯え、畏れ、沈黙。


ジュウシロウだけが、その場に立ち尽くしながら、状況を冷静に観察していた。


灰原は、そんな彼の様子をじっと見つめる。


「……お前、慣れてるな。こういうの。今の光景を見ても、眉一つ動かさねぇ」


無表情のままのジュウシロウに、灰原はふっと口元を歪めて笑った。


「気に入った。……お前、俺たちのギャングに入れ」


それが、ジュウシロウの“施設生活一日目”だった。


カオリの家に住んだジュウシロウにとってこの施設の部屋はあまりに汚すぎた。

掃除も管理もなっていない。

ただエアコンは壊されることはなかった。

その中に子供が既定の人数を超えるほど多くいた。


「…ここはあなたが管理している施設なんですか?」


「そうだ。さっきはうちのバカがすまなかったな。

 ちゃんと詰めておくよ」


聞きたいことはそんなことじゃない。

だがこの環境はあまりにもではないか。


「今日からここがお前の部屋だ」


通された部屋は個室だった。

前の大人数の部屋と比べると天と地ほどの差があった。

まるでホテルの部屋だ。


「まあお前には主任の役割を与えてやる。せいぜい餓鬼どもをうまく使え。

 じゃあな」


そういって灰原は去っていった。


冷静に考える。

ここは国の施設のはずだ。

恨みはあるがここまで腐っているとは思えない。


「どういうことだ?」


そういってカオリの家族に買ってもらった電子デバイスでAI検索する。


「児童養護施設 現状」


2020年のウイルスのパンデミックからAIのSNS発信まで直近50年あまりで起こっていたことが流れる。


だが一番関連として出てきたのは次のことだった。


「チャウウェスクの落とし子の再来。少子化対策の失敗」


2045年

日本の少子化はどんどん進んでいった。

そんな中、日本政府は遂に手を打つ。

親の片方が日本国籍の子供を産んだら補助金が出るというものだった。

日本人から見たらたかが知れていた。

だが現状は日本に住む移民にとってはただ事ではなかった。


金持ちに股を開き、子供を設けることで子供が日本国籍である証明と

金持ちを強請ることで示談までもっていき、巨額のお金を手にしついでに

補助金まで出るという破格の手段となった。


それによりハーフの子がどんどん生まれ、児童養護施設はパンクした。

その結果がこの様である。


児童養護施設はそもそも少子化の一途をたどっていた日本にとってもはやいらないものだった。


それに急に需要が増え、土地代やインフレも加速している現在ではパンクするのも当然だった。


すべて合点がいった。

偶然か神の悪戯か。

ここで出生の秘密をジュウシロウはここで初めてしった。


このことはカオリに貸してもらった歴史の教科書でも載っていなかった。


「…なぜだ?」


ジュウシロウの言葉は虚空に消えた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


久しぶりにあったジュウシロウの顔は憔悴しきっていた。

カオリはジュウシロウの背中を見た。


「何…これ…?」


ジュウシロウの背中は深い傷がいくつも刻まれていた。


「…なんでもない」


「なんでもないわけないでしょう!」


カオリは絶叫のような声を上げた。


「あの子たちを守るためだ…。今は耐える」


「何を言っているの…!パパに連絡を…!」


「ダメだ!」


ジュウシロウはカオリの電子デバイスを手で覆い隠す。


「頼む。俺は大丈夫だ。信じてくれ」


そういってカオリを言い聞かせた。


この時カオリが無理矢理にでも行動していれば

違う世界線もあったかもしれない。


「おい。奴隷。何勝手にここから出てんだよ!」


「ぐっ!」


灰原に蹴りを入れられる。


それを子供たちが心配そうに見ていた。


最初の豪華な部屋に入れられた時点で怪しむべきだった。

気づけば地下に拘束されていた。

付属された冷蔵庫の飲料に睡眠薬でも入っていたのだろうか。


そこから拷問を2日にわたって続けられた。


灰原は自分に服従するまで鞭のようなもので叩かれた。


仕方なく従うようなことをいうと自分のために働くように命じられた。

でないとこの施設にいる子どもをお前の目の前で殴ると。


選択肢はなかった。


働くといってもバイトなどではない。

金を稼いで来い。つまり盗み、揺すり、強盗をしろという話だった。


だがジュウシロウはそんなことはできなかったし、

子どもを守りたい一心だった。


カオリから連絡がきたのは救いだった。

そこで自分がここまで心配されるほどやつれているとは思わなかったが。


それにカオリの父親や見出してくれた高校の教師にも迷惑はかけたくなかった。


ついにジュウシロウの心は1か月で折れた。


学校にも行く余裕はなくなっていた。


誰にも相談できない。

行政でやっている施設に対して国が一番信用できない。


もうなんでもいい。


ジュウシロウは灰原たちの監視の目を無理矢理残った力で突破し、

海に来ていた。


夜の海。

海水は膝まで使っていた。


「…カオリ、ごめんな」


泣きながら海に入り続ける。

なぜ海に来たかはわからない。


最後にカオリに会いたかったがこんな姿を見せたくなかった。


そのまま海に沈んでいき…


目の前に赤い靴が見えた。


「何やってんの?お前」


海の表面に赤い靴の男が立っていた。

シュウの自殺を止めようとしたのもジュウシロウ自身に海に沈んで自殺しようという経験があったからでした。

意外と繊細な子なのです。

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