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File:038 ジュウシロウの幸運

エピソード1から読んでくださった方ありがとうございます。

DMでの感想、厳しい意見もありつつ閲覧させて頂いています。

「そっちでも対応なし、か?」


『はい……警察は一人も来ていません。完全に無視されています。

 そもそも来てすらいないかもしれません…』


ジュウシロウはテレパシーカフス(念話)を通じて現地にいる部下と連絡を取ったが、文栄春陽社の件と同様、さくらテレビに対しても“公的な対応”は一切なかった。


異様だった。

明らかに“狙い撃ちされている”というのに、動く者が誰もいない。


「……これがもし相手の作戦だとするならば、

 さくらテレビに今から行くことは完全に“罠に乗る”ってことになる。

 行くのか?」


前崎はジュウシロウに確認を取る。

かつての仲間たちがどう作戦を立案しているかは不明だが、今は()()()()()()()()()()()()()


「……当初の予定通りに進める。

 前崎さんかつての仲間を犠牲にしても——恨まないでくださいね?」


「裏切った時点で戻る場所なんかない。その覚悟でお前らに従っている。」


その声はどこか達観していて、諦めと覚悟が入り混じっていた。

それが逆に、カオリの神経を逆撫でした。


「……じゃあ目の前で遠慮なくぶっ殺してやるわよ」


「彼氏の顔面、もっと踏み潰しておけばよかったな」


「前崎ィィィ!!」


怒りに任せて放たれたカオリのハイキックが、前崎の顔面を狙う。

だが、前崎はわずかに身を傾けただけでそれを躱す。

勢い余って、カオリは横の自動ドアから近くの店の中へ豪快に転がり込んでしまった。


『……今のは完全にカオリ君の自爆だと思うよ』


「当然だな」


と、さっさと前を歩き出す前崎とルシアン。

ジュウシロウはわずかに視線を下げてから、転がったカオリの元へと歩み寄る。


「……何よ」


カオリは頬を赤く染め、ジュウシロウの視線から目を逸らした。


「今は作戦中だ。私情は捨てろ」


それだけを淡々と告げるジュウシロウに、カオリは呆れたようにため息をつく。


「……あんたって本当に、何もかも一人で背負おうとするのね」


「……?」


ジュウシロウは小首をかしげる。

何が言いたいのか、すぐには理解できていない顔だった。


「……あんたが傷つくことで、悲しむ人間もいるのよ。そんな簡単なことも、わかんないの?」


「それが、今の作戦と状況に何の関係がある」


即答するジュウシロウの瞳は、まるで感情が抜け落ちたように冷たい。


「……私は前崎を信じてない。できることなら、今ここで撃ち殺したいぐらいよ」


そう吐き捨てたカオリの瞳には、怒りだけでなく、微かな不安が滲んでいた。


「だからあんたは自分が苦しみ続けても助けを求めないの」


捨て台詞を残し、カオリは前崎たちの後を追って歩き出す。


その背を見送りながら、ジュウシロウはふと、似たような言葉をかつて誰かから聞いた記憶を思い出していた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


ジュウシロウは、しばらくカオリの家に身を寄せることになった。


突然現れた“異邦人”に、彼女の家族は当然戸惑い、警戒した。

だが、カオリの強い意志に押される形で、一応の「客人」として迎え入れられたのだった。


個室も一つ与えられた。

しかし、私物ひとつないその部屋は、どこまでも空虚だった。

まるで、自分の存在が仮置きされただけのような部屋。


自然と、彼はカオリの部屋で過ごす時間が多くなっていった。


彼の出自が明かされたことで、家族からは“同情”こそされた。

だが「カオリの恋人」としては——やはり受け入れられなかった。


その空気を、カオリも敏感に感じ取っていた。


「……これは、乗り越えるしかないわね」


そう口にした彼女の横顔は、どこか覚悟に満ちていた。


ジュウシロウは思った。

何か、今の自分にできることはないか。

居候としてではなく、“誰か”として、ここに居場所を築くにはどうすればいいのか。


彼は学校に通っていなかった。

だからせめて、中卒認定、そして高卒認定を取ろうと決めた。


「大学」というものがどういう場所かさえ、正直、よくわかってはいなかった。

けれど、カオリの家族がそれを“目指すに足る道”だと思っていることは理解できた。


カオリは、勉強は苦手だと言いながら、教えることには妙に長けていた。

ジュウシロウは驚くほどの集中力で、それを吸収していった。


「……集中力、すごいわね」


カオリはそう呟いて家族にも伝えた。


その秘訣は、おそらく格闘技にあるのだろう。

そう思ったカオリは、ある日ぽつりと口にした。


「私にも、教えてよ。格闘技」


最初は遊び半分のつもりだった。

だが、彼女の身体は意外なほど“動き”に順応した。


特に股関節が柔らかく、初めてのハイキックでジュウシロウの顔スレスレまで脚が届いた時には、思わず彼も息を呑んだ。


教師と生徒。生徒と教師。

互いに教え合う日々が、自然と習慣になっていった。


──そして、季節は巡る。


カオリはそのまま中高一貫校に進学。

ジュウシロウは、試験を経て中学卒業の認定を得た。


だが、さらに彼の名が知られるきっかけとなったのは——ある格闘技大会だった。


飛び入り参加の形で出場した総合格闘技大会。

ジュウシロウと同じ階級に、体格で張り合える選手は一人もいなかった。


鋭く、的確な打撃だけで数人の相手を圧倒。

試合後、複数の高校から「ぜひ入ってほしい」とスカウトの声がかかる。


だが、当然ながら反発もあった。

「まともに学校にも通っていない」「出所不明の不良」——そう陰口を叩く者も少なくなかった。


そのとき、カオリの父が動いた。


医師として、社会的信用を持つ彼は、ジュウシロウの過去と真剣さを丁寧に説明した。

そして言った——「彼は、たまたま“教育を受けられなかった”だけだ」と。


その一言が、ジュウシロウの“門戸”を開いた。


——人生が、ここまで好転するとは思わなかった。

ジュウシロウは心の底からそう思った。


生まれて初めて、“誰かが自分の未来に加担してくれる”という感覚を覚えた。

初めて、神というものの存在を、少しだけ信じたいと思った。


──だが。


ジュウシロウの幸運は、どうやらここまでだったのかもしれない。


その先に待っていたのは、彼がまだ知らない“現実”だった。

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