File:002 A.D.R
「各位、よくやった」
──薄暗い部屋に光る複数のモニター。その中央に浮かび上がるシルエット。
少年少女たちは静かに並び、その声に耳を傾けていた。
「改めていうがお前たちのやったことは、大きな爪痕を残した。国は火消しに必死で、社会的なインパクトは薄れて見えるかもしれない。だが問題ない。いずれボロが出る。こちらの手元には、映像も記録もある。本日より順次、インターネットに流していく」
モニターには、現在のニュース映像が映し出される。
事故と処理されたが、いくつかの断片的な報道では“銃痕”が確認され、ネット上では“マフィア同士の抗争”という噂も飛び交っていた。
「新しい同志も迎えた。今回の一件で、25人が加わった。お前たちも疲れているだろう。本日から2日を“特別安息日”とする。仲を深めてくれ。以上だ」
「ボスに敬礼!」
通信が切れると、子どもたちの緊張が一気に緩んだ。部屋の空気がふわりと変わる。
「休みだー!」「あー、マジで疲れたー」「飯まだー?」「早く風呂入りたい!」
ざわめく空間の中、カノンはしばらく立ち尽くしていた。
(……数日過ごしてみたけどあの時のあの冷酷さ。同じ人たちとはみんな思えない)
「カノン? 何してるの?」
振り返ると、ユーリが不思議そうに見つめていた。
「あ……いや、みんな普通の子なんだなって」
「そうよ。私たちはまともよ。それより、早くご飯にしましょ」
ユーリに促されてカノンが座ったのは、長いテーブルだった。
並べられていたのは、炊き込みご飯、カレー、卵焼き──どれも特別なものではない。
けれど、カノンの胸に広がったのは、これまで感じたことのない安堵だった。
普段、無理矢理口に押し込まれるのはおいしいのかまずいのかすらわからない高級料理。
あるいは、意識を保つためだけの栄養ペースト。
“生かすため”の食事か、“飾り”としての演出ばかりだった。
それに比べて、目の前の料理は──人のために、心を込めて作られている気がした。
だが──
「……美味しい。ここの料理」
「でしょ? ジョンの料理は絶品なのよ」
ふと目をやると、厨房にいたのは少し太めの少年。
額にバンダナを巻き、大きなケーキのデコレーションに集中していた。
「あの子はジョン。自分の“戦場”はここだって言って、今は隊の胃袋を支えてるの。女の子にキッチン立たせるなって頑なでさ……でも最近、弟子を取るようになったんだって」
メモ帳を持って真剣に見学している3人の少女たちの姿が見えた。
全体を見回すと、子どもたちは150人ほど。明らかに小学生から高校生まで、年齢も見た目もばらばらだった。
「さて、改めて──私はユーリ」
「え、あ……カノン、です」
「……何度もいうけど敬語はいいわ。ここでは全員対等だから」
「う、うん……ありがとう」
「何から聞きたい? きっと、分からないことだらけでしょ?ここ数日私もバタバタしてたし」
「……そう、かも」
どこから何を聞いていいか分からない。
でも、ひとつだけ──どうしても気になることがあった。
「ねえ……あんなことして……本当に、大丈夫なの?」
「大丈夫なわけ、ないじゃない」
ユーリはさらりと答えた。
「今ごろ、警察や政府が必死になって私たちの身元を探してる。安全なのは……もしかしたら数週間が限界かもしれない」
「そ、そんな……」
「だから──」
「叩き潰すために、準備してるんだよ」
低い声が割り込んできた。
「横、いいか?」
「あ、うん……」
スプーンを片手に、カレーをがつがつ食べるシュウ。
「俺たちは“戦力強化中”ってわけさ」
カノンは、彼の姿に目を奪われた。
以前見た強化スーツ。筋肉質な体格。確かな訓練を積んだ者の佇まい。
「……本当に、勝てるの?」
「勝つよ。A.D.Rが直接動く必要はない。世論を動かせばいい」
「A.D.R?」
「アダルトレジスタンス。俺たちの組織名」
「変な名前だと思ったでしょ?」とユーリが笑う。
「でも、インパクトが強いからってリーダーが言ってたぜ?」
「リーダー?」
「“ボス”とは別。うちの構成はちょっと複雑でな──」
シュウが指を折って数え始める。
「戦闘部隊:黒の隊。陽動部隊:紫の隊。工作部隊:青の隊。補給部隊:緑の隊。技術部隊:銀の隊。看護部隊:白の隊。遊撃部隊:赤の隊。そしてボス直属の“星の隊”。俺は黒の隊所属で、リーダーは“ジュウシロウ”って人間」
「へぇ……」
「ま、最初はみんな補給部隊からスタートだ。安心しな」
「私は青の隊。情報系の女の子、多いわよ」
「なんか……ちゃんと“軍人さん”みたいだね」
「で? カノン、お前の話は?」
突然、肘でつつかれた。
「え……私?」
(話せるようなことなんて……)
「後ろ暗い過去? 上等だよ。俺は親殺されているし、顔焼かれたヤツもいる。家族を公開処刑された奴もいたっけ?」
「…………」
「いいんだよ。ここにいるってことは、“選ばれた”ってことさ」
その笑顔が、あまりにも優しくて──
カノンは、静かに語り始めた。
その声は震えていたが、止まらなかった。
それはまるで、初めて“人間”として語る自己紹介のようだった。
△1:技術部隊:銀の隊を追加しました(2025/5/31)