File:031 What Child Is Thisー御使いうたいて
英語多めです。
前崎は、レジスタンスの拠点〈SG〉内部を歩いていた。
もちろん単独行動ではない。一見自由に見えるその足取りも、周囲の目を振り払うことはできない。
常にルシアンが数メートル先を歩き、その後ろを監視者らしき子どもたちが何人か張りついていた。
その中に、見慣れない顔が二人いた。
「……シンフォニアの音楽ホールにいた子たちだな」
前崎が呟くと、片方の少年──ソウが静かに一礼した。
「ご記憶いただけて光栄です」
その動きはあまりにも洗練されていて、美しさすら感じさせる。
作法のひとつひとつが、型にはめたように正確だった。
おそらく、何百回も鏡の前で練習したのだろう。
肌の色、骨格からして、おそらく韓国系の血が入っている。
「この人が前崎、ね……ふうん。顔はいいじゃない」
やや挑発的な目で前崎を見つめてきたのは、アリアという少女だった。
長身で、淡い金髪に白い肌。
鼻を見ればロシア系の血が混じっているのはすぐに分かる。
ルシアンが言葉を挟む。
『紹介しようと思ってね。青の部隊のリーダーがソウ、緑の隊のリーダーがアリア』
「……青は工作部隊だったな。緑は補給と戦術支援だったか。記憶にある」
「その通りです」
ソウが即答する。
その口調も態度も、年齢に似つかわしくないほど端正だった。
前崎は、ほんの少しだけ好感を覚えた。
「……で、なぜ俺と会わせた?」
『ソウがどうしてもって言うからね。アリアは……おまけ』
「おまけ言うなッ」アリアがルシアンの後頭部を軽く叩く。
わざとらしく、だが本気にも見える。
そのままルシアンは笑いながらどこかへ去っていった。
「…でなんで俺と会いたかったんだ?」
「公安という存在と、人生で一度も対話したことがありませんでした。
前崎さんから、“新しい音楽の知見”が得られるかもしれない──そう思ったのです」
ソウがまっすぐな目でそう言った。
「……音楽の、知見?」
「人は波長で個性が出ます。その中であなたの波長はかなり独特なので興味を持ちました」
「まあ……好きにしろ」
前崎はそれ以上追及しなかった。
理解してはダメだ。
音楽家と芸術家とボディービルダーは頭のネジがぶっ壊れてできないというのは人生経験で知っている。
「で、そこのお嬢さんは?何か理由でも?」
「ま……まぁ、心配だから来ただけよ」
アリアがわざとらしくそっぽを向いた。
「……お前ら、付き合ってるのか?」
「な──!?」「はい、そうです」
アリアが唖然とする横で、ソウが淡々と答えた。そのギャップに、前崎は一瞬だけ返答に困る。
「なんで……そういうの、そんなに平然と言えるの……?」
「表現者ですので」
あくまで真顔。完全に悪気ゼロ。
「……アンタってほんと……!」
アリアは顔を真っ赤にして抗議の声を上げる。
だが、その仕草に“怒り”よりも“照れ”が勝っているのは明らかだった。
前崎は、心の中で静かに嘆息する。
「お前ら……本当にガキなんだな」
「当然です。まだ十四歳ですので」
ソウがさも当然のように返す。
十四歳──。
その言葉の重みに、前崎は一拍遅れて反応した。
今、目の前で笑っているこの二人が、あの音楽ホールで冷静に大人を殺したことを思い出す。
まだ十四歳。
だからこそ、恐ろしい。
「説教するつもりはないが…お前のピアノ聞いていたのは客じゃなかったのか?」
「えぇ、客ですよ」
「殺してよかったのか?」
「興味があったのでやってみたかったんです」
「興味があった?」
「感動からの絶望という転調に」
「…理由のでっち上げかもしれないが好奇心でお前人殺すのかよ」
「音楽ができないと生きる価値がないと教えられたので。
大人の方から」
「理由が見えてこないな」
「タダで聞いている人間に罰が与えられてもいいなと思っただけです」
「…AI時代に何を言っているんだ?時代遅れだぞ」
「えぇ、現に私たちの家族は喰っていけなくなり、著作権を主張しても却下され自殺しました」
「…」
「お互い様だと思いますよ」
そういって音楽ホールと書かれた部屋へ向かって行った。
アリアはそんなソウの言葉を黙って聞いていた。
そこは古びた音楽堂だった。
先進的な近未来的な雰囲気のあるSGにおいて明らかにクラッシックだった。
壁には中世ヨーロッパの肖像画が書かれてきた。
「その絵や飾りはレプリカです」
ソウはいった。
「僕らの練習場を再現したんですけどね。
やっぱり思ったようにいかないものですね。」
見た目はクラッシックだがよく見ると新しい生地というより、意図的に作られた汚れのようなものが見えた。
中には稚拙な縫い目のようなものもあった。
進んでいくと音楽の講堂のように分厚い扉があった。
それをアリアが開けようとするが力が足りないようだった。
前崎が仕方なくアリアの後ろから力を加えて押し込む。
「きゅ…急に近づかないでくれる?!」
アリアがびっくりした顔で前崎を見る。
「だったら自力で開けろ」
「レディに力を求めないで!」
そういってアリアはソウの後ろに隠れた。
ソウはそんなアリアの頭を撫でる。
分厚い扉を開く。
扉の向こうに広がるのは、音楽ホールと教会がひとつに溶け合ったような不思議な空間だった。
規則正しく並んだ座席が、まるで演奏会を待つ観客のように沈黙し、
その頭上には高い天井とアーチが広がり、壁には神秘的なステンドグラスがはめ込まれていた。
ステンドグラスを透かして落ちる赤や青の光は、舞台を、そして前崎たちを静かに染め、
ここがただの音楽ホールではなく、祈りの場でもあることを告げているようだった。
「……すごいな。」
前崎は自然に声を漏らした。
何十年、いや何百年も前からこの場所が存在していたと言われたとしても、きっと信じただろう。
そのとき、ソウが呆然と見上げる前崎の正面に立ち、静かに頭を下げた。
「聞いてくれないですか。僕らの歌を。」
「……歌?」
ソウとアリアは、音もなく舞台の上に並んだ。
前崎は戸惑いを覚えながらも、自然と足が動き、最前列中央の席に腰を下ろしていた。
「では、よろしくお願いします。」
二人はそっと手をつなぎ、歌声を重ねた。
その声は、どこまでも澄んでいて、まるで天使が夜空に祈りを捧げているようだった。
その響きには、寂しさが滲み、どこかで救いを求める切実さが宿っていた。
アリアはさっきまで見せていた感情を消し去り、表情は機械のように冷たくなっていた。
ソウは、何の感情も宿さない天使のようだった。
"What child is this, who, laid to rest
On Mary's lap, is sleeping?
Whom angels greet with anthems sweet,
While shepherds watch are keeping?
This, this is Christ the King,
Whom shepherds guard and angels sing;
Haste, haste to bring him laud,
The Babe, the Son of Mary.
So bring Him incense, gold, and myrrh,
Come peasant king to own Him;
The King of kings salvation brings,
Let loving hearts enthrone Him.
Raise, raise the song on high,
The Virgin sings her lullaby;
Joy, joy for Christ is born,
The Babe, the Son of Mary.
この幼子は誰なのでしょう
マリアの膝の上で安らかに眠る子は
天使たちが甘美な歌で迎え
羊飼いたちが見守るその子は
この子、この子こそが王なるキリスト
羊飼いが守り、天使が歌うその方
急ぎましょう、急いで賛美を捧げましょう
この幼子、マリアの御子に
なぜこの方がこのように粗末な場所に
牛やろばが餌を食むその傍らに眠っておられるのか
キリスト者よ、恐れ敬いなさい
ここに罪人のために沈黙する御言葉がおられる
黄金、乳香、没薬を持って来よう
王を讃えるために
王なる王は持つべき賜物を受け
心から捧げよう、この御子に"
イエス・キリストを祝福するはずの歌なのに、
その旋律はどこまでも残酷で、寂しく響いた。
「……どうでしたか?」
「よかったよ。シンフォニアで、ラストを任されるわけだな。」
その言葉にソウの表情に陰りを見せる。
「…何かいけないことを言ったか?」
「そういうわけではないのですが、あまり褒められたいものではないですから」
「最高の名誉を受け取るのはいいことではないのか?」
一般的にはシンフォニアで音楽を任されることは日本の音楽家にとって大変名誉なことだ。
「そんなの欲しいわけないじゃない」
アリアがそう言い放った。
「?」
前崎は理解ができなかった。
「じゃあお前らはなんで音楽をやっているんだ?」
「親や先生に無理やりさせられたから。やらないと私たちは生きる権利すら与えられなかったもの」
「…」
アリアの告白に前崎は黙ってしまった。
自分の子供を第二の人生と勘違いし、全てをかける親。
戦後から続く悩みとして毒親というのは未だに存在していた。
前崎はそれを書類上は知っているし、犠牲者として割り振っていた。
仕方ないじゃないか。社会に犠牲は付き物なのだから。
犠牲で社会は回る。
『オメラスを歩み去る人々』からもわかる通りある程度仕方ないとして割り切るしかない。
だが直視していまうと…
「すまないな…助けられなくて」
そういうしかなかった。
「別に前崎さんに謝ってもらう必要はないですよ。
前崎さんが直接悪いことをしてないことはボス達から聞いています」
そういってソウは優しい顔を見せた。
「僕たちが怒っているのは制度や作った人間達なので」
「…俺は作っている側だぞ?」
「知っていますよ。元官僚でしょう?
ですけど、あなたはすでに我々の同志ですので」
そういって笑った。
後ろのステンドガラスがソウとアリアを照らしていた。
その姿はまるで天使だった。
ソウ・アリアの歌はWhat Child Is This(御使いうたいて)になります。
もし良ければyoutubeなどで聞いてみてください。
子供の聖歌隊の歌声がおすすめです。
参考リンクを一番下に貼っておきます。
ちなみにですが著作権は切れているので歌詞は載せても問題ないと判断しました。
よろしくお願いします。
URL↓
https://www.youtube.com/watch?v=Kwe4hZRuEek