File:030 前崎加入
『──さて。改めて紹介しよう。我々《アダルトレジスタンス》に、前崎英二が正式に加入する』
子どもじみた口調で知られるルシアンだったが、その声には珍しく威厳が宿っていた。
組織の長として、堂々と壇上から全体に向けて語っている。
『特別枠だ。大人だが、我々に尽力してもらう。
すでに現場で顔を合わせた者、交戦した者もいるだろうが──すべて水に流せ。
彼は手土産として現首相の森田信一の首を持ってきた』
ざわめく空気の中、前崎がゆっくりと前に出た。
その歩みは迷いがなく、視線も逸らさない。
「前崎英二だ。……組織には協力する。だが、協力できない奴とは協力しない。
納得できないことはやらない。それだけだ」
あまりに直截的な言葉に、場が一瞬静まった。
歓迎の言葉も、形式的な忠誠も、何一つ口にしない。
それはとても“同志”とは思えない発言だった。
だが、静寂を破ったのはケンだった。
金色の仮面をわずかに傾けて、ふっと笑う。
「本当に信用していいの?」
カオリが、隣に立つジュウシロウの脇腹を軽く肘で突きながら小声で問う。
「……信用ってのは、気持ちの話じゃない」
ジュウシロウは冷徹に語る。
「総理を殺し、元後輩の手を切り落とした男だ。
戻ったところで、もう国には居場所はない。
……ここにいる以外の選択肢がないんだよ、あの人には」
実際、この場にいる多くのレジスタンスたちは、
前崎が森田総理を銃撃した瞬間を映像で見ていた。
光学迷彩を駆使し、最短ルートで首相を殺害しに行ったその姿は、
“正義の象徴”でも“革命の英雄”でもない、ただの冷徹な実行者だった。
しかしだからこそ、多くの子どもたちは熱狂した。
そこには計算も情けもなかった。
ただ、「やると決めたことをやり切った」という現実だけがあった。
一方、その隣で、マスミは顔を伏せていた。
無表情を保っていたが、目の下には濃い隈が浮かんでいる。
気づいたシュウがそっと声をかける。
「……マスミさん?」
「……ううん。大丈夫。覚悟は、してたから。
私は……もう“こっち側”の人間だし。それは変わらない。安心して」
そう言って笑ってみせる。
だが、目の奥にあるものまでは、誤魔化せなかった。
ルシアンが再び前に出る。
その後ろには、空中に投影されたホログラムが浮かぶ。
最新の週刊誌のスクリーンショットと、SNSのコメント欄。
「いま、世間の風は明らかに我々に追い風だ。
インフラも回っていない中で、“カジノ施設を最優先で復旧”させる国家に、誰が納得する?」
実際、画面に映るコメント欄は炎上に近かった。
《病院よりもカジノが先?》
《政治家の財布の中しか見てないのか?》
《民間支援の方がよっぽどまともだろ》
《終わってる》……
その流れを背に、ルシアンはわざとらしく間を取る。
観客の集中が一点に絞られるのを待つ、舞台役者のように。
「──さて。お前たちが本当に“やりたかったこと”を発表しよう」
ざわめきが波のように広がる。
「この国が腐りきった象徴。
俺たちを“娯楽”に変え、“革命”すら商品化する構造の心臓部──
メディアを、殲滅する」
次の標的が明かされた瞬間、会場が爆発した。
歓声、拍手、叫び声。
ざわめきが熱狂に変わり、正義が刃に姿を変える音が、ここにあった。
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「……次の標的が、そこだとはな」
講堂に残る照明の残光が、前崎の背を淡く照らしていた。
人が去り静まり返った空間で、彼はぽつりと呟くようにルシアンへ声をかけた。
『恨みを抱えている者は多いよ。
プライバシーを暴かれ、社会的に殺され、二度と“普通”に戻れなくなった者たちがね』
ルシアンの声は静かだったが、その奥には“憎悪”よりも“記録”に近い温度があった。
前崎も、メディアの汚さは嫌というほど知っていた。
だが──自分はそれを利用する側の人間だった。
加害者が、加害を非難する資格はない。
『命を賭して、我々を殲滅しようとは思わないのかい?』
ルシアンが尋ねる。
「やってほしいのか?」
前崎は顔を崩さずに返す。
『いや、そんな趣味はないさ。ただ……ケンから聞いていた“公安”像とは、ずいぶん違う気がしてね。
ちょっと興味が湧いただけだ』
前崎はふと、講堂の高窓を見上げた。
薄明の光の向こうに、奇妙な影が立っている。
「──あれは?」
彼が指を向ける。
窓の向こう、校舎の外に佇むのは、4足歩行の異形の機体。
鋼鉄の肢体に有機的なフォルムが組み込まれ、まるで動物と兵器の中間のような姿。
その周囲を、数機のドローンが警戒飛行している。
「“マルドゥーク”さ。そして、飛んでるのが“エア”。
この2機が、我々の《決戦兵器》だよ」
「マルドゥークとエア……バビロニア神話の“エヌマ・エリシュ”に出てくる神々の名か」
「その通り。博識だね」
ルシアンは少しだけ声を和らげて言う。
「本来なら“エルマー”──うちの技術担当は2足歩行のロマンを追いかけたかったみたいなんだけどね。
でも現実は無慈悲だった。
重心は取れない、バランスは崩れる、脚部フレームが自重に耐えきれない……」
武器を修復した幼い奴か。あいつそんなことまでできるのか。
「なるほどな」
前崎は機体のフォルムを一瞥して、納得したように頷いた。
「“少年漫画の世界”を、そのまま現実に持ち込もうとしたのか。
にしては、よくここまで完成させたもんだ。
……無駄なデザイン、無駄な機能。けど……脅威としては否定できないな」
マルドゥークの装甲には、美術的な意匠が施されていた。
明らかにアニメや特撮からの影響を受けた造形。
通常兵器ならば一笑に付すところだが、これは違った。
子どもの想像が、実用兵器として立ち上がった事実が、何よりも不気味だった。
「現実は創作とは違う。……でも創作を現実にしてしまった時、それはただの“幻想”じゃなくなる」
ルシアンの声には、誇りと皮肉の両方が混じっていた。
「子どもの理想を、本気で形にした結果が、これさ。
もしこれが量産されれば──脅威になり得るのは、もう核くらいしか残らない」
前崎はしばらく無言でマルドゥークを見つめていた。
そして、ふっと目を伏せて呟いた。
「……やはり間違っていなかったな。俺の選択は」
前崎の心の奥底で、かすかに“痛み”が蠢いた。
それは罪悪感ではない。
──戦争という手段が、“子どもの夢”によって正当化されつつあることへの、
たった一人の大人としての、本能的な警戒だった。