表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
31/117

File:028 優秀な後輩

ちょっと短めなのでもう今日一本投稿です。

前崎と一ノ瀬が初めて出会ったのは、もう八年以上も前のことだ。


現在、一ノ瀬は二十八歳。前崎は三十五歳。

時を遡れば、一ノ瀬は二十歳、前崎は二十七歳。

当時、前崎は公安への異動からまだ二年目。

一ノ瀬は帝京大学に在籍する、いわゆる“秀才の卵”だった。


だがその年齢差は、二人の関係において何の意味も持たなかった。


帝京大学は今も国内屈指の頭脳が集う場所だ。

一ノ瀬は現役合格を果たし、成績は常に上位。

自分は優秀だ――その自覚に疑いを持ったことはない。


だが、時代が変わっていた。


高騰した学費が“大学”のハードルを金で測るようになり、

学歴はもはや努力の証ではなく、“金で買える凡庸さ”の象徴となっていた。


社会が評価するのは、唯一性と成果。


「AIと共作した映像で1000万再生を記録した」

「個人開発したゲームが五億で買収された」

「独学で魚類の神経構造を解明して学術賞を受賞した」

U-20(20歳以下)の総合格闘技世界王者になった」


もはや“どこで学んだか”より、“何を生んだか”がすべてだった。


そんな時代において、一ノ瀬は“旧型の勝者”だった。

裕福な家庭で育ち、教育にも人間関係にも困らなかった。

格闘技の経験もあり、友人も恋人もいた。

疑問すら持たず、真っ直ぐエリート街道を歩いていた。


──あの日までは。


大学四年の夏。

全国で活発化していた学生運動の波が、帝京大学にも押し寄せた。


スローガンは「大人たちが俺たちを搾取している」。

一ノ瀬は冷めた目で見ていた。


勝てないなら負けるだけ。

乗り越えられない者が悪い。

社会はそういう構造だ。

最初は、そう割り切っていた。


だが、運動はやがて暴力へと変貌する。


上級生たちは二年生以下の学生を、真夏の体育館に“監禁”した。

空調は切られ、飲食は禁じられ、排泄も制限された。

従わなければ暴力。倒れた女子学生が集団で襲われる事件も起きた。


見て見ぬふりをする者も多かった。

だが一ノ瀬は、その選択肢を捨てた。


行動を起こした。


だが監禁されてからとうに1日が経ち、すでに極限まで衰弱した体では敵うはずもなかった。

殴られ、蹴られ、打ちのめされる。

意識が朦朧とする中、一ノ瀬の行動が転機となった。


その瞬間、何者かが上級生に襲い掛かる。

それこそが前崎だった。


大学生に偽装して潜入していた彼は、

わずか二十秒で数十人の暴徒を沈黙させた。


一ノ瀬の意識が向けられた瞬間、

前崎はすでに、すべてを制圧していた。


その直後、公安連携部隊が突入。

首謀者たちは確保され、惨状は終わりを告げた。


腫れ上がった顔で、担架に乗せられる一ノ瀬の前に、前崎は現れた。


「……よくやったな」


その一言で、すべてが決まった。


一人の男が数十人の悪い奴をぶったおす。

少年漫画のような出来事だった。

現実離れしていた。

だが確かに、目の前に存在した。


──俺も、こうなりたい。


そう強く思った。


数日後、一ノ瀬はスーツを着て公安庁舎の前に立っていた。


「お礼に来ました。あと……職場体験させてください」


公安にそんな制度はもちろん存在しない。

だが彼は公安のセキュリティホールを独自(違法行為スレスレ)に洗い出し、

「これを直せます」と資料を持参していた。

帝京大という肩書きも手伝って、異例の“体験”が特例で許可された。


それに前崎が面白がって断らなかったことも後押しした原因だ。


その中で前崎が元国家官僚だったと知ると、一ノ瀬は迷わず目標を切り替えた。


国家総合職に合格。

そして初出勤の日、彼は言った。


「前崎さんの下で働かせてください。

 ……それが無理なら、この国の機密を片っ端から暴露します。

 ついでに言えば、そのセキュリティですが僕が手直しした部分も多いので

 ──止めるのは難しいですよ?」


声音に冗談の色はなかった。

仮に冗談でも、公安にとっては“無視できない内容”だった。

だが誰もが直感した。こいつは本気だと。


結果、一ノ瀬尚弥は、前例にも制度にも収まらない形で、公安の特例ルートに配属された。


余談になるが、当時の採用担当は後日、関係部署から厳しく叱責を受けたという。


「なんでよりにもよって、あんな爆弾を通したんだ!」と。


だが蓋を開けてみれば、それは一ノ瀬の“想定内”だった。

彼は事前に、前崎に評価されやすい傾向と対策を徹底的に洗い出し、履歴書から筆記・面接の受け答え、すべてを“最適化”していた。


それを後になって聞かされた警視総監は、報告書を読みながら頭を抱えていた。


「前崎のルートを目指せ」──

そう言われるのは、ほとんどが皮肉であり、冗談だった。


だが、それを現実にした唯一の存在がいた。

前崎の足跡を辿り、踏み越えて見せた男。


やがて、組織の中でこう語られるようになる。


──前崎英二の唯一の例外。

──“例外中の例外”。

──忠誠と執着が表裏一体となった、組織最深部の危険因子。


ルールをねじ曲げ、常識を踏み破り、ただ一人で居場所をもぎ取ったこの男は、

組織にとって最大の誇りであり、同時に最も制御しがたいリスクとなった。


そして今。

かつて憧れた恩人に不本意とはいえ

刃を向けるその姿を八年前に誰が想像できただろうか。


ブックマークしてくださった方ありがとうございます!

今の今まで見方がわかりませんでした!

知らない機能がまだあるんですね…!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ