表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/117

File:013 公安組手

コメントありがとうございます。大きな励みになっています。


余談になりますが、この作品は他の連載と比べてユニークアクセス数が驚くほど高く、日々多くの方に読んでいただいていることに驚いています。

本当にありがとうございます。


これからも、少しでも心に残る物語を届けられるよう努めてまいります。

どうぞ引き続きよろしくお願いいたします。

「ふっ!」


「ハァ!」


前崎と黒岩が拳を交差させる。

柔道着を着た模擬試合。

横には高宮が腕を組んで立っていた。


黒岩と高宮は、事務作業ができないわけではない。

むしろ、必要とあらば黙々とこなすだけの手際は持ち合わせている。


だが――二人が本当に輝くのは、やはり現場だった。

だからこそ、こうして体を動かし、感覚を研ぎ澄ませる時間を大事にしている。


もちろん、前崎は二人の技術レベルを映像資料で把握していた。

データ上の強さは知っている。

だが実際に組むことで得られるものは、また別だ。


肌で感じる間合い、呼吸、癖。

そういうものは、数字の外にある。


前崎がここにいる理由も、まさにそこだった。


「ぐっ……!」


黒岩が歯を食いしばる。

前崎の打撃は、重さだけなら黒岩と大差ない。

単純な威力であれば体格で勝る黒岩の方が上だ。

だが、その質が違う。


一撃ごとにズレを生み、

重心を揺さぶり、

ほんの僅かに呼吸をズラしてくる。


気づけば、黒岩は後手に回っていた。


「チッ……!」


渾身のパンチを叩き込む。

だが、前崎はそれすら“織り込み済み”だった。

多重フェイントを絡め、

黒岩の腕を滑らせ、

そのまま距離を潰す。


反応する暇も与えず、

黒岩の重心を刈り取るように崩し、

マウントポジションを奪取。


視界の上に、前崎の拳が突き出されていた。

鼻先ギリギリ。

寸止め。

だが、「次は止まらない」という威圧が、

拳を通して伝わってくる。


「……参った。くっそ……!」


黒岩は大の字に倒れ込むしかなかった。


これで、10勝1敗。

前崎の勝ちだった。


もっとも、黒岩が奪った1勝は、

単なるラッキーパンチなどではない。


――むしろ、前崎にとっては“屈辱的な敗北”だった。


当初、前崎はこの模擬戦を空手形式の打撃戦だと考えていた。

道着を着て、間合いを測り、ボディへの打撃と制圧が基本。

そう思い込んでいた。


そこに、黒岩は平然と“レスリング仕込みのタックル”をぶつけてきた。

前崎の予想と常識をあっさり踏み越えて。


前崎は完全に足を取られ、

そのまま地面に叩き伏せられ、

関節を極められた。


完敗だった。


「ルール違反ではない」

そう笑う黒岩の顔が、

あの時の前崎には、どうしようもなく癇に障った。


――なるほど。

そういう土俵で来るなら、受けて立つ。


その瞬間、前崎のスイッチが入った。


「じゃあ、10勝するまでやるか」

前崎は静かに、しかし確実に狩ると宣言した。


そこからは、黒岩にとって地獄だった。


タックルを読まれ、崩され、逆に極め返される。

フェイントを仕掛けても、その先まで読まれる。

泥臭く食らいつくも、逆手に取られて転がされる。


黒岩の全力を、前崎は文字通り潰すことで応え続けた。


そして今、10勝1敗。

積み上げられた数字が、

両者の“差”を静かに示していた。


「俺の勝ち…でいいな?」


前崎は、倒れ込んだ黒岩を見下ろしながら、

まるで事務作業でも終えたかのように、淡々と告げた。


その口調に、誇らしさも、優越感もない。

ただ当然の結果を確認するような、

平坦な響きだった。


「……っくそ、マジで隙がねぇな……」


「仕切り直しのたびに攻撃の変化を付けたのはいいがダメージを与える攻撃を狙いすぎだ。

捨てるジャブや蹴りを増やしてみろ。あとフェイントが単調だ。相手のリズムを崩す戦い方を意識しろ」


黒岩は大きく息を吐いた。

その瞬間、さっきまで肩で息をしていた呼吸が、

まるで嘘だったかのように静まっていく。


呼吸のリズムを、一度切り替えたのだ。


全身の酸素を一気に入れ替えるように、

腹式呼吸を深く、ゆっくりと。

無駄な緊張を解きほぐし、

蓄積していた疲労すら、静かに押し流していく。


それは荒療治でも根性論でもない。

黒岩が実戦の中で身につけた、身体を騙す技術だった。


「……ふぅ、わかりました」


さっきまで息が上がっていたはずの黒岩が、

何事もなかったかのように姿勢を整え、そう返す。


前崎はその姿に、わずかに目を細めた。


(なるほど。こいつのタフさは()()()()()じゃないな。ちゃんと積み上げてきたものだ)


闇雲な根性論ではない。

技術と経験に裏打ちされた実戦の強さ。


それを前崎は、静かに評価していた。


(生物的な強さはコイツの方が上だな。技術を身に着けたらどうなるのやら)


俺を超えるのも時間の問題かもなと思いながら後身の育成が上手くいっていることに

喜びを覚えた。


高宮はお互いがケガをしないように審判の役割をしていた。


前崎は高宮も組手に誘ったが「自分は狙撃手なので」と笑って断った。

その指には、今も丁寧にテーピングが巻かれている。

命を預ける道具に、細心の注意を払う職人の姿勢だった。

それを差し引いてもSATで生き残っている時点で格闘術においても黒岩に準ずる力を持っているに違いない。


その証拠として高宮の状況判断能力は歴代でも5本の指に入るそうだ。

今思えば国会議事堂での高宮の立ち回りで何とかなったようなものだ。


「そういえば前崎さんって、なんで官僚になったんすか?」


黒岩が不思議そうに訊く。

彼の知る官僚は、机上の空論者かゴマすり野郎ばかりだ。

だが、前崎は違った。


現場に立ち、用意周到で、しかも自分より強い。


「なれたからなっただけだ」


前崎は淡々と答える。


「いや、普通はなれないですよ……」


高宮が笑う。


「夢だの志だの言ってた連中は、全員辞めた。能力と責任が釣り合ってなかっただけだ」


「まったく……あんたが有能すぎて、何も言えねぇ」


黒岩は肩を落とす。


「同期と同じことしても勉強や立案では勝ち目が薄いからな。

戦略としてもその他大勢に埋もれる。

俺はわかりやすい差別化として、暴力に特化しただけだ」


「普通キックボクシングとかからやるでしょ。なんで自衛隊行くんですか」


「案外、楽しかったぞ」


「……イカれる」


黒岩はため息をつく。

勝てないと悟った顔だった。


「お前らも体だけじゃなく、こっちも鍛えとけ」


前崎は自分の頭を、指先でコツコツと叩く。


「東雲にバカにされるぞ」


「うわ……それが一番ムカつく。年下の女にだけは、絶対に舐められたくねぇ…」


黒岩がふて腐れた声で言うと、高宮が吹き出した。


「おーい、その考え方がもう時代遅れだっての」


高宮の言うことは正しい。

現代では女性の社会進出が進み、

年収だろうが地位だろうが、男が上とは限らない。

むしろ、今は“稼ぎが低い男は相手にされない”なんて現象も

当たり前に起きている。


だが――


「そういうことを公の場で言うのはご法度だぞ、黒岩。

()()()()()()()()()()()()()()って建前が、今の世の中だからな」


前崎は皮肉っぽく言った。


「わかってますよ。わかっちゃいるけど……。

東雲に“それ間違っています”って言われるのが悔しいだけなんですよ」


黒岩が天を仰ぐ。


東雲――

彼女はそれが言えるだけの実績と実力を、

着実に積み上げている後輩だ。

年下で、女で、そして有能すぎる存在。

おまけに顔まで整ってるときた。


黒岩にとっては女性経験が少ないことも後押しして“天敵”の詰め合わせみたいな存在だった。


「前に、事務作業で一緒になったんですよ。

ダメ出しされまくって、マジで心折れそうでした」


苦笑しながら語る黒岩に、

高宮が肩を震わせて笑いを堪える。


「あー、あれな。山本が“お前のテンパり方が面白すぎて腹筋崩壊した”って言ってたな。

有休の申請が腹筋が攣って痙攣したからだったっていうの笑ったぞ。実際に病院に行っていたし」


「……笑いごとじゃねぇっすよ」

黒岩は耳まで赤くしながら、恨めしそうに返した。


「前崎さん、経費で風俗落とす方法とかないっすか?せめて東雲風の女に癒されたいんすけど」


「バカ言うな。税金で何を頼もうとしてんだ」


高宮が呆れたように笑いながら返す。

その言葉に前崎が考え込む。


「そういえば、結成から怒涛の展開で、ちゃんと集まる機会なかったな」


前崎は腕を組む。


「全員で高い飯でも行くか。俺が出す」


「いいんですか!?」


高宮が目をキラキラさせる。

確かコイツの家かなり田舎だったからそういうのに憧れがあるのかもな。


「補助金も入ったしな。東雲と山本にも声かける。一ノ瀬はどうせ来る」


「ゴチになります!」


黒岩がもはや死語となった言葉を使う。

そうだ。


「お前、東雲の隣な」


「え……緊張する……」


黒岩は慌てて髪を整え始める。

鏡に向かって「ヒゲも剃るか……」と呟きながら。


その時だった。


唐突に、警視庁全体に電子音が鳴り響く。

耳障りな高周波のピーピー音と、

低く響くブザー音が交互に重なり、

一瞬で空気が引き締まる。


《ピーピー……ブゥゥン……ピーピー……》


続けて、冷徹なアナウンスが流れる。


『緊急通報。こちらは警視庁指令室。』


無機質な声が、全館に響き渡る。


『現在、羽田国際空港において国際指名手配中のテロ組織“アダルトレジスタンス”の動向を確認。

対象は過激化の兆候を示しており、即時対応が求められる。』


重低音のブザーが一拍、警告のように鳴り響く。


《ブゥゥン……》


『該当部隊および指定職員は、至急現場へ向かい、

状況確認および制圧対応にあたれ。以上、繰り返す』


一瞬で、場の空気が変わった。


「前崎班、全員いるな」

前崎がインカムを装着しながら確認する。


『こちらすでに一ノ瀬、東雲、山本と合流済み』


『こちらも黒岩、高宮も揃ってます』


「11:00までに新規戦闘車両に乗り込め。いいな」


『了解』


「行くぞ」


先ほどまでの和やかな空気は一切なく、

全員が“任務”の顔に切り替わっていた。

前崎班結成の経緯

前崎班は、内閣直属の特任チームとして設立された。

通常の公安・警察組織では対処が難しい「表に出せない治安案件」を対象とし、超法規的な手段も含めた迅速な処理を目的とする。

本任務では、未成年主体の武装テロ組織「アダルトレジスタンス」への対応を専任任務としている。


前崎班メンバー

・前崎英二(35)

 元警察庁警備局公安課所属→内閣特命担当大臣兼内閣危機管理監(臨時登用)

・一ノ瀬尚弥(28)公安部対特殊事案課所属

・黒岩隆盛(36) 警視庁 公安部 第六課 制圧班 指導係(警部)

・高宮省吾(37)警視庁 公安部 第六課 狙撃班 副班長(警部補)

・山本司(26)元警視庁 公安部 情報第一課 技術監視係

・東雲ありさ (25) 元警視庁 公安部 第五課 外事第二係 巡査部長


前崎がこんなめちゃくちゃな経歴なのは責任を取りたくない偉い人たちに仕事をぶん投げられたからです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ