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【☆3.2万PV】アダルトレジスタンス   作者: オレノマツ
第二章 国家騒乱編
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File:005 酔っ払いの男

それからの日本は、まさに「激動」という言葉すら生ぬるい速度で変貌を遂げていった。


前崎政権がまずメスを入れたのは、聖域と化していた税金の流れだ。

白日の下に晒されたのは、血税の4割近くを食いつぶす「寄生虫」たちの姿。

実体のない不透明な事業、政治家の天下り先を維持するためだけの組織、幾重にも重なる中抜き構造……。

驚くべきことに、それらの「利権」には、本来国民が背負うべき重税すら課せられていなかった。


新政権はこれらを一掃。

政治家と利権屋を文字通り「駆除」したことで、浮いた40%の巨費が国庫へと還流した。

「100年以上かかる」と言われた国の借金に完済の目途が立ち、浮いた人件費は最先端の研究や、真に有能な新事業へと惜しみなく投じられた。


だが、光が強ければ影もまた濃い。

公務員制度の事実上の廃止。

消防や警察といった「現場」こそ維持されたものの、お役所仕事と揶揄された事務職は根こそぎ解雇された。


「デジタルに順応できない者に、この国のリソースを割く余裕はない」

その苛烈な方針により、市役所からは一週間で「紙」と「人」が消えた。

コンピュータを扱えない者、変化を拒む者は、社会的な「死」を宣告されたも同然だった。


そんな狂騒の片隅、場末の安居酒屋で、一人の男が醜く酔い潰れていた。


「うぃ~……ヒック……」


赤ら顔をテーブルにこすりつける禿頭の男。

その前には、置き場所を失った空のジョッキが墓標のように並んでいる。

男の首には、まだ外せずにいる社員証が揺れていた。

そこには『長谷部(ハセベ)(ミツル)』という名が記されている。


「おれはさぁ……この国のために、ずっと……頑張ってきたんだよ……。

 サボったこと? あるさ。

 でも、遅刻無欠席だぞ。

 真面目にやってきたのに、なんで……なんで俺が、こんなゴミみたいに……」


一週間前までは「先生」とまで呼ばれた役人が、今や一文無し。

頼みの綱の失業保険も、ハローワークというシステム自体が消滅し、対応する職員すらもクビになっていた。


長谷部の濁った瞳が、忙しなく立ち働くバイトの少女に向く。


「おい、姉ちゃん! 酒だ! まだかよぉ!」


「は、はい! ただいま!」


怯えた少女が持ってきた3杯のハイボールを、長谷部は下水に流し込むような勢いで煽る。


「……店長、最近ああいう人、多すぎませんか?」


「商売としちゃありがたいが、やりきれねえな。

 だが、彼らの吐き出し口がないと、今度は街が荒れる。

 受け皿になってやるのも仕事のうちだ」


「……私も、いつかああなるのかな」


「新独裁者が、この国をどこへ連れて行くか次第だろうよ」


少女の視線に気づいた瞬間、長谷部の自尊心が爆発した。


「お前……今、俺を馬鹿にしただろぉぉ!!」


ガシャン、とジョッキが床で砕け散る。

長谷部は少女の髪と首を掴み、そのまま床に叩きつけた。


「えっ……!? あ、あぐっ……!」


肺から空気が漏れる。

恐怖に顔を歪める少女を、長谷部がマウントで押さえつける。


「とぼけんじゃねえよ! もう人生おしまいなんだよ! お前も、道連れにしてやる!」


「おい、あんた! 何してる、やめろ!」


店長の制止も耳に入らない。

長谷部は拳を振り下ろし、少女のシャツを乱暴に引き裂いた。

露わになる肌。理性を失った獣の目がぎらつく。


「へへっ、いい体してんじゃねえか。最後くらい、楽しませろよ……!」


その瞬間だった。


「長谷部 満。現行犯で逮捕する」


場違いなほど澄んだ声。

振り返った長谷部の目に映ったのは、人形のようなフリルドレスを纏った女だった。

彼女の手には、物理的な質量を感じさせない「光の刃」が握られており――。


「あ?」


気づいた時には、その刃が長谷部の胸を貫通していた。


「う、うわぁぁぁあああ!!」


「非致死性です。ご安心を。

 ただ、我々の管理下に入っていただきます」


長谷部の体から急速に力が抜け、意識が闇へと落ちていく。

女は気絶した男を、まるでゴミ袋でも扱うように護送車へ投げ入れた。


「お二方、お怪我はありませんか?」


「え……はい……」


「くそっ、あのハゲ野郎……!」


怒り狂った店長が長谷部に殴りかかろうとするが、フリルの女は音もなく刀を向けた。


「そこまでにすることを推奨します。さもなくば、あなたも『同乗』することになる」


店長が息を呑み、動きを止める。

女は無機質な微笑みを浮かべた。


「ご安心を。被害の治療費、慰謝料。

 彼は死ぬまで働いて償うことになります。裁判は5日後。

 証拠は私自身の内部情報からオンラインのバックアップで記録済みです。

 あなた方に損はありません。

 結果に関しては情報端末にてお送りさせて頂きます」


そう言い残し、女は優雅にお辞儀をして去っていった。


夜の闇に消えるフリルの背中。

そこには、牙を剥く犬のマーク。

そして、冷徹な秩序の象徴である組織名が刻まれていた。


――『Hound(ハウンド)』。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


長谷部のような事件は、この一ヶ月で全国的に頻発した。

職を失い、自暴自棄になった「旧時代の残滓」たちが起こす、惨めで無意味な反逆。

だが、それらはすべて、フリルを揺らす謎の少女たちによって、迅速かつ無慈悲に「処理」されていった。


『本当に、魔法みたいだったんです!

 あんなに怖かった暴漢を、あんなに可愛い女の子が、まるで掃除でもするように片付けちゃって。

 私、本気であの「ハウンド?」って読むのかな?

 そんな女の子になりたいって思いました!』


SNSで拡散され続けるのは、あの居酒屋のバイト少女のインタビュー映像だ。

警察に代わって街に君臨する、前崎直轄の治安維持組織――通称『Hound(ハウンド)』。

彼女たちは、市民にとっての恐怖の対象ではなく、むしろ混迷を極める日本を救う「正義のヒロイン」として熱狂的に受け入れられていた。

またオタクが好みそうな服装をしていたことも相まって、刺されてもいいなどのファンクラブも設立されているらしい。


その裏側で機能しているのは、逃げ場のない「管理網」だ。

マイナンバーを起点とした全方位監視システム。

個人の電子デバイスに潜り込んだAIは、密かに周囲の音声を拾い、アルゴリズムによって「危険因子」を抽出する。

自暴自棄な独り言や、暴力的な予兆は事前に検知され、事態が起きる前に「ハウンド」が送り込まれる。


自殺を志願する者には強制的な就業機会を。

それでも社会に適応できない不良品というべきしかない人間には、再教育施設という名の収容所へ。

凄まじい解雇ラッシュに沸く国内において、皮肉にも犯罪率と自殺率は、この一ヶ月で過去最低を記録していた。


その「治安維持の成果」を象徴する映像を、長谷部は面会室の冷たいアクリル越しに見せられていた。


「……離婚よ」


妻が突きつけたのは、すでに記入済みの離婚届だった。

長谷部は、震える指でその紙に触れようとするが、隣に立つ娘の視線に凍りついた。

かつては自分を慕っていたはずの娘が、今は路傍の汚物を見るような、純粋で鋭い軽蔑を向けている。

その瞳には、一滴の同情も残っていなかった。


「待ってくれ……。

 頼む、俺は……俺はただ、混乱してたんだ。

 あの時は酒も入ってて、記憶だって……」


「記憶がないなら、何をしたっていいと思ってるの?」


妻の言葉は、氷のように冷たかった。

彼女たちはそのまま、一度も振り返ることなく面会室を去っていった。


長谷部は、その場に崩れ落ちた。


「なんで……。なんで俺が、こんな目に……っ!」


喉の奥から絞り出すような慟哭。

だが、背後に立つ監視員は、表情一つ変えずに彼の腕を掴み、独房へと引きずっていく。


都合のいいことに、長谷部にはあの夜の記憶が欠落している。

酒で脳を焼かれたと言えば、悲劇の主人公になれるかもしれない。

だが、事実は残酷だ。


カメラには、少女の首を絞める彼の醜い貌が克明に記録されていた。

泣き叫ぶ被害者の声も、すべてAIによってデータ化され、法廷で再生された。


もう、どこにも逃げ場はない。


独房に放り込まれた長谷部は、赤ん坊のように身をよじり、コンクリートの床を濡らし続けた。

かつての「国のために尽くした自分」という虚像が、音を立てて崩れ去っていくのを、ただ泣きながら見送るしかなかった。

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