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【☆3.2万PV】アダルトレジスタンス   作者: オレノマツ
第二章 国家騒乱編
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File:004 能力主義

「まったく……まったくもって、馬鹿げているぞ。前崎」


鬼のような形相で睨みつけるのは、広島市長だった。

戦後の焼け野原から復興を遂げた街の首長として、彼は暴力による変革の虚しさを誰よりも知っている。


「強引な短期的変化は、必ず破綻する。

 貴様は歴史から何を学んだのだ?」


「なるほど。流石は平和を標榜する街の主、歴史に明るいようだ。

 では、一つ反論を」


前崎は、壊れた演壇に背を預け、冷ややかに微笑んだ。


「私はこれから、三十年かけてこのシステムを『日常(スタンダード)』にしていく。

 短期的だという指摘は、少々視野が狭いのではありませんか?

  私が見ているのは、頑張っているものが報われる。

 この選別を当然として受け入れる未来だ。

 そうあるべき社会が当たり前の世界とは思わないでしょうか?」


「……選別だと? 傲慢な。何をもって有能か無能かなど、誰に判断できる。

 かつて日本の格闘ゲームを世界に知らしめた先駆者たちを見ろ。

 一見、社会に不要と思われた偏執的なまでの熱量が、

 いつ、いかなる形で国力に変わるかなど、誰にも分かりはしないのだ!」


「……確かに、その指摘には一理ある。

 例外的な天才は常に『異物』ですからね」


前崎は頷き、だがすぐにその瞳から温度を消した。


「ですが、市長。

 何も生み出さず、変わる意志も持たない弱者を、過剰な保護で飼い殺しにする必要がどこにある?

 あなたもかつて、基町の再開発には手を焼いたはずだ。

 平和の美名の下、都市の心臓部に淀んだ場所をどうにかしようと、随分と腐心された。

 ……ほら。あそこに見える景色も、今や見違えるほど綺麗になった。

 あの場所が燃えてよかったですね?」


市長にとってそれは図星だった。

だがそんなこと言えるわけがなかった。


「……貴様、本気でこんなことが成立すると思っているのか!?

 たった一人で……賛同する人間など、どこにもいないぞ!」


「では、順に答えましょう。

 まず、前提として私は一人ではない。

 先ほどお見せしたPC部隊は、この国に一億体展開している。

 私の手足であり、私の脳の一部だ」


「一億……!? 莫大な予算も、資源も、どこに……!」


「教える必要はありませんね。

 そして第二に、賛同者の有無ですが。

 市長、SNSは嗜まれますか? 若者を中心とした層に、私の支持は驚くほど浸透している。

 特に、未来を奪われた貧困労働者層にはね」


「……ネットで叫ぶ声など、声の大きいだけの過激な少数派に過ぎん」


「年齢別の匿名調査結果を差し上げましょう。

 四十歳以下の七割が、私の『選別と再編』にYESと答えている。

 彼らは、既得権益にしがみつくあなた方に、もう期待などしていないのだ」


市長は絶句した。

沈黙(サイレント・)多数派(マジョリティ)が、実は怪物の誕生を望んでいたという事実に、喉が引き攣った。


「最後に、成立するかどうか。

 ……成立させるまでやるんですよ。

 すべての命、全国民を賭してね。

 あなたたちが大嫌いな『責任』という言葉を、私が真に全うして差し上げる」


前崎は、無造作に腰の拳銃を抜き、市長の眉間に向けた。

それでも、市長は最期の意地を見せるように笑った。


「……前崎、お前に一つ教えてやる」


「何でしょう?」


「ペンは剣よりも強し――。

 かつての賢者の言葉を、忘れるな」


覚悟を決めた市長の言葉に、前崎は心底退屈そうにため息をついた。


「こちらも一つ、教えてあげましょう。

 ……金はペンより強く、暴力は金を支配する。

 ペンは金で捻じ曲げられ、金は力に屈する。

 なぜアフリカがこの50年で変わらなかったのか。

 それがこの世界の真理ですよ」


前崎は引き金を引く代わりに、銃の銃床(ストック)を市長の顎へ叩き込んだ。

衝撃で意識を飛ばした市長を、PC部隊が支える。


「……まあ、あんたには死ぬよりも働いてもらわねばならないがね」


直後、前崎の輪郭がデジタルノイズのように揺らぎ、半透明に透けていく。


「……ホログラム転送!?

 どうして前崎さんがそんな技術を!?いつ手に!?」


「ああ……。そうか、一ノ瀬。お前がいたな」


傍らで固まっていた一ノ瀬に、前崎が向き直る。

その視線だけは、先ほどまでの冷徹なものとは僅かに違う、かつての「上司」としての色が混じっていた。


「旧前崎班の連中に伝えてくれ。

 ……新しい日本に居場所が欲しければ、歓迎する、とな。

 国会議事堂まで来れば、私が自ら案内しよう」


言い残すと同時に、前崎の姿は光の粒子となって霧散した。


-----------------------------------------------------------------------


前崎の演説は、電子の海を越え、無数の瞳に焼き付いていた。


ある者は狂信的な眼差しで彼を「救世主」と崇め、ある者は血を吐くような呪詛と共に「日本を滅ぼす悪魔」と指弾する。

富裕層は沈みゆく船から逃げ出す鼠のごとく海外へと資産を移し、あとに残された市民は、ただ乾いた笑いと共に諦念の底に沈んでいた。


かつての経済大国も、今やGDPは世界7位まで転落。

だが、腐っても鯛だ。

没落しつつあるからこそ、その「断末魔」に世界中の耳目が集まった。


その視線の一つが、大陸の奥深くに座す男のものだった。


彼はモニターの中で熱弁を振るう前崎の言葉を聞き取れない。

いや、正確には「聞き取る価値がない」と考えていた。

日本語という、この極東の島国でしか通用しない、拡張性のない上、無駄に難易度の高い言語を習得する時間は、彼にとって人生の無駄でしかなかった。


だが、網膜投影されたAIの同時翻訳が、その「無益な音」を冷徹な意味へと変換していく。


「なるほど……。随分と愉快な喜劇を演じているじゃないか。

 隣国(となり)の連中は」


無造作にホログラムの映像を消去した。

網膜に残像が走る。

彼はふと思い出したように、窓の外に広がる超高層ビルの群れを見下ろした。


「そういえば、我が国の血を吸い、資金洗浄(マネーロンダリング)の汚泥にまみれて日本へ逃げた連中がいたな。

 自分たちは安全な逃げ場を確保したつもりだろうが……。

 そろそろ"掃除"の時期だ」


彼の声は、獲物を前にした爬虫類のように静かで冷たい。


「国家の資産を盗み出し、島国で安穏と暮らす寄生虫どもを、いつまでも野放しにするほど私は慈悲深くはない。

彼らが持ち出した『血税』は、利子を付けて返してもらわねば」


彼は卓上の受話器を取り、特定の回線へと繋ぐ。

この時代に固定電話という他ないが、オフライン対応としては現代でも有効だ。


「今から日本へ行こうと思うんだが、どう思う?」


『正気ですか!?(リャン)主席!』


受話器から漏れる側近の悲鳴のような声。

梁は耳を遠ざけ、愉快そうに口角を上げた。

騒ぎすぎだ。その程度の激情で、この国の舵取りが務まると思っているのか。


「あー、やっぱり危ないか。そうだよな」


『当然です! 今の日本は火薬庫も同然。様子を見るべきです、まだ行動するには早すぎます!』


「確かに。君の言う通りだ。……じゃあ、代わりに『これ』を頼むよ」


梁は手元の端末から、暗号化された数枚の画像を転送した。


「4年間、飼い殺しにして無駄飯を食わせたかと思ったが、ようやく出番が来たようだ」


『……彼らですね。所在は常に把握しております』


「それは重畳(ちょうじょう)。あぁ、ついでに『彼』も連れて行け。

 名前は何と言ったかな?」


『「(ケン)」ですよ。(フィスト)の漢字でケン』


「そう、それだ。拳君を同席させれば、彼らも首を縦に振るだろう。

 案外、日本を組み伏せるのは、当初の予定より早まるかもしれない。

 ……アメリカの喉元に突きつける、最大の『楔』が手に入りそうだ」


『承知いたしました。

 ……ですが主席、あまり公の場ではそのようにお話しにならないでください。

 あなたは中国最高指導者、梁智衡(リャン・ジーフォン)なのですから』


無機質な警告と共に、通信が切れる。


梁は立ち上がり、重厚な書斎の隅に置かれた古びた地球儀へ歩み寄った。


「さて。かの国の新しい主、前崎君。

 君はこれまでの無能な首相たちと、少しは違うのかね?」


長く白い指先が、極東の小さな島国をなぞる。

梁は子供が玩具を弄ぶような無邪気さで、地球儀をゆっくりと、力強く回し始めた。

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