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【☆3.2万PV】アダルトレジスタンス   作者: オレノマツ
第二章 国家騒乱編
124/128

File:002 英雄の裏切り②

午前八時十五分――。


静寂を切り裂くように荘厳な鐘の音が響き渡り、鎮魂の祈りが世界に刻まれた。

その余韻がまだ熱気を帯びた大気に溶け残る中、一転して「国民栄誉賞授与式」の幕が上がる。


原爆ドームを背にした特設壇上には、国内外の要人や各国大使、そして数千人の観衆が詰めかけていた。

無数の報道陣が構えるカメラのレンズは、世界中へこの瞬間を生中継している。

日本が未曾有の危機を乗り越え、再び立ち上がった姿を誇示する

――政府が用意した完璧な政治的プロパガンダの舞台だった。


司会者の高らかな声が、静まり返った会場に響く。


「国民栄誉賞受賞者――前崎英二!」


地を揺らすような拍手が沸き起こった。


壇上に立った前崎は、差し出された賞状を無機質な手つきで受け取り、無表情のまま深く一礼した。


「……私のような人間が、このような名誉ある賞を頂けて……幸せです」


その言葉はあまりに定型的で、用意された台本をなぞるだけの空虚なものだった。

しかし、会場の空気は安堵に包まれる。

凄惨な戦いを経て、ようやく一人の「英雄」が救われるのだと、誰もが疑いもせず信じ込んでいた。


だが、その刹那。

前崎はふと口角を上げ、懐に手を入れた。


「すみません、セリフを忘れまして……!」


その茶目っ気のある軽口に、観衆からドッと笑い声が漏れる。

張り詰めていた式典の空気が、一瞬だけ柔らかく弛緩した。


――次の瞬間だった。


前崎の懐から引き抜かれたのは、鈍い光を放つ漆黒のリボルバー。

銃口は冷徹に、新内閣総理大臣・城田の脳幹を、微塵の狂いもなく狙い定めていた。


「なっ……!」


城田の顔から血の気が失せ、脂汗が滴る。

悲鳴と怒号が同時に爆発し、平和記念公園は一瞬で混沌の渦へと叩き落とされた。

誰もが「英雄」を守るはずのSP(要人警護官)たちが動く、と確信した。


だが、彼らは動かなかった。

動かなかったどころか、彼らは一斉に前崎の前へと歩み出た。

総理を守るためのその身体で、逆に群衆を拒絶する「鉄の壁」を築き上げたのだ。


「……ッ?!」


観衆は息を呑み、絶望的な困惑に凍りついた。

裏切りと恐怖が入り混じり、会場全体が地鳴りのようなざわめきに覆われていく。

数分前まで鎮魂の祈りを捧げていたはずの聖域が、今や不気味なクーデターの火種へと変貌していた。


前崎は夏の暴力的な日差しを浴びながら、天を仰ぎ、漆黒の銃身を高く掲げた。

原爆ドームの無残な石壁を震わせ、八月六日の空を支配するような声が轟く。


「――宣言する!」


その瞬間、世界が静止した。

猛り狂っていた蝉の声すら止んだかのように、数千の観衆が呼吸を忘れる。

鐘の余韻が残る広島の地で、人類が最も口にしてはならない言葉が、最も強固な意志と共に吐き出される。


「日本を――私を中心とする独裁国家とする!!」


その場に響いたのは、怒号ですらなく、魂を削り取られたような絶望の叫びだった。

壇上のSPたちは微動だにせず、前崎の背後で絶対的な護衛の陣を敷いている。

裏切られた群衆の混乱は、抗いようのない「力」への恐怖へと変わり、足元から世界が崩れていくような地鳴りが響いた。


それは「平和」を誓う日に、最も忌むべき禁忌の言葉。

だが同時に、それは戦後八十年にわたる欺瞞を終わらせる、まごうことなき日本の「真の独立」を告げる銃声でもあった。


前崎の瞳には、一滴の迷いもなかった。

かつて人々を「守る」ために血を流した男は、今や「支配」することでしかこの国を救えないと決断したのだ。

銃口を総理に向けたまま、彼の言葉はカメラのレンズを超え、全世界へと突き刺さる。


「私が、この国を頂点へと導くと――ここに誓う!」


SNSのタイムラインは瞬時に炎上し、各国大使は青ざめて席を立ち、隣国の指導者たちは緊急会議の招集を叫んだ。


だが、その狂乱の渦の中心で、前崎ただ一人が揺るがず立っていた。

八月六日。鎮魂の朝。

彼は世界史に刻まれる最悪の反転劇を、最も美しく、最も冷酷に踏みにじってみせた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「どうして?……という顔だな、一ノ瀬」


壇上の血だまりの中で、前崎は淡々と、まるで部下の報告を待つ上司のような声音で問いかけた。

一般客に紛れていた一ノ瀬は、無意識に懐の拳銃を握りしめていた。


指先は引き金にかかっている。だが、抜くことはできなかった。

いや、できなかったのではない。

彼の体と脳が、かつての「英雄」であり「師」であった男に銃口を向けるという行為を、本能的なレベルで拒絶していたのだ。


だが、その膠着を切り裂く乾いた音が響いた。


ドンッ!!


前崎の眉間を寸分違わず狙った高精度の一撃。


しかし、弾丸がその額に届く直前、前崎を取り囲むSPたちが展開した「電子バリア」が青白い火花を散らしてそれを弾き飛ばした。

物理法則を無視したような火花が、網膜に焼き付く。


「……流石だ、高宮。情に左右されないその冷徹さ。

 やはり君は、俺の最高の部下だったよ」


前崎が視線を向けた迎賓館の屋上から、インカム越しに低く、鋼のように硬い声が返る。


『……治安対処特別措置法を改正し、テロリストへの即時抹殺許可を与えたのは、

 他ならぬあなたですよ。()()()()()


その冷徹な宣告が、凍り付いていた現場を再起動させた。

「銃を構えろ!」という号令が地鳴りのように響く。


前崎がかつて自ら指揮した「アネア人ショッピングモール占拠事件」以降、日本はテロに対して一切の容赦を捨てた。

皮肉にも、前崎自身が作り上げたその「効率的な殺意」のシステムが今、牙を剥いて彼自身へと向けられたのだ。


その銃火の包囲網を割り、広島市長が震える足で歩み寄った。


「……弁明を聞こうか、前崎」


「弁明?」


前崎が、心底不思議そうに聞き返す。


「とぼけるな! この神聖な式典で、世界が見守る中で総理を殺害したことが、

 何を意味するか分かっているのか!!」


「ええ。分かっていますとも」


前崎はどこ吹く風といった様子で、死体を無造作に踏み越え一歩前に出た。


「まさか、私がこの行動を一時的な感情で行ったとでも?

  準備期間は四年半。

 根回しも、十二分に済ませてありますよ」


『ぐっ……!!』


突如、インカムから高宮の苦悶の声が漏れた。

迎賓館の屋上で、何者かが彼を一瞬で制圧したのだ。


「あれは!? PC部隊……!? なぜ、あんなものがここに!」


一ノ瀬が絶叫した。

視線の先、建物の影から音もなく現れたのは、かつての「ルシアン」のような少年型ではない。

それは優雅なフリルのドレスを纏い、まるでドールのような容姿をした女性型のPC部隊だった。

だが、その華美な装いとは裏腹に、彼女たちが放つプレッシャーは、一ノ瀬の肌を切り裂くほどに鋭く、重い。


気づけばPC部隊は会場全体に展開しており、武装した全員の眉間に、寸分の狂いもなく銃口が向けられていた。


「俺の部下だからだよ、一ノ瀬。……さて。ようやく静かになったな。

 では、少し話をしようか」


前崎は、もはやただの肉の塊と化した総理を靴先で無造作に蹴り飛ばし、演台の頂点に立った。


「日本がかつての栄華を失ってから、七十年が経つ。

 君たちが歴史の教科書でしか知らない『バブル』という時代だ。

 そこから今日まで、この国が一度でも右肩上がりに良くなった瞬間はあったかい?」


「……ふん。美しい日本を取り戻す、か。

 ありふれた右翼的な妄想だな。随分と幼稚なことを言う」


「何とでも言いたまえ、広島市長。

 だが、ここまで日本を腐らせながら、何一つ変えられなかったのは、

 あなたの世代にも責任の一端があるとは思わないか?」


市長が言葉に詰まる。前崎の糾弾は、冷徹なナイフのように続く。


「1990年の時点で予見されていた少子高齢化。

 アベノミクスという名のインフレの序曲。硬直した教育。

 福島の原発。無責任の連鎖。他国に魂を売った二世、三世の世襲政治家。

 既得権益という名の泥に浸かりきった、この停滞した国。

 それが日本というシステムの正体だ。

 ……はっきり言って、日本の平和というシステムが現在も機能しているのは、

 江戸時代の徳川家康の功績だ。

 現在の日本の制度はその逆を行っている」


「……どの国にだって、多かれ少なかれある問題だ。それがどうした!」


「だから、そのシステムごと、全部作り変えることにした」


前崎の手元でホログラムが展開される。

そこに映し出されたのは、本日の休日を謳歌しているはずの政治家たちの姿だった。

――だが、彼らは生きてはいない。

全員が、国会議事堂の議席に座らされたまま、心臓を正確にナイフで貫かれ、静かな骸となっていた。


「お……お前、一人でこれを……!?」


「どうかな。おかげで税金の流れがすべて、白日の下に晒されたよ。

 市長、あんたへの献金ルートも特定済みだ。

 もっとも、あんたは真っ当な部類だったがね。

 銀行からの不透明な送金を何度か突き返している形跡もあった。

 ……上から目線で悪いが、君を市長として評価はしているよ」


「私以外にも、真っ当に国を想う者はいる!

 先祖が積み上げてきたものを、すべて無駄にする気か!」


「市長。あなた以外で金を受け取らなかった『真っ当な人間』は、全部で五人だ」


「……五人? たった、それだけか? 他の四十二人はどうした」


「受け取っていたよ。例外なくね」


前崎の冷徹な言葉とともに、ネット上には膨大な証拠データが放流された。

世界中のサーバーが、日本の「真実」に悲鳴を上げる。


「証拠はすべて上げた。有志諸君で、じっくりと特定してくれたまえ。

 ……それから市長。あなたは『先祖の積み上げてきたもの』と言ったな」


前崎が電子スクリーンに、一つの場所を映し出す。


「原爆死没者慰霊碑……?」


石碑に刻まれた一節。

――『安らかに眠って下さい 過ちは 繰返しませぬから』。


「市長。これを守り続けることが伝統か?

 いや、違う。私にはこれが、ただの『呪い』に見える。

 この言葉は、我々に

 『何もするな、ただ大人しく謝り続けろ。二度と牙を剥くな』と強いているに過ぎない。

 停滞と屈辱の言い訳に、死者を使っているだけだ」


前崎は、ゆっくりと慰霊碑の方へ歩みを進めた。

その瞳には、もはや激情すらない。あるのは極限の合理性だけだ。


「俺たちは、進まなければならない。死者に縛られるのではなく、生者のために」


バキッ!!


圧倒的な質量を乗せた前崎の足が、歴史ある石碑を無慈悲に粉砕した。

飛び散る破片が、戦後日本の「平和」という名の殻が壊れたことを物語る。


「負け犬の先祖にかける言葉はもうない」


前崎は瓦礫を背に、世界中を繋ぐカメラの向こう側へと、真っ直ぐに視線を向けた。


「見ていてくれ。退屈な時代は終わりだ。

 これから、この日本が最高に面白くなる」


ここから真の演説が始まる。

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