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File:105 人質交換

瓦礫の影から現れたのは、神経外骨格に巨大な機械装置を接続したジュウシロウだった。

背にしがみつくようにしてシュウが搭乗していた。


その姿に自衛隊員全員が即座に反応し、銃口を向ける。

空気は一瞬で張り詰めた。


「交渉だ!」


ジュウシロウの声が響く。


「お前たちの部下は捕らえている。

 その代わりに……そのカオリを返してほしい!」


兵士たちの間を割り、坂上が一歩前に出た。

頭を掻き、ため息をつきながら話す。


「俺が代表の坂上だ。……要件は以上か?」


「……以上? 部下が惜しくないのか?」


ジュウシロウの声には苛立ちが混じる。


坂上は深くため息を吐き、低く答える。


()()()()()()()()()()()()()()()。」


そのとき、背後から軽やかな声が割り込んだ。

姿を隠していたアレイスターが、まるで舞台役者のように悠然と現れる。


「師匠!?」


ジュウシロウの瞳が揺れる。


『おや……そうだったね。

 ジュウシロウ。もう三年か。久しいね。』


ジュウシロウの手が装置を握りしめ、白くなるほど力がこもる。


「本当に国家に与するつもりですか?!

  あれほど“自分たちで日本を変える”と言っていたのに!

 政治や政府、制度をあれほど憎んでいたはずじゃないですか!」


アレイスターは薄く笑い、静かに言い放つ。


『……私はルシアンのようには動かない。

 彼が夢見るのは日本の再生、富国強兵の再来。だが私は違う。

 私が思い描くのは――唯一絶対の神の君臨だ。

 だから、憎い相手だろうが利用できるなら組む。

 手っ取り早いからね。』


「そんな!一個人による絶対王政など続くわけがないでしょう!

 歴史が証明しているじゃないですか!」


『そうかな?じゃあこの自衛隊たちがなんで僕に協力してくれると思う?』


「利害の一致だ。」


坂上が吐き捨てるように答える。


『確かにそうか。

 そういうわけだ。

 君たちが下手に日本を荒らしてくれたおかげで動きやすくなったよ』


その言葉は、かつての理想を共に掲げた師のものではなかった。

ジュウシロウは震える声を絞り出す。


「……あなたの記憶は“メタトロン”で植え付けられたただの強迫観念だ!

 帰ってきてください! そんなあなたじゃなかったはずだ!

 なぜあなたの信念はそうまで変わってしまったのですか!

 広島で語った話は嘘だったのですか!」


アレイスターは杖を掲げた。

紅の光が螺旋を描き、周囲を照らす。

その笑みは慈悲にも狂気にも見えた。


『なぜ、だって?……あぁ、ルシアンは教えなかったんだね。』


「何を……!?」


『メタトロンの記憶移植。

 あれは植え付けなんかじゃない。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()。』


「……は?」


ジュウシロウの理解は追いつかない。


アレイスターは一歩前に進み、坂上を横目に笑う。


『さて、Mr.坂上が“交渉にならない”と言ったね。

 最後の授業だ。

 ジュウシロウ、なぜだかわかるかい?』


「……使い捨てられるからだろう。

 お前ら消耗品が」


シュウが代わりに答える。


「ジュウシロウさん。

 あんたがどれがけこの魔女野郎に恩があるかしらないが、

 こいつは俺たちにとって敵だ。」


『ジュウシロウに聞いたんだけど……口が悪いな。

 部下の教育がなってないよ、ジュウシロウ。

 正解を教えてあげてよ、Mr.坂上。』


坂上は短く息を吐き、答えた。


「戦場に立った時点で、死ぬ覚悟はできている。

 対してこの女はアダルトレジスタンスの鍵を握る人物だ。

 渡すわけにはいかない。

 だから交渉材料にはならない……そういうことだ。」


アレイスターは首を振り、愉快そうに笑った。


『あー違う違う。そんな武士道のようなものじゃない。

 もっとシンプルさ。

 私は――君が捕らえた人間ごと、ホログラム転送で回収できる。』


「そんな……! ボスしかあの装置は作れなかったのに!」


ジュウシロウの目が見開かれる。


『この襲撃に比較的時間はあったからね。

 十分だったよ。』


すぐさまソウへ通信を飛ばすが、返答は冷酷だった。


『無駄だよ。彼らはもう転送した後だ』


『その通りです……気づいた時にはすでに転送されていました……』


ソウの声は絶望をにじませながらも確信に満ちていた。


「そんな……!」


ジュウシロウの叫びを遮るように、坂上が短く命じた。


「赤いの。もういいな?」


『うん。いいよ。好きにして。』


その言葉にシュウが武器を構える。


「待ってくれ!話を――」


「撃てぇぇぇぇぇぇ!!!」


一斉射撃。

30を超える銃口が火を噴き、弾幕は豪雨のようにジュウシロウとシュウへ降り注ぐ。

Proto-Λcellionの装甲も貫き、鉄と肉が同時に砕け散る。


装甲の隙間から吹き出す血と火花の中で、ジュウシロウは視線を彷徨わせた。

――カオリ。やはりお前の言ったことは正しかった。

その後に前崎の姿を探し、血に濡れた口元を歪める。


(……見ていろ、前崎。俺たちを二度殺した程度では終わらない。

 何年かけても、呪い殺してやる……)


怨嗟の炎が最後の瞳に宿った。


シュウは何を思っていただろうか。

だが彼だけは、最後まで自分に付いてきた。

それだけでいい。ありがとう――。


ジュウシロウの意識は、赤黒い闇に呑まれて消えた。


――残骸を前にしても、自衛隊の兵士たちに哀悼はなかった。

だが坂上だけは一瞬だけ目を伏せた。


(これが国家だ。運がなかったな。ガキども。)


Proto-Λcellionが爆発を起こす。

普通の爆発よりも規模が大きい。


「……火薬が積まれていたのか?

 まさか自爆特攻(神風)でもするつもりだったのか?

 ガキがそんなことをするとはな。」


はぁ。と坂上がため息をつく。


アレイスターが口を開く。


『さて、君たちの任務はここで終わりだ。契約通りだね。

 ……まぁ、前崎君の自力脱出には驚いたけど』


「戻るのか?」


前崎が携帯食料を口にしながら話す。


『あぁ。ちょっと私はやることがあるけどね。

 君たちだけ先に帰って貰えればいいよ。』


「死んだ部下は持ち帰らせてもらうぞ」


『ご自由に、Mr坂上。では転送を始めるよ』


白い靄が発生し、兵士たちの体を包み込む。

だが――前崎だけは取り残された。


「……?」


違和感に気づいた坂上が、即座に前崎へ銃やナイフ、携帯食料を放り投げる。


「坂上?これは……」


「……テント跡の下に未使用の弾丸がある。

 好きに使え」


わずかに笑い、坂上は光に包まれ消えていった。


アレイスターはつまらなさそうに肩をすくめる。


『……少し余計な真似をしていったみたいだね』


前崎はテント跡へ急ぐ。

そこには、雑に掘られた塹壕の底に小型アタッシュケース。

「坂上」と刻まれたネームプレートが付いていた。


中には見慣れぬ弾薬の一覧と、特殊加工された弾丸が詰め込まれていた。


「……あいつ、弾丸と言ったのに……これは完全に別格だな」


アレイスターが声を掛ける。


『気は済んだかい? 行こうか』


「待て。なぜ俺だけ残した? 坂上まで巻き込めたはずだろ」


『言っただろう? 君を後継者にしたいって。

 だから“見せたいもの”があるんだ。……ついてきな』


紅い瞳を光らせながら、アレイスターは先へ歩みを進める。


前崎は手にしたアタッシュケースを握りしめ、吐き捨てるように呟いた。


「……精々有効利用するさ。」


アレイスターの後を追っていった。

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