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File:009 シュウとジュウシロウ

「……久しぶりに見たな、夢」


シュウは静かに呟いた。


ここは病室。真夜中にもかかわらず、目が覚めていた。


ジュウシロウはベッドに拘束されたまま、静かに眠っている。


カオリがジュウシロウを連れて戻り、応急処置をしたあと――

シュウは無理を言って、同じ病室にいさせてもらった。


「次、ジュウシロウさんが暴走したら、俺が刺し違えてでも止める」

そういう条件で。


あれから一週間。

カオリが2〜3時間おきに検診に来る以外、シュウはずっとここにいた。

ジュウシロウは死んだように眠っていた。


こんな時に、過去を思い出すような夢を見た。

――懐かしい、野球部時代の夢。


ここまで来るのに、俺はたくさんのものを捨ててきた。


野球少年だった頃。

努力すれば報われるって、疑いもしなかった。


だけど、現実はそんなに甘くなかった。


どれだけ汗を流しても、生まれや金や“都合”で簡単に踏み潰される。


それでも俺は、戦ってきた。

戦うことでしか、自分を証明できなかった。


「一度決めたことは、やり遂げなさい」


母さんの口癖。

今思えば、少し偏っていたのかもしれない。


すべてを捨てて、それしか見えなくなっていた。

俺も、母さんも。


だけどな。

俺は思うんだ。


「もし日本、獲ったら……次はサッカー、バスケ、格闘技もいいかもしんねぇな」


ふっと笑いが漏れる。


日本を手に入れて、その次はスポーツ選手。

本気で、そんな未来を思い描いている自分がいる。


会場の熱気。

観客の歓声。

チームメイトと肩を組む瞬間。


純粋だった“あの頃”と、何も変わっていない。


俺の中には、まだ子どもの頃に描いた“設計図”が残ってる。


目を開くと、そこは白い天井。

病室の無機質な現実が広がっていた。


「全部終わったら……やってみたいな」


そう呟くと、視線に気づく。


ジュウシロウが、じっとこちらを見ていた。


「じゅ、ジュウシロウさん!?」


慌てて顔を赤くするシュウ。


「黙っておくから安心しろよ。いいじゃねぇか。夢見るのは、子どもの特権だろ」


わずかに口元を緩める。


その言い方に、シュウは少しむきになった。


「別に……俺だってわかってますよ。

現実がそんな甘くないのは」


けれど、それ以上言葉を続けなかった。

自分でもわかっている。

それでも、夢を見ずにいられなかっただけだ。


「で、体調どうなんすか?」


わざとらしく話題を変える。

誤魔化しなのは、バレバレだ。


「……大丈夫とは、言えねぇな」


ジュウシロウは天井を見つめる。


「もう一度、あの男とやり合っても……

勝てる気がしねぇ。

あんなに“戦うのが怖い”と思ったのは、初めてだ」


その言葉は、嘘偽りのない本音だった。


「……」


「……だがな、カオリに叱られたよ」


ジュウシロウは苦笑混じりに続けた。


「このまま負け犬でいいのかってな。

……結局、俺はまた乗り越えるしかねぇらしい」


「ジュウシロウさん……」


その姿が、憧れだった。

何度倒れても、また立ち上がるその背中。

それがシュウには、どうしようもなく誇らしかった。


「……そういえば、シュウ。

カオリから聞いたんだが――

白の隊の一人を、俺が殴ろうとしたらしいな」


「……カノンのことですか」


「そうだ。

……止めてくれて、ありがとう。

あとで、ちゃんとその子に謝りたい」


シュウは少しだけ笑った。


「俺から伝えときますよ。

あんたが行ったら、また泣いちまうでしょうから」


「……違いないな」


ジュウシロウは苦笑いしながら、リモコンをいじる。


「……さて。

俺たちをぶっ飛ばした、あの男。

シュウ、お前はどう思う?」


プロジェクターが起動し、壁に映し出されるのはあらゆるSNSで拡散されている戦闘動画。


画面は荒く、閃光音爆弾で白飛びしている。

それでも、その異質な“動き”だけははっきりと伝わってくる。


「公安、警察、自衛隊……

どれとも違う気がしますけど」


シュウは、映像を見つめたまま呟く。


「あいつの動き、協調性って言葉からは程遠い。

仲間と連携?安全確認?

……そんなもん、最初から投げ捨ててた」


ジュウシロウも映像から目を離さない。


「人質がいようが関係ねぇ。

まるで“自分だけで片付ける”前提で動いてやがる。

そういう奴だ」


「……なら、シンフォニア襲撃の時点で、

俺たちはマークされてたって考えるべきですか?」


「……だろうな。証拠は残らないはずだが手掛かりがあったようだ」


ジュウシロウは腕を組み、静かに頷く。


「でもな、腑に落ちねぇんだ」


ジュウシロウが低く呟く。


「シンフォニアで潰えたのは、ただの富豪じゃねぇ。

国の象徴、財界のど真ん中……国をも動かす“資産”そのものだ」


「警察だろうが公安だろうが、

金の匂いにゃ異常に敏感な連中だ。

“金の卵を産む鶏”を、黙って殺されるのを見てるなんて……普通、考えられねぇ」


「……けど、現実には見殺しにした」


シュウの声は冷静だが、その奥には違和感が滲んでいる。


「おかしいと思いませんか?

あの時、シンフォニアには警備らしい警備もなかった。

あんな“箱庭”を守る気がなかったとしか思えない」


「……だが、国会議事堂の対応は異様に早かった」


ジュウシロウが腕を組む。


「まるで“最初から動ける準備が整っていた”みてぇにな」


「となると、シンフォニア襲撃以前から、

俺たちは目をつけられてた……そう考える方が自然ですね」


「だけどよ、それならシンフォニアを守らなかったのは、筋が通らねぇ」


「……“守る理由”がなかったのか、

もしくは“見捨てる理由”が、そっちの方が強かったのか」


シュウは目を細める。


「俺たちがあそこに踏み込んだこと自体が、

都合がよかったってわけですか」


「つまり……俺たちは“利用された”ってことか」


ジュウシロウが苦く笑う。


「汚ねぇ仕事は、レジスタンスにやらせる。

その後で“悪”として処理する。

シナリオとしては、よくできてる」


「だとすれば、敵は“官僚”や“軍人”みたいなわかりやすい枠には収まらない」


シュウは壁に映る前崎の影を見据える。


「もっと……

この国の“中枢”に近い場所から、

俺たちを“使い捨てる”つもりだった連中がいる」


ジュウシロウは小さく頷いた。


「その輪郭が、まだ掴めねぇのが、腹立たしい」


「考えすぎると、相手がどんどん“強大”に見えてきますね」

シュウは肩をすくめた。


「俺たちは国家と戦うつもりだった。

だけど、実際は“動く時は異様に早い”くせに、

“動かない時は、徹底的に知らん顔をする”」


ジュウシロウも苦笑する。


「敵に回した時は手強ぇが、

味方にいる時は不気味に静か……か。

国家ってのは、そういうもんかもな」


「シンフォニアにいる時は、

あれだけイライラしてたのに……

今は“敵として”考えると、妙に怖くなる」


どこまでが“無関心”で、

どこからが“意図的”なのか。

考えれば考えるほど、境界が曖昧になる。


「……陰謀論に飲まれてるみたいで、気分悪いっすね」


シュウは天井を仰いだ。


本当は、もっと単純であってほしかった。

そう信じたいだけかもしれない。


シュウは、壁に映し出された男の影を睨みつけた。


その瞬間、ポケットの携帯が震える。


「……こんな時間に?」


画面に表示された名は、“ボス”。


「ボスですか。

こんな真夜中に、どうされましたか?」


『すまないな。

ジュウシロウの様子はどうだ?』


「先ほど目を覚まされました。

元気そうですよ」


ジュウシロウが、無言でグッドサインを送る。


『そうか。なら話そう。

……君たちを襲った男の正体が、わかった』


続けざまに、端末に一枚の写真が届く。


黒いスーツに身を包んだ男。

冷徹な眼差し。

動画で見た、あの“能面”の顔が、そこにあった。


『彼の名は、前崎英二。

官僚として入省後、異例の人事で公安に入り、

さらに自衛隊の特殊訓練まで受けた変わり種だ』


「……こいつが」


ジュウシロウが写真を睨み続ける。


確かに、整った顔立ちだ。

だが今は、それが余計に腹立たしかった。


「官僚って、こんなに武闘派でしたっけ?

もっと……机の上で動くイメージでしたけど」


『明らかに、彼は“例外”だ。

しかも現在、内閣特命担当大臣兼、内閣危機管理監の役職を持っている』


「……なるほど。

なら、奴が俺たちを潰しに来たのも、納得がいく」


シュウは、淡々と呟いた。


「……殺しに行きますか?」


投げかけた一言に、ボスは即座に返す。


『いいや。今回は“仲間に引き入れる”』


その言葉に、一瞬、空気が凍りつく。


『敵に回すには惜しい。

使えるものは使う。それが俺たちのやり方だ』


モニター越しのボスは、いつも通り冷静だった。


シュウもジュウシロウも、

その冷徹さには慣れているはずだったが――


今回ばかりは、胸に小さな棘が刺さる。


そこから、夜明けまで。


俺たちは、前崎英二という男について、

ボスの話を聞き続けた。


予約機能の使い方を思い切り間違えました。

ネタバレされた方すいません。

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