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File:100 撤退指示

1.8万PVありがとう!

坂上たちは無言のまま進軍していた。

だが、やがてどうしようもない袋小路に追い込まれる。


一本通行の廊下。

その正面には黒の隊が重厚なシールドを並べて立ちふさがっていた。

シールドの隙間からは銃口が覗いていた。


弾丸はすべて“空間の膜”で減速され、爆薬は分解される。

まるで時間の流れそのものを遅らせる壁が前進しているかのようだった。


長篠の戦いの武田軍も同じ気持ちだったのだろうか?


その中に見覚えがある顔があった。


「ちっ!やっぱ生きているよな!ジュウシロウだったか?」


「あんたたちと正面から戦う気はない。

 ここは通さない。」


射撃を加えても、ただ金属音が鈍く反響するだけ。

弾丸は通らず、爆薬も効果が薄い。

まるで壁そのものが歩いているようだった。


勝利は手放すが敗北は諦めないといった所か。


「……地味だが、実にやっかいだ」


坂上は舌打ちを噛み殺す。


諸葛亮孔明のように守りで消耗させる戦いは単純だが最強だ。


そしてここを突破しなければ奥へ進めない。

開始直後に飛ばした偵察ドローンの情報では、この廊下の先がAIのルートマップによれば重要施設につながる最短ルートだった。

にもかかわらず、相手は一切の反撃もせず、ただ耐え、塞ぎ続けている。


(持久戦狙いか。……武器を全部消費させるつもりだな)


確かに、ここで重火器を叩き込めば突破はできる。

だが補給の目途はない。奥に待つ“本命”を考えれば、ここで弾薬を吐き出すのは愚策に等しい。


そのとき——

『……!!』

通信が割り込んできた。


「隊長! 一ノ瀬隊が……壊滅しました!」


坂上の眉間に深い皺が刻まれる。

数週間の付き合いだが一ノ瀬は無能ではない。

ただの敗北ではなく、何かが起きている。


さらに悪報は重なる。

予定では味方の雨宮隊は、渡り廊下を挟んだ隣のビルから上がり、ここで挟撃に加わる予定だった。

だが——動きが鈍い。


『雨宮、状況を報告しろ』


『……隊長……帰還を……進言します』


耳に届いたのは、か細い声。

坂上は即座に声色を鋭くする。


「誰だお前」


短い沈黙。


『……なんでわかったの?』


「雑だな。やり方が。騙される方がどうかしてる」


声はそのままだった。

報告が軍の規律と違うので違和感を感じただけだった。


くぐもった笑い声が通信に混ざった。


『まあいいさ。連絡回線は完全にハックした。

 このまま君たちを潰しにいくよ』


廊下脇の強化ガラスが破砕し、無数の赤いセンサーアイが覗いた。

蜘蛛型多脚兵器タランチュラ。

壁を切り裂く八本の脚は、まるで鉄骨をバターのように貫き、廊下全体を檻に変える。


その背に座す少年は、神経接続ケーブルを首筋から直に突き刺し、機体と一体化していた。


「やあ、電話ぶりだね、隊長さん」


その笑みは、肉体ではなく機械を通して響く電子の笑声だった。


「もう君たちはここから帰れない。

 違うかい?」


(……これが待ち時間の理由か)


簡易キャンプからの通信も応答に答えない。

山本は死んだか?


ハックという言葉が本当ならこの確認も意味をなさないが。


状況が変わった。


坂上は判断材料を冷静に考える。


通信は遮断され、状況も不明。

ここから前進しても意味はない。むしろ全滅だ。


結論は一つ。


「総員、撤退!!」


「させるわけないでしょ!!」


タランチュラのミニガンが唸り、弾丸の奔流が廊下を削る。


だが隊員たちは一切迷わない。

一斉に窓へ飛び込み、SGの空へ身を投げた。


「馬鹿か!? ここは14階だぞ!!」


エルマーの叫びが響く。


——その予測を逆手に取った。

誰もやらないだろう、と相手が思い込む行動こそが生存率を高める。


だがこの程度、我々精鋭には日常である。


エルマーの手元が一瞬自衛隊員たちの狙いを定めるのに迷いが生じた。


その瞬間を見逃す坂上ではなかった。


坂上は床をスライディングで駆け抜け、タランチュラの下へ滑り込む。

振り返りざまにショットガンを構え、至近距離で後頭部へ撃ち込んだ。


轟音。

エルマーの機体は光の粒子を散らして消失する。


「この……低能が……!」


「ハッ!知能が高くても死んだら形無しだな。」


断末魔が無線に残響した。


——しかし、終わりではない。


ビルの外壁にナイフを突き立て、坂上は落下の勢いを殺しながら滑り降りる。

すでに壁面には仲間が残した無数の傷跡。誰一人、落ち損ねてはいなかった。


だが地上にはすでに新手が待ち受けていた。

PC部隊がタランチュラに跨り、銃撃を浴びせてくる。


そんな中でも自衛隊員たちは各々射線を切りながら後退していた。


「……こりゃダメだな」


坂上は瓦礫による砂埃の中で赤い信号弾を撃ち上げる。


SGの暗い空に散る赤光。

それは全軍撤退の合図だった。


『Mr.坂上。撤退判断の理由は?』


アレイスターから通信が入る。

どうやらエルマーの脳天を貫いたことで通信が復旧したらしい。


『一ノ瀬隊全滅。拠点壊滅。撤退するには十分な理由だろう?

 契約には盛り込んでいたはずだ。』


『……そうか。一ノ瀬隊が。わかった。

 もちろん契約について何も口出すつもりはないよ。

 こっちの決着はそろそろつける。

 気を付けて簡易キャンプの場所へ戻ってきてくれ。

 転移はできる』


『わかった』


そして通信を切って仲間に共通伝言を伝える。


『総員、生きて戻る。

 絶対に死ぬな』


『『『了解!』』』


仲間たちが元気よく返事をした。


「……お前か」


現れたのはシュウだった。

背後にはPC部隊を従えている。だがその動きは異様に統一されていた。

視線の先、指の角度、射撃タイミング――まるで一つの“脳”に繋がれた分隊のように、誤差なく重なっている。


「お前もまだ死んでなかったか。

 まったく、折角俺たちが捕らえたのに」


坂上は頭をポリポリ掻く。その仕草は挑発めいて見えたのか、シュウの眉が歪む。

刹那、刀が抜き放たれる。


ファストトラック――不動直伝の最短抜刀術。

シュウの軌道は一直線。AI補正の加速を纏い、距離を無意味にする速度で迫る。


だが坂上は動じなかった。

極限まで股を開き、頭を沈め、傘のように身体を折り畳む。

バレリーナのような不自然な姿勢で斬撃を紙一重で回避。

返す足でシュウの膝を刈り取り、その勢いで床へ叩きつける。


「ちっ!」


衝撃に転がるシュウ。10メートル以上滑走し、立ち上がった時には――

坂上はすでにショットガンをリロードし、銃口をその口腔へ突き立てていた。


「グフッ!」


「相変わらず猪突猛進だな。

 その背後のPCどもと連動させれば、まだ勝機はあったかもしれんのにな」


シュウの視線が揺らぎ、坂上の背後を見た。

そこには、脳天を撃ち抜かれ、既に沈黙したPC部隊の残骸が転がっていた。


一瞬で片が付いていたのだ。

AIによる完璧な連携――しかし、それは「予測可能な完璧さ」でもあった。

人間の直感と即興判断の前には、同じ軌道を描き続けるだけの群れなど脅威ではなかった。


(この一瞬で……!

 AIの反応速度すら超えて――!)


坂上は淡々と告げる。


「まあいい。……前崎には何も教えてもらえなかったか。

 死んで、せいぜい反省して来いよ。ガキ」


轟音。

ショットガンの閃光がシュウの頭部を吹き飛ばし、光の粒子へと分解していった。


「……こいつもバックアップ持ちか。

 もっとトラウマを刻んでやれば良かったな。

 英雄もどきが。」


そう呟き、周囲を見渡す。

タランチュラに跨ったPCたちも、作業のように淡々と片付けられていく。


その時、部下の一人が声を上げた。


「隊長! こんなものが……!」


差し出されたのは、撃破されたタランチュラのコアから回収された巨大なアタッシュケースだった。

外装には赤いマーキングと共に、こう記されている。


《神経外骨格・試作型》


坂上は薄く笑った。


「臨時収入だ。もらっていこう」


「了解!」


その何気ない回収行動が、後に一人の男の運命を大きく変えることになるとは、まだ誰も知らなかった。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー


はっきり言って、アレイスターとルシアンの戦いは千日手だった。

互いの攻撃は桁外れの破壊力を持ちながらも、数分、数十分と繰り返されるうちに「殺しきれない」という事実が浮き彫りになっていた。

炎も重力も光学弾も、受け止め、逸らし、相殺される。

世界が崩れていくのは周囲だけで、当人たちは微塵も揺るがない。


SGの地平は既に穴だらけで、床は熔解し、建物は半壊し、誰も近寄ることすら許されなかった。


だが、それでも天秤は僅かにアレイスターへ傾いていた。


ルシアンのΛcellionは確かに堅牢だ。

だが装甲を再構築するたびに、内部エネルギーの消耗は蓄積していく。

エネルギーがほぼ無制限とはいえ、装甲の再生には時間がかかる。

それにデクスキューションなどの即死攻撃は全力で回避しなければならなかった。


一方アレイスターは、まだ切り札を見せていない。

表情の余裕、砲撃の間合い、何より――「まだ遊んでいる」とすら思わせる態度が、ルシアンの神経を削った。


『子どもにも……優秀な兵がいるんだな』


アレイスターの視線は、音楽堂に注がれていた。

ソウが一ノ瀬の班を全滅させたという報告を聞いたからだ。


『……それはお互い様でしょ? 国家の犬風情が、随分と僕の庭を荒らしてくれたじゃないか』


ルシアンは唸りながらも、互角に踏みとどまっている自分自身に驚いていた。

だが同時に理解していた。

――相手はまだ“本気を見せていない”。


アレイスターが錫杖を掲げると、砲台群の一つに赤黒いエネルギーが集中した。


『さて。それでは撤退の準備をしようかね。

 せめて……嫌がらせだけしていくよ』


収束した光線は、直線的なレーザーカッターとなってSGの一角を焼き裂いた。


『ちぃっ!』


ルシアンが盾を傾けて逸らすが、完全には防げない。

焦げ落ちたのは、ビルの一部――内部に格納されていたホログラム転送装置。


『これでしばらくは転送機能は死んだ。

 君らの逃げ道は、ひとつ減ったね。』


ルシアンは奥歯を噛み締めた。防御そのものは成立しても、“装置”を守る余力までは残せなかった。


アレイスターはさらに口角を上げ、複数の砲台をランダムに展開。


『あとは同志の回収かな。

 そうだよ。前崎君だ。彼がメインなのだから。』


次の瞬間、無差別砲撃がSGの街区全体に降り注いだ。


『また無茶苦茶をする!!』


ルシアンは咄嗟に電子バリアを球体展開し、アレイスターごと包み込んで自爆狙いに出る。

だが衝撃は“ゼロ”。アレイスターは笑う。


だがアレイスターが突然止まる。


『おや、なるほど。そういう手もあるんだね。面白い』


それは何について言ったのか。


ルシアンにはわからなかった。


再び出力が上がる。

今度は一点集中。

狙われたのは――SG内部の牢。


前崎を収監している区画。


マッピングにより把握されていた。


『さて。そろそろ自分の目的を果たそうかね』


照準が赤く光る。

ルシアンの背筋に冷たい汗が走った。

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