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ヒロイン

作者: 古数母守

 みんなの夢と希望と未来を守るため、邪悪な組織と戦い続ける。そんなヒロインにずっと憧れて来た。闇を統べる者たち。ありもしない幻に引きずり込む者たち。果てしのない混沌に巻き込む者たち。人々を災いへと誘う悪の組織には際限がなかった。倒しても、倒しても次から次へと湧いて出て来た。それでもヒロインは戦い続けた。華麗なコスチュームを身にまとい、変幻自在のステッキを振り回し、七色の光を放つ必殺技を繰り出していた。そんな憧れのヒロインになりきるために私は美しい光沢の布を買って来てコスチュームを制作した。さらさらした水色の髪のウィッグも購入した。コンパクトとステッキも自分で作った。そして自作の衣装に着替え、ウィッグを被り、ステッキを持って、鏡の前に立った。本物のヒロインみたいに足は長くはない。星がいくつも輝いているような瞳はしていない。けれどもそれなりに満足できる出で立ちのヒロインがそこに写っていた。その恰好で私はコスプレのイベントに参加した。そこには私と同じような人々がたくさん集まっていた。ヒーローやヒロインといった架空のキャラクターに憧れ続け、その人物になりきることで自分を表現しようとしている人々が大勢いた。それは現実の世界からの逃避だと言う人たちもいる。確かにそういうところはあるかもしれない。でも好きでやっていることだ。私たちにとっては、とても大切なことなのだ。そう思ってずっと続けて来た。年を重ねるに連れて仲間たちは少しずつ減っていった。今年で三十になる。そろそろ潮時かもしれない。そんなことを考えるようになった。ヒロインがずっと守って来たみんなの夢や未来。私にとって、その夢とか未来とか、いったい何だったのだろう? 大学の頃に仲の良かった友達から子育てで大変ですというメッセージが届いた。それに引き換え、コスプレのためにお金を貯めている自分っていったい何だろう? 好きでやって来たはずなのに、今年で最後かなと思う。少女に夢を与え続けるヒロインがいて悪いわけではない。でも、もうお別れしなければならない。もう私は夢を追いかける少女ではない。


 そして私は婚活を始めた。少女の抱く夢や未来ではなく、現実の世界で普通の幸せをつかみとるために。日常生活を豊かなものにするために。そして何人かの男の人とデートを重ねた。その都度、その人と実現する未来のことを思い描いてみた。かわいい子供とやさしい旦那さん。犬や猫がいればもっといいかもしれない。私はソファに座り、子供に絵本を読んで聞かせている。そんな想像をする。目の前の男の人は何か一生懸命話している。スポーツ観戦が好きです。ユニホームを着て、一緒に野球の試合を見に行きませんか? ふーん。野球か。私はうわの空で話を聞いている。そんな私に愛想をつかしたのか、二度とその相手から申し込みは来ない。それでも懲りずに私はまた出会いを求める。きっとうまく行かない。きっと私自身に問題がある。将来をうまく描けない私に問題がある。

「どこかで会いませんでしたか?」

今日のデートの相手が月並みなことを言っていた。会ったことある訳ないじゃないか? そう思いながらじっくり相手の顔を見た。

<会ったことあるかも?>

どこかで見たことがあると記憶が言っていた。そんなことあるだろうか? どこで会ったのだろう? そして私は思い出した。去年のコスプレのイベントの時だ。いい歳をしてヒーローになりきっているおじさんがいた。

<あの時の人だ>

そう思った。

「こんなこと告白すると嫌われてしまうかもしれませんが、コスプレが好きなんです。それで毎年イベントに参加しているのですが、その時に会った人にとてもよく似ているなと思って。魔法使いの少女の姿がとても似合う素敵な人でした。人違いだったらごめんなさい・・・」


 それからまもなくして私たちは結婚した。そしてすぐに子供を授かった。娘は今年、五才になる。いつも魔法使いのコンパクトとステッキを振り回している。本人に聞くと邪悪な組織との果てしない戦いを繰り広げているらしい。その戦いは三十までには決着をつけてほしいと私は切に思った。


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