はじめまして
「あっちだ!あっちへ行ったぞ!」
「逃すな!追え!」
狭く入り組んだ路地を走る一つの人影とそれを追う複数の人影。
突如進路の先にも追っ手が現れ,人影に手を伸ばし掴み掛からんとするが,あっけなくその手は空を切り人影は消えていった。
???side
いつもの仕事をこなし部屋に戻る。あの本を拾ってしまった日から私は変わってしまった。
以前までは同じことを繰り返し,ただ私の「持ち主」のためだけに動くことに対して退屈を感じながらもなんとも思わなかったのに。
あの本を読んでから,私は繰り返し読んではこの小さな世界の外に思いを馳せていた。
でもそれも今日で終わりだ。
私の廃棄が決まってしまった。
元々自我があって欠陥品だったのを顔が気に入ったからという理由で生かされていただけ。
仕事に身が入らなくなってしまった私なんてもういらないのだろう。
(あぁでも,外を知らないまま死ぬくらいならこの本に出会えてよかったな)
捨てようと思いながらも手放すことができなかった本の表紙をなぞっていると
「カタンッ」
と,微かに音が鳴る。
「ッ!(侵入者?!こんなところまで入り込むなんて…)」
即座に戦闘モードに切り替えて,辺りを警戒するも,一向に現れない。
というよりも気配を感じ取れなかった。
『その本,俺のなんだ。悪いけど返してくれる?』
「ッあ…」
まずい。まずいまずいまずいまずい。
音もなく後ろに回られるなんて。全然気づけなかった。
頭の中で必死に打開策を考えても、実力差がありすぎるのは明らかだった。
そうだ。結局数日後には廃棄されてしまうのに何を躊躇していたんだろう。
「この本は返します。なので,私を破壊してください」
あいつらの手で壊されるくらいなら私は…
『…ヤダ』
「ヘ?」
『だから,嫌だって』
なんで…?嫌?聞こえた言葉を理解するのに数秒かかる。
「な,なんで。お願いします壊してください!どうせあと数日で廃棄されるんです。あいつらなんかに壊されるくらいなら私はッ」
『いやだって,同族殺しなんてしたくないから。それに俺は忘れ物をとりにきただけだからね』
そう返しながらパラパラとページを捲る彼。まるで子供のように細く小さかった。
『ど,同族…⁇』
「そ,俺もあんたと同じアンドロイド。と言ってもあんたよりもだいぶ旧式だけどね。」
言われてみれば確かに彼のボディ部分はところどころ塗装が剥げて金属特有の鈍い灰色が顔を出していた。
「ねぇ,あんた。俺と一緒にくる?」
彼についていく。それはつまり,上層部での生活を捨てるとゆうこと。廃棄予定のアンドロイドが逃げ出したとなれば,大ごとは避けられないだろう。
「(生き残るには彼について行くのが得策。だけど,素性もわからない者について行くのは…) 」
『残念だけど時間切れだ。無言は肯定とみなすぞ』
途端に低くなる視界
『危ないから暴れるなよ』
「⁈まっ」
それからのことはあまり覚えていないが,上下左右に激しく動く彼にしがみつくので精一杯だったことだけは覚えていた。
目の前には四階ほどあるコンクリートでできた建物。おそらくここが彼が生活している場所なのだろう。
上層部と下層部で暮らしが違うことは知っていたが,ここまで技術も環境も違うとは思わなかった。
光がほとんど入って来ず,薄暗い街をポツポツと電灯が照らしている。湿ったような臭いがそこかしこでしており,足元ではネズミがチュウチュウと鳴いていた。
追っ手はとっくに追跡することを諦めたようで,私たち以外の気配を感じ取ることは出来ない。
ドアを開く彼に続いて建物の中に入ると中は思っていたよりも整っていた。
壁や床はコンクリートが剥き出しながらも机や椅子,キッチンなどの設備が整っていてどこか暖かいような雰囲気がある。
促されソファに座るとこポットとマグカップを持った彼が向かいに座って話し始める。
『さて,ここまでくれば問題ないからとりあえず肩の力を抜いてくれ。コーヒーは飲めるか?』
「?いえ。私は電気の補充によって稼働しているので食事を取る必要はありません。それよりあなたは誰なんですか。何故私を連れてきたのです。」
『そうか。じゃあ自己紹介をししよう。俺は零。ここで依頼を受けながら生活している。旧型のアンドロイドだ』
「私は最新型アンドロイドで,名をハルモニアと言います。上層部にいた頃は娯楽用として主に歌唱をしていました。」
『うん,これからよろしく。さて,それじゃあ色々と説明しようと思う。まず,今この世界は上層部と下層部に分かれていることは知ってるか?』
「はい。と言っても軽くですが。下層部は上層部のための場所だと聞いてます。」
『間違ってはいないね。上層部には一部の有権者が集まっていて,事実上この世界を支配していると言っても過言ではない。上層部がどんなところかは君が一番わかっているだろうけど。次に下層部。下層部は甲地区と乙地区に分かれていて,甲地区はちゃんと働けばある程度生活を送れる程度の状態で,乙地区は治安が悪くてホームレスも多いのが現状だな。今俺たちがいるのも甲地区だ。甲地区はどちらかというと個人経営の店が多い。逆に乙地区では過酷な肉体労働が多いし賃金も低い。上層部の奴隷と化しているのは乙地区の方だ。とまあ,地理に関してはこんくらいでいいだろ。
次,俺たちアンドロイドについてだ。ハルモニア,アンドロイドについてどこまで知っている。』
「えっと,私たちアンドロイドは戦争が起きるよりも前に人間が労働力として作った高性能ロボットです。開発当初と比べて現在は限りなく人に近い見た目になっており,体内の構造や思考回路も人に近く作られています。個体差はありますが基本的に人間よりも身体能力が秀でており,そこを利用して過去にはアンドロイドも兵器として戦争に使われたと聞いております。」
『うーん,及第点だね。アンドロイドに対しての情報規制が厳しい上層部に居たにしてはよく知ってる方だ。君の言った通りアンドロイドは労働を目的に作られている。主に女型のアンドロイドは君みたいに上層部の娯楽目的で作られることが多い。それに対して男型は肉体労働の人手として作られているな。
他にも,君のような上層部が所持しているアンドロイドは上層部のお抱えの機械技師によって修理やメンテナンスが行われていて,下層部のアンドロイドは機械技師か少なかったりお金が払えなかったりで,そのまま故障して廃棄されることがほとんどだ。俺の場合,自分で修理できるけど部品が足りないからそうやって故障したアンドロイドの部品を使わせてもらってる。そして,上層部と下層部のアンドロイドの一番の違いはなんだと思う?』
「(違い?今まで聞いた話だけでも全然違うのに他に何が…)」
『ヒントをあげようか。さっき俺が君に“コーヒーは飲めるか”と聞いた時君は“電気の補充で稼働しているからいらない”と答えたよね。それは何故だ?』
何故,何故って…
「食事による補充が必要ない,から…」
『そう,それだよ。上層部のアンドロイドは基本的に電気を補充することによって稼働している。そのため君たちはいつもコードを刺した状態で生活してる。それに対して下層部のアンドロイドは食事による補充が主に利用されている。何故なら,“電気による補充よりも食事による補充のほうが一回の補充で長く活動できるから”なんだよ。電気による補充は特定の機械を使うことでエネルギーを補充する。素早く補充できるというメリットがあるが,その分減りも早く,減っていることに気づきにくい。それに対して食事による補充はアンドロイドに備わっている人間を模した消化機構を通すことでエネルギーに変換しているから,特別な機械は必要ないし,補充に時間がかかるがその分長持ちしやすく減りに気づきやすいとゆうメリットがある。決められた範囲内での活動が主な上層部と違って下層部は1日のほとんどを屋外で活動することになるから後者が適しているんだよ。それともう一つ,上層部のアンドロイドが電気による補充なのは君たちの逃走を防ぐ目的もある。コードを刺していないと補充できないからね,作られたその日からコードでの補充しか知らないアンドロイドはたとえ自我を持って逃走したとしてもコード無しでの補充を知らず,2度と目が覚めないのがオチだ。』
一気に話した彼はコーヒーを一口飲むとこちらを見る。
彼の口から事細かに語られた事実はとても衝撃的で,理解しようとしながらも頭の中がぐるぐると回るような感覚で思うように思考がまとまらない。
『…俺は上層部を破壊しようと思っている。この都市を囲っている壁は上層部が外からの脅威から守るためという名目で作られた。だが実際には違う。外に脅威なんて存在しない。上層部は発展した土地で何不自由なくすごし,権力を持たないものは下層部で上層部の言いなりとして馬車馬のように働かされている。あいつらにとって俺たちの命は吹けば飛ぶほどに軽い状態だ。俺たちアンドロイドも,元は彼らと同じ立場に立ってお互いに協力してきたはず。それなのに,こんなことが許されていいわけがない。だから,俺と同じアンドロイドのお前を連れてきた。外を知ったお前にとってあの世界は狭すぎる。そうだろう?
俺は,お前は他のアンドロイドとは違うと思っている。お前は,どうしたい。』
どう,どうしたい。私は何をしたいのか。彼の質問を心の中で反芻する。緊張からなのか若干目の前がチカチカと点滅する。
「私は,…」
(上層部を破壊して,この目で外の世界を見たい)
そう話すよりも早く,私の視界はブラックアウトしていった。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
第二話,これにて終了です。
前回投稿してから割と早い感覚で執筆できたと思います。
まだまだ拙く誤字脱字があるとは思いますが,これからもよろしくお願いします。