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7 引きこもり姫



「ガリーヤ卿、貴殿を逮捕する」


「なっ、急に何をするのだ!」


 アイラ様の家庭教師として来たガリーヤ卿は、二日目にして終わりを告げた。

 玄関で跪いている中年男性に、私は冷たい視線を向ける。


「賄賂に横領、その他金銭関係の問題。知らないとは言わせないぞ」


「くっ……!突然なぜ……」


 騎士が突き出した紙には、おそらく数々の悪行が連なっているのだろう。

 弁明の余地がないことを悟ったガリーヤ卿が、酷く青ざめている。

 

「これは一体何事なの……?」


「………っ!お嬢様」


 部屋にいるはずの彼女が断罪劇の場に現れる。

 

 想定外の事態に、動揺を隠せない。

 このことが耳に入らないように注意していたのに……!


「やっと来たか」


「…………マクシミリアン様、貴方でしたか」


 隣に来た人物に恨みをこめた視線を投げる。

 人の努力を水の泡にするとは、どういう了見なのか。


「自分の身の回りで起きたことを把握するのは当然だろう」


「…………」


 まるでこちらが過保護であると言わんばかりの物言いに、カチンとくる。

 やはり、この人とは根本の考え方から相容れないらしい。


「アイラ様、こちらへ」


 マクシミリアン様つきの騎士によって少し離れた場所にアイラ様が案内される。

 出来るならこの場から連れ出して欲しかったが、この人がいる限り無理な話だろう。


「………守るべき時期もあるのではないですか?」


 何かを喚きだしたガリーヤ卿を眺めながら、隣にいる冷徹な男に問いかける。

 視線は意地でも向けない。

 向けたら、なんか負けた気がするのだ。


「お前は人を腐らせるタイプだな」


「…………はい?」


 眉間をピクピクさせながらも、出来るだけ穏やかに返答する。

 彼の物言い一つ一つが、もう生理的に合わない気すらしてきた。


「その偽りの優しさが、他者を奈落へ落とすと理解できないらしい」


「はあ?」


 私の守り方を完全に非難をする彼に、私はとうとう不快感をはっきり示す。

 向けた視線の先には、すました横顔があった。


「せいぜい自分の主を腐らせないことだな」


「言われずとも守りますが?」


 身分が上であることなど忘れ、反抗的に盾つく。

 その時、彼の表情がわずかに動いた気がした。

 

「期待はしない」


「………はああ?」


 尽く相性が悪い。

 この先、この人と相容れることはないだろう。


 地面に項垂れ動かなくなったガリーヤ卿が、外へ連れて行かれる。

 それと共に、マクシミリアン様も外へ向かう。


 隅の方にいたアイラ様の方を見ると、彼女は俯いていた。

 表情が見えない主に、私は一抹の不安を抱いた。












「ねえ、わたくしやめるわ」


「………何をです?」


 いつもより整っている机を見ながら、アイラ様に問う。

 薄々勘づいているが、そうであってほしくない思いが胸に巣くう。


「後継者の勉強よ」


「………しかし、新しい家庭教師の方も決まりましたし」


 ガリーヤ卿は連行されたため、授業はとまっていた。

 しかし、来週から来てくれる家庭教師を見つけることができたのだ。


「もういいの」


「お嬢様」


「わたくしはこのままでいいの」


 物分かりのいい言い方とは裏腹に、表情は曇っていた。

 未練が残っている顔に、私は顔をしかめた。


「あのような者が家庭教師になったのは、運が悪かっただけでしょう」


 あんなののせいで、彼女の勇気ある前進が止められることなどあってはならない。

 だが、彼女は力なく首を振った。


「皆が言っているわ。わたくしはどうせ『かまって姫』のままだと」


「!」


 あの話が本人の耳に入ってしまったのか。

 制裁は後で考えるとして、まずは我が主の精神をケアしなければならない。


「このような勉強をするのも、皆の関心が欲しいからだと……」


「言っていた人物をお教えください」


「言ってどうするのよ」


「悪いようには致しません」


 僅かに笑った彼女に、胸が痛んだ。

 私は昔のアイラ様を知らない。

 でも、今のアイラ様なら誰よりも近くで見てきた。


「………以前の私を知れば、貴女もきっと失望するわ」


「私が知ることができるのは、今のお嬢様のみです」


 真っ直ぐな私の視線に、彼女は目を逸らした。

 何かを恐れている彼女は、これ以上は踏み込んでくれるなという空気を出している。


 その空気を読み、その日は部屋から退出した。





















「ア、アイラ様、アイラ様が……!!」


 次の日から、アイラ様は部屋に籠ってしまった。

 きっかけは、おそらく私との会話だろう。


「ど、どうしましょう……!」


「落ち着いてください」


 慌てふためく使用人たちに、私は指示を出した。


「取り敢えず、このことは内密にしてください」


 全責任は自分が取ると伝えると、彼らは安堵しながら仕事へ戻っていった。

 そんな彼らの表情には、「面倒事が片付いた」と書かれていた。





「お嬢様、夕食ですよ」


 ノックをするが、案の定返事はない。


 扉の傍に置いてあるワゴンには、今日の昼食があった。

 料理には一切手をつけていない。

 辛うじて水が減っているくらいだ。

 

「ここに置いておきます」


 その場をさっと離れる。

 そして、静かな廊下を最中のことだった。


 正面から、誰かが歩いてくるのがわかった。

 そして、それが今一番会いたくない人物だということも。


「お前の主に会いたいんだが?」


 令息がたった一人で屋敷を歩きまわっていることに驚いたが、すぐに頭を切り替える。

 目の前にいるマクシミリアン様の表情は、相変わらず冷たかった。


「申し訳ございません、お嬢様はもうお休みになられました」


「ほお……?」


「…………」


 完全に嘘というわけでもない。

 休んでいるのは、昼夜問わずなだけで……。


「明日、8時に正門へ来い」


「はい、申し訳……はい?」


「異論は認めない」


「ちょっ、お待ちください!」


 引き止める声も虚しく、すでにマクシミリアン様の姿はなかった。



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