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5 変化するお嬢様



 夜会に行った日から、アイラ様の様子が変わった。


 急に、机にかじりつくようになったのだ。

 ガリ勉になったとも言える。


「お嬢様、カップはここに置いときますよ」


「ええ、ご苦労様」


 黙々と何かを読んでいる彼女。

 ふと表紙を見てみると、そこには「帝王学」という文字が刻まれていた。


(?)


 ある疑問を私は抱いたが、それにそっと蓋をした。

 この疑問は、貴族のごたごたに巻き込まれると思ったからだ。




 しかし、その蓋はあっけなく開けられることになる。




「おい、何を企んでいる」


「…………」


 頑張るお嬢様に差し入れをしようと食堂へ向かったのが運の尽き。

 道中でお兄様に捕まってしまった。

 そこら辺の空き部屋に連れ込まれ、現在壁ドンをされている。


「どうされました、お坊ちゃま」


「お坊ちゃまはやめろ」


 呼び方を否定され、どう呼んだものかと悩む。

 その様子が伝わったのだろう。

 お兄様が口を開いた。


「マクシミリアンでいい」


「マクシミリアン様、急にどうされました?」


 私に逃げる気がないと判断した彼は、壁ドンをやめた。

 ただ、部屋の入口に陣取ったところを見るに、彼が用心深いことがわかった。


「お前の主が企んでいることを吐け」


(主……?ああ、お嬢様のことか)


 主に仕えている感覚がなかったため、すぐに思いつくことができなかった。

 このことがあの逆三角形眼鏡の教育係にバレたら、大変なことになる……。


「いや、お嬢様は何も企んでませんけど」


 ただ勉強に励んでいるだけだ。

 一体なにが悪いというのか。


「まあ、主を売るようなマネはしないか」


(いや、だから何も企んでないってば)


 話を聞かない所は、兄妹そろってそっくりだ。

 誰か、この人に補聴器を買ってあげて!


「じゃあ聞くが、あいつはさっきまで何を読んでいた?」


「何って、帝お―――」


 ふと、脳内でアラートが鳴る。

 貴族にとって、「帝王学」はどんな時に必要になる?


(……家を継ぐ者が、学ぶべきものだ)


 確か、このポナシェイド家の後継者は目の前の御仁だったはず。


 では、問題だ。

 この家に後継者の勉強をしている二人が存在する。

 今後、この二人はどうなるだろうか。


(争うに決まってる)


 どうやら、嫌な予感ほど当たるらしい。

 

「……う~ん、私には学がないのでわかりません」


 申し訳なさそうな顔をして、マクシミリアンに謝る。

 思っていないことを話せるようになった自分に、成長と同時に心の荒みを感じた。

 

「そうやって、せいぜい主人を守ることだな」


 彼は自身の背後にあったドアを開け、そのまま去っていった。


 ふと気づくと、両手を強く握りしめていた。

 無意識の行動に、私はそっと息を吐いた。





 


「あら、ありがとう」


 穏やかに笑うアイラ様に、そっと目を伏せる。

 彼女の前に置かれたケーキが目に入った。


「いえ、これが仕事ですから」


 主のために行動することが従者の務め。

 そう教育したのは、目の前の彼女自身だ。


 なんの躊躇もなくそのケーキを食べだした我が主に、口の中が苦くなった。


(この人は、いつまで苦しまなければならないんだ……?)


 兄からは疎まれ、使用人たちも彼女を敬ってなどいない。

 私の教育をしたあの家庭教師さえも、この人のことを裏では憐れんでいたのだ。


 このケーキも、ただポナシェイド家の人間であるからこそ用意されたもの。

 誰も……誰も、彼女のことを見ていない。


(貴族にとっては、これが当たり前なのかもしれない)


 けれど、自分の居場所をつくろうと必死に帝王学の勉強をしているアイラ様は?

 この人にとっては、この状況が当たり前だと思えなかったのではないか。


 机に向かい合う姿が、私には泣いているように見えた。


「————して。……ねえ、聞いてるの?」


「…………!失礼しました、すぐに片付けます」


 いつの間にかケーキを食べ終えていた彼女は、こちらをじっと見ていた。

 すぐにお皿を下げ、彼女の傍へ行く。


「わたくしはもう休むわ」


「ごゆっくりお休みください」


 そう言って、部屋の主は寝室へ消えていった。


 残ったのは、一人の従者と机にある大量の紙。

 びっしりと文字が書かれたそれは、所々インクが滲んでいた。


「………ああ、手を洗うように伝えておけばよかったか」


 しかし、伝えるべき人は部屋にもういない。

 きっと、あの人のシーツには黒い染みがつくだろう。


 努力の証をまとめながら、屋敷の様子を思い出す。


 最初の頃は自分が慣れるのに必死だったが、今は違う。

 使用人たちが、仕えるべき存在に対してどう思っているのかもわかってきた。


 その中でも、我が主は評判が悪かった。


「『天下のかまって姫』……ね」


 私に会う前……正確には、あの男性に振られた日から彼女は変わったらしい。

 以前までは、すべての人から関心を寄せられないと我慢ならない性格だったそうだ。


 その被害を長年受けてきた屋敷の人々からすれば、今のアイラ様を信用できないみたいだ。

 まあ、急に人が変わっても今までの行いから信じられないのも無理はない。


「過去の遺恨か……」


 ふと、食堂での会話を思い出した。

 あの時、彼らは確かにこう言っていた。


「『今回はどこまで続くかな』……ね」


 使用人がああも軽口を叩けるのは、きっと上がそういう態度をとっているから。

 そして、アイラ様を下に見れる存在はこの屋敷に限られている。


「マクシミリアン……!」


 ふつふつと、言い知れない怒りが沸いてきた。

 ただこの怒りは、あの人のためじゃない。


 私自身のための怒りだ。


「お嬢様だろうがなんだろうが、利用してやる」


 更生を許さないものなど、すべて消すべきだ。

 自分自身の理想のため、私はシナリオを紡いだ。

  













「お嬢様、家庭教師を探しましょう」


「急になに?」


 今日も一人で勉強していたアイラ様に、私は分厚い紙束を差し出した。

 彼女がペラペラとそれをめくっている間、机の上にある紙や本を片付ける。


「…………こんな情報、どこで手に入れてきたの」


「旦那様からです」


 普段屋敷にいない当主を探すのは苦労した。

 しかし、この情報を手にするのは容易かった。

 娘が変わろうとしているのを、応援する親だったことが幸運だった。


「お父様が……」


「さあ、お選びください」


 考え込む彼女をわざと無視し、選択を迫る。

 今彼女に必要なのは感傷ではなく、前へ進むことだ。


「………わかったわ」


 決意した彼女の目には、強い光が宿っていた。

 その姿は、本当に———()()()見えた。



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