表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/15

4 夜会



「お嬢様……もう、勘弁してください!」


 頭に乗った本がぐらつく。

 危ない、これを落としたらさらに恐ろしいことになる。


「だめよ、励みなさい」


 優雅に窓辺のテーブルで紅茶を嗜むアイラ様。

 誰かこのお嬢様をなんとかしてくれ。


「メイアさん、もう一度です!」


「ひぃぃ~!」


 独特な逆三角形の眼鏡をかけた女性が急かしてくる。

 

 私は現在、アイラ様の部屋で歩き方の特訓を受けていた。









 屋敷に戻ったお嬢様は、すぐさま私の改造計画に入った。

 訳も分からず男性用の正装を着せられ、さらには礼儀作法の特訓も受けさせられている。


 男装させた理由としては、「なんとなく」だそうだ。


「お嬢様!私を侍らせてもステータスにはなりませんよ!」


 背中に長い棒を入れられた私は、必死に訴える。

 この特訓には意味がないのだと。


「わたくし一人で輝いているのだから十分でしょう?」


 当たり前のような顔をして、とんでもない自信家発言をかますアイラ様。

 その様子に、私はさらに困惑する。


「ならどうして私は特訓させられてるんですか!」


「そんなの連れ歩くために決まってるじゃない」


「だからなんで連れ歩くんですか!」


 なんとしてでも私を連れ歩こうとするお嬢様の強行によって、私は無事に特訓を終えた。

 まあ、私の筋肉たちは無事ではすまなかったが。






















「なんか、背中の筋肉に謎の違和感を感じる……」


「さて、準備できたわね」


 げっそりとした私の顔とは対照的に、アイラ様は生き生きとした顔をしている。

 豪奢に着飾った彼女は、間違いなくこの屋敷の中で最も美しいだろう。


「なんで着飾ってるんですか」


 嫌な予感をひしひしと感じるも、鏡の前でドレスの最終調整をしているアイラ様に尋ねる。


「そんなの夜会があるからに決まってるじゃない」


「…………聞いてないんですけど!?」


「言ってないもの」


「なにを堂々と言ってるんですか?!」


 やいのやいのと言い合っていると、ノックもなくドアが開いた。



 ガチャ



「おい、行くならさっさと行け」


 現れたのは、例の庶民がお嫌いなお兄様。

 赤い髪が後ろに流されていて、ワイルドさがアップしている。


(この人も着飾ってるな……)


 どうやら、ご兄妹(きょうだい)で夜会へ参加されるらしい。

 気まずい予感しかしないが、まあそれは当事者間で努力してもらうべきことだろう。


 我関せずという顔で壁際に控えていると、お二方の視線がこちらに向いていた。


「…………」


 私は無言を貫く。


「何をしているの、あなたもさっさと準備なさい」


「そんな気がしてました」


 問答無用でメイドたちに連れ去られた私は、それはそれは綺麗に着飾ってもらった。

 男性の礼服は着替えるのに時間がかからなくていいということも分かった。

























 馬車の中で地獄の時間を過ごし、夜会の会場へと到着する。


(まさか、あの兄妹たちと一緒の馬車に乗せられるとは……)


 すでに帰りたくなったが、気を引き締め直す。

 なぜなら、周囲からの視線に気づいたから。


「あれが―――」

「まあ、お可哀そうに―――」


 憐れむふりをした、悪意ある視線。

 彼らの目は、明らかに嗤っていた。 


「…………」


「お嬢様」


 無言のアイラ様に、腕を差し出す。

 エスコートの合図だ。


「……ええ、よろしくってよ」


 少し元気はないが、それでも毅然とした態度で彼女は歩き出す。

 私ができることは、そんな彼女を夜会へ送り出すことだけだった。


 そんな主従の様子を見ていたマクシミリアンは、終始無言だった。

















「マクシミリアン様、一曲―――」

「ポナシェイド令息、前回の投資では―――」



「お兄様は人気者ね」


 グラスを片手に、アイラ様がボソッと呟く。

 赤いワインがシャンデリアの光を反射する。


「お嬢様も熱い視線を送られてるじゃないですか」


 壁際にいるにも関わらず、私たちは数多の視線を浴びていた。

 

「ふっ、どうかしらね」


 男性からは欲望の視線を送られ、女性からは嫉妬や愉悦の視線を送られる。

 この人の生きる世界は、なんて息苦しいのだろう。


 周囲を見渡してみても、この人は一際美しい。

 だからこそ疑問だった。

 なぜ、あの男性に未練を残していたのか。


 アイラ様なら、他の男性とすぐにでも一緒になれるはずなのに。


「わたくしはカミルが好きだった」


「!」


 突然の独白に、目を瞬く。

 カミル、この人が未練を残した男性。


「できることは、思いつく限りやったわ」


 右を向くと、彼女がグラスを天井にかかげていた。

 視線はグラスに注がれているはずなのに、グラスを見ていないようだった。


「でも、滑り落ちていくの」


 フッと笑う横顔は、酷く寂し気だ。

 私は無性に胸を掻きむしりたくなった。


「ぽっと出の女に、その大切な人を奪われた」


 グラスを握る手が震えている。

 それを叩き割ってしまうのではないかと冷や冷やしながら、彼女を見守る。


「もう……いっそのこと―――」


「お嬢様!あそこにあるのはローストビーフでは!?」


「は?」


 キラキラとした視線を遠くのテーブルに向ける私に、冷たい視線が突き刺さる。

 しかし、私は大皿に鎮座した肉の塊に目が釘付けだ。


「これは由々しき事態ですよ、お嬢様」


「……貴方の頭の方が由々しき事態よ」


 従者として主を置いていくわけにもいかないため、彼女を丁寧に力強くエスコートする。


「ささ、あちらのテーブルに行きましょう!」


「身勝手な従者ね……」


 彼女は文句を言いながらも、私に大人しく連れて行かれる。

 そんな彼女に、私は前を向いたまま言った。


「結論を出すのはまだ早いですよ、お嬢様」


「!」


 遮った彼女の言葉に、遅れて返事を返す。

 その答えに、彼女は何も言わなかった。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ