「この罪人を見よ」と吊し人は云った
なお、このページは近所の図書館で執筆しています。
時間の半分くらいは哲学書に吸い寄せられました。
日ユ同祖論とかオモロイっすよ
・・・流歌Side・・・
2人と別れた流歌は、まずスマホでタロット占いをしている占い師を探し出し、その店に電話で捜査協力のことだけを伝えた。餅は餅屋に行くのが最適だ。流歌は、占いの専門家にハングドマンのことを聞こうと思い立ったのだ。書店でスピリチュアル関連の本を買ってもよかったのだが、占い師本人の証言には遠く及ばない。幸い、相手の占い師は快く了承してくれたため、すぐさまタクシーを拾いその店へと向かった。
タクシーに乗ること約20分、車を降りて路地の角にある小さなビルに入っていく。流歌が調査の参考人として選んだ占い師は、このビルの3階にある占いサロン『スピリットテラス』で働く占い師だった。扉を開けると上部についた風鈴が来客を知らせ、すぐの角を曲がると妙齢の女性が少し奥の席に座っており、流歌を微笑んで迎えた。
「ようこそ。事件について聞きたいんでしょ?要件はタロットの、それもハングドマンについてかしら?」
「え?どうしてそのことを・・・」
「貴女がここに来る前にちょっと占ってみたのよ。3回くらい連続で引いてもハングドマンが出てきてねぇ。・・・その反応だと、どうやら当たっていたようね。今日は調子がいいわ」
顔にはあまり出ていなかったが、流歌は初めての占いというものに驚愕した。義父の羽柴はタロットやほし学校で朝の占いや血液型占いについて話題となったことがあっても特に信じていなかった流歌だが、いざ本当に当てられてしまうと流石に面食らってしまった。
・・・・・・いけない、調査に戻らないと。
気を取り直して、流歌も占い師の対面に座り、早速ハングドマンに関する情報を聞き出した。
「今回、日本橋での殺人事件で犯人がハングドマンを模して被害者を橋に逆さまに吊るしました。このハングドマンについて、何でもいいので教えてもらいたいんです」
「あらあら、まだ若くて可愛い娘なのに警察のお手伝いなんて立派ね」
事件に関することだと知った占い師は、最初は流歌を暖かい目で見ていたが、すぐにプロの目付きとなった。
「・・・・・・ハングドマンは、吊るされた男の他に死刑囚とか刑死者とも呼ばれているわ。要するに罰を受けるべき悪人を表しているの」
「悪人・・・。やっぱり、被害者に恨みがある人物の犯行でしたか」
流歌も羽柴ほどではないが、遺体の状態に納得のできなさを覚えていた。仮に、犯人自身が被害者に恨みがあるなら、タロットカードを模した死体を晒したりせずに、もっと酷い殺し方をするはずだ。しかし実際は、後頭部を殴打しただけのシンプルな殺害方法。犯人は土井を殺害するのと同じ以上に、あの晒し方に強いこだわりを持っているとしか考えられない。
流歌は一つの仮説を導き出し、占い師との会話に戻った。
「ええ。それに、タロットではカードの向きで意味が変わるのは知ってるわね?」
「はい」
タロットカードを用いた占いは、無造作に混ぜられたカードを上から引いて、占いたい事象ごとに適した並びで置いていく、というのががスタンダードだ。
また、今回のハングドマンは唯一、タロットカードの中で逆さまの姿が正位置として扱われる。吊られた姿が正位置(正しい)・・・。犯人は被害者を裁かれる人間と断定していると見て間違いないだろう。
納得した流歌の様子を見て、占い師は更にタロットについて続けた。
「ウェイト版っていう全部のカードに絵柄が描かれてあるものがあってね。それに描いてある吊られた男のモデルは、北欧神話の最高神オーディンとされているの」
「オーディン、ですか?」
流歌は聞きなれない単語を耳にした。北欧はノルウェー周辺の5ヶ国で括られる地域区分であり、その地域の神話で数多く登場するのが、北欧神話の主神にして戦争と死の神、詩文の神でもあり吟遊詩人のパトロンでもあるオーディンだ。
オーディンは、魔術に長け知識に対し非常に貪欲な神でもあり、叡智を得るために片目を失い、ルーン文字の解読方法を得るためにユグドラシル、世界を支える巨大な樹木に9日間吊るされた。 そこから、吊られた男の正位置は忍耐と努力の象徴となった。
被害者に対して犯人が、そんなプラスの意味を与えるわけがない。だから、忍耐や努力は犯人そのものを指していると考えられる。
「他にも占星術的意味も込められているわ。このカードの場合は、"水"の元素を示唆しているの」
水は正しく現場を表しているキーワードだ。土井の遺体は橋の欄干に吊るされていた。しかし、既に水に関係する場所で死体を晒しているのにハングドマンで水を強調する意味があるのか?
流歌は、この水というメッセージには何か別の意味があると推察した。
「水・・・。なるほど、ありがとうございます」
「いいのよ。それとハングドマンのモデルは、あのキリストを裏切ったユダという説もあるわ。だからハングドマンは、処刑された罪人と解釈されたんでしょうね。それに、ハングドマンが吊るされてるのって、死刑台じゃなくてただの木でしょう?知ってたかしら」
「ほら」と、占い師はカードの山からハングドマンを引き、流歌から見て正位置で見せる。
「・・・確かに、そうですね」
流歌がよく見てみると、ハングドマンは樹木のようなものに逆さで吊られていた。吊られた男にのみ目がいってしまい気づかなかった。しかし、罪人を吊るとするなら処刑台のようなものが一般認識なのに、何故だろうか。
疑問に思った流歌に対して、占い師は樹木について補足した。
「樹木は母性、つまり女性の象徴なの。だから犯人は、"女性"が動機で今回の犯行を犯したのかもしれないわね」
「ありがとうございました」
流歌は占い師に協力の感謝を述べて、スピリットテラスを後にした。ついさっき得た情報を頭の中で整理しながら、再び路端に留めていたタクシーに乗り込んだ。
今ごろ、羽柴と支倉は調査を終えているだろう。2人とも、私と違ってプロの警部と探偵だ。既に流歌の到着を事務所で気長に待っていることは容易に想像できた。そんな人達に負けじと、一刻も早くこの情報を羽柴たちに届けるべきだと考えた。
「では運転手さん、お願いします」
流歌を乗せたタクシーは、エンジンを吹かせて狭い路地を出て行った。行き先は勿論、落ち合い場所であり帰る場所でもある我が家だ。
原稿を見返した時に、はじめてのおつかいを観てる気分になりました。
娘めっちゃ欲しいですね。
可愛くてファザコンだったらポイント高い。