カロンの舟は暗闇に
私の頭の中での支倉のイメージは、呪術廻戦の日下部先生にヒゲが生えた感じです。
ダンディは憧れちゃうよね。
・・・支倉Side・・・
支倉は、羽柴に言われた通り日本橋川沿いにあるクルーズ船着場に来た。そこは、遺体発見現場である橋から僅か50mしか離れていないほど近い場所であった。
船着場には受付所兼事務所であろう建物が公道沿いに建っており、川岸まで階段で降りれば全100mほどの細長い木造の埠頭に約8隻ほどの船が停泊されている。
取り敢えず、支倉は捜査の基本である聞き込みから始めようと受付所へと近づいた。
「すみませーん、警察のものですが」
中に入ると、事件によって川が封鎖されたせいで、客は一人もいなかった。声をかけても反応がないので、受付のカウンターに備え付けてあった呼び鈴を鳴らした。
金属音が部屋中に響いて直ぐに、奥から40代ほどの男性が出てきて、支倉に応対した。
「はいはい何でしょ・・・って、警察の方でしたか」
「こんな時に失礼します。私、警視庁捜査一課の支倉というものです。ここのクルーズの従業員が今朝、この近くの橋で遺体を発見したことは知ってますよね。
それで、捜査の参考までに航路や従業員の私物とか、できれば船も少し調べさせてもらいたいんですが」
「え、あはい。構いませんが・・・」
事務所の許可も貰い、警官2名を呼んで従業員の私物や船、航路表を調べ始めた。一人は支倉と共に事務所内を、もう一人は外に停泊している船を調べるよう指示した。
支倉は事務所内の従業員の私物や備品を調べていた。デスクの書類や引き出しの中、棚の本まで目を通してみたが、未だこれといって目ぼしいものは発見できず、ましてや凶器のようなものも発見できなかった。
難しい顔をしながら、いよいよ最後の部屋である従業員の更衣室に手をつけた。ロッカーに掛けられた各船頭の制服を調べてみると、一つだけおかしな点が見つかった。
「・・・・・・ん?」
「どうしました?」
支倉は違和感を感じて二つの制服を触りながら比較した。そして、その正体に気がついた。ある従業員の服だけ、他と比べて生地が冷たいのだ。その服のタグの部分には、手書きで「渡部」と表記されていた。
この事務所は、節電で室温を23℃にキープするよう心がけている。そこまで暖かくないとはいえ、微妙に温度に違いがあったことを支倉は手に伝わる感覚で発見した。伊達に長年警察をやってるだけのことはある。
これは手掛かりになると己の勘が働いた支倉は、事務所の従業員に聞いてみた。
「この渡部って人の服だけ他と比べて冷たいんですが、昨日は出勤してましたか?」
「渡部なら、昨日は休みの日なので来ていないはずですが・・・」
「何?」
昨日来てないはずの従業員の服が冷たい。そんなこと、普通あるわけがない。最低でも、エアコンに温められて室温にかなり近い温度になるはずだ。
つまり、昨日の夜から深夜頃にかけて外で使われたということになる。だから、他の服と温度差が生じたのだ。
「すみません、ちょっとお借りします」
もしかしたら、犯人のDNAが残っているかもしれない。服の上から更に制服をした場合は望みは薄いが、使われた証拠になることには変わりなかった。
この服は犯人が変装で使ったに違いないと思った支倉は、時刻表と航路表を調べに行っていた警官と合流した。
「丁度いいところにいた。おいお前、これを鑑識に送っといてくれ」
支倉は警官に先ほど回収した渡部の制服を手渡す。
「了解。それと警部、昨日の運行表なんですが最後の運行時刻が20時30分でした。航路も往復30分ほどです」
壁に貼られている経路と運行時刻には、昨日の最終時刻に20時30分と記されており、その船の経路も所要時間付きで書かれていた。
運行表通りだとすれば、昨日の最終運行は9時頃に終わったという事になる。しかし、それはあくまで船の運行が終わっただけで営業終了とは限らない。
「そうか。昨日は何時で終わりましたか?」
支倉は、事実確認のために事務所の人に昨日の閉店時刻を聞いた。
「9時ちょい過ぎには、私も含め全員帰りました」
「なるほど」
どうやら、昨日の9時頃にはここに誰もいなかったようだ。少なくとも、渡部という従業員は本件とは関係ないことが判明した。自分の制服を死体遺棄のための変装に使われただけだったのだ。
支倉は、この船着場で起きたであろう一部始終を推理した。犯人は全員がいなくなった9時過ぎに事務所に侵入した。そして、従業員の制服を適当に見繕い、外に停めてある船のどれかを盗んで遺体を橋に括りつけに行ったのだ。
残るは犯人がどの船に乗ったか、そしてその船に被害者か犯人の痕跡があるかだけとなったため、支倉は事務所を出て船が停めてある川岸へと向かった。
階段を降りた先にある埠頭では、もう一人の警官が既に各船の調査をしている最中だった。支倉は、今まさに警官が見ている船に近づき調査の進捗を確認した。
「どうだそっちは?」
警官は支倉に気付き、自分が発見した痕跡について説明した。
「警部!一隻だけ、係留用の縄の一部が濡れていました」
確かに8隻のうち一隻だけ、船を止めるために繋がれるロープが濡れていた。今朝に発見者が使った船かとも思ったが、その可能性がないことはすぐに分かった。ロープの結び方が他の7隻とは少し異なっているのが、よく見比べると分かったからだ。
「本当か・・・!で、船内に何か落ちていたりとかはなかったのか?」
「いえ、遺留品はなかったんですが、僅かですが船尾の方に何かが擦ったような跡がありました」
警官が指した所を見ると、少し何かが擦れたような擦り傷が後ろに向かって延びているのが見える。被害者のものか、または犯人のものだろう。犯人が船を操縦していただろうから、被害者の可能性がかなり高い。
少なくとも、普段の業務でついた傷ではない筈だ。客席や操縦席ならまだ分かるが、船尾の上に傷がつくような作業も場所もない。
また、死体のままで船に乗せて運んだら、夜とはいえ怪しすぎる。だから犯人は必ず、遺体を寝袋やシートみたいなもので包んだはずだ。だがさっき警官は「遺留品はなかった」と言った。犯人が持ち去ったのだ。もしシートを回収、凶器も見つかれば完璧なのだが、普通は捨てるか埋めて隠してしまう。自供でもさせない限り、望みは薄いだろう。
「よし、応援呼んで調べさせろ。俺は羽柴の所に行ってくる」
ハッ!と敬礼をした警官は、無線で警視庁に人手の要請を行った。
クルーズである程度収穫を得た支倉は、羽柴たちと落ち合うべくパトカーに乗って船着場を去った。もうここで自分ができることは何もない。あとは鑑識と若い者たちの仕事だ。
橋場探偵事務所へ向かう車内で、支倉は件の所長のことを考えていた。敵にすると恐ろしいことこの上ないし、精神異常者である羽柴だが、捜査に関しては何も成果がないことなどあり得ない。
長年関わりのある支倉は、羽柴に対して妙な信頼を持っていた。
最初このパート1200字くらいしかなくて、そこそこ見応えある長さにするのに苦労しました。
小説は骨組みより肉付けの方が大変なんです。




