怪人能阿弥(のうあみ)
事件を阻止するってどこぞの名探偵より有能じゃない?
滝藤さんくらい有能やん
「何それリコリス・リコイルかよ」
「もしくはPSYCHO-PASSですね」
しょうもないことを言いながらも、まるで公安映画みたいな展開に羽柴達は緊張どころか少しワクワクしていた。まるで自分たちが影の立役者になろうとしているような気分だった。
羽柴と流歌は、前に読んだマンガの主人公が陰の実力者に憧れていた気持ちを理解した。
「今回は事を荒立てたり出演者たちのパフォーマンスに影響が出ないよう、私以外の出演者やスタッフには一切このことは知らせていません。なので2日目に羽柴さん達には、あくまで関係者として会場に入ってもらいます。そして、事件が起きて中止にならないように立ち回っていただきたい」
潜入してわ誰にもバレずに、目的を遂げる。まるでメタルギアみたいな仕事だな、と羽柴は他人事のように考えていた。
「あの、それで引き受けていただけるのでしょうか?」
この依頼は羽柴としても断る理由はないため、普通に引き受けるつもりではいた。だが、よりによって羽柴探偵事務所に依頼を持ってくることにずっと疑念を抱いていた。
無遠慮な羽柴はストレートにその思いを栗田にぶつける。
「その前に一つ質問に答えてくれ」
「はい、何ですか?」
「なんで俺らを選んだんだ」
羽柴の唯一の疑問がそれだった。探偵事務所なんて他にもいくつかある。なのになぜ、羽柴探偵事務所を選択したのか。その理由が知りたかった。
羽柴の疑っているような目を見つめて、栗田は澱みなく疑問に答えた。
「それは簡単です。私の知り合いに、最近警視庁を辞めた元警官がいまして。その方に最初に相談したところ、羽柴探偵事務所を紹介されました。・・・あとは、羽柴さんならお分かりですよね」
栗田は、元警官の情報網から羽柴を選んだと言う。しかも最後の意味深な発言から、彼は羽柴の正体が何なのかを、その警官から聞いたのだろう。
まさかそこまで知られているとは思っていなかったが、確かに依頼相手にはうってつけだ。
それに、そのことを知りながらも情報漏洩も脅しもなし。インターネットを扱う者としての最適な対応を見て、信用できると判断した羽柴は、栗田に依頼を受理する旨を伝えた。
「ふぅ〜ん?・・・まあエエよ。犯人の面白さと、超会議に関われることに免じてね。報酬は・・・よし決めた。打ち上げに俺らも混ぜてくれ。それで手打ちといくわ」
「え!?そんなことでいいんですか?」
「諦めてください栗田さん。父は気分と思いつきで報酬を決める癖がありますから」
事件を未然に防ぐなんて依頼だから、高額な報酬を要求されるものだとばかり思っていた栗田側からすれば願ったり叶ったりだった。報酬について互いに納得し、すんなり交渉は成立した。
「よっし!一度はあのイベントに出演者側、っていうか主催側で出てみたかったんだよねー!」
上機嫌に流歌の肩を叩きながら笑い声を上げる羽柴に、栗田は先にキャスト用の名札を一枚ずつ渡した。この名札をスタッフに見せることで、会場の裏側に回ったりできるように手配してくれるそうだ。
「あ、あと犯人の手掛かりか分からないんですが・・・」
栗田は封筒の中に指を入れて、中に残っていた何かを取り出した。
それは、誰がどう見てもただの一本の鳥の羽だった。
派手さはなく、白や黒、褐色が混じった色合いで構成された一枚の羽。
羽柴はすぐさま、これが犯人からのヒントだと確信した。
「・・・犯人からの挑戦状ですか」
流歌も犯人の意図を汲み取ったようで、羽柴に代わって真意を代弁した。
「お、流歌も分かっちゃう?」
「はい。なんとなくですけど、『この羽と予告だけで私を止めてみろ』というメッセージが込められている気がします」
流歌の勘は当たっている。
犯人は、この犯行を絶対に成し遂げるといった気がない。もしあるなら、予告も何もトワンゴに送ることをせず、黙って犯行に及ぶ。しかし、わざと手掛りを提供し翻弄しようとするようなやり口に、羽柴と流歌はある有名な犯罪類型を思い浮かべた。
「「劇場型犯罪」」
「劇場型犯罪?」
栗田が知らない単語に眉をハの字に曲げた。その顔を見て、流歌が栗田に劇場型犯罪について説明した。
「劇場型犯罪は、あたかも演劇の一部であるかのような犯罪のことです。世間や企業などを舞台とし、犯人が主役、被害者が脇役、警察が敵役、マスメディアの人間や一般人が観客、という構造になっているものが多いです。今回に当てはめると、イベント会場が舞台で、運営と私たちが敵役ですね」
劇場型犯罪は、犯罪者が注目目当てで行う傾向のある犯罪だ。このことから、犯人は少なくとも自己顕示欲の塊なのは間違いない。
今日は予告文と鳥の羽を持ち帰って調査するために、栗田からそれらを預かることにした。
「では、私たちはこれで」
「2日後に幕張メッセで」
エレベーターまで見送りに来た栗田にそう言って、事務所に帰ろうとする羽柴と流歌。
一階のボタンを押して扉を閉める。
その直前に、何か言い忘れたことがあるのか再びボタンを押して扉を開いた流歌と羽柴は、栗田にこう告げて下へ降りていった。
「もしかしたら、犯人は怨恨目的や金などの利害ではなく、純粋に己の欲求を満たすためだけに犯罪を犯そうとしているかもしれませんよ」
「・・・何故、そうだと?」
栗田の疑問に、羽柴が答えた。
「だって、犯人目立ちたがりだろ」
-羽柴探偵事務所-
栗田との依頼に関する談話を終えた羽柴たちは、とりあえず予告文のコピーと謎の羽の一部を分けてもらい、家でじっくりと分析することにした。幸いにも、予告日時まで2日ある。今日の夜と明日は、ひたすらに情報収集と分析に費やそう。
「さってとー!まず風呂入るか」
「いま完全に調べる流れだったじゃないですか」
羽柴にとっては、そんな昼夜問わず時間をかける必要がない謎だと思っているため明日でいいんじゃないかと考えていた。今まで散々事件も謎も解いてきた経験則から、この犯行文と鳥の羽に対して時間を費やす必要はないと判断した。
風呂に入ろうと脱衣所に歩いていく羽柴を、後ろから抱きついて止める流歌。
「おい何してんだ、離せよ。風呂にすら入らせない気か?」
「どうせ正爾さん、風呂上がったら即ベッドにダイブする気じゃないですか」
「何を言うか流歌。その通りだ」
案の定今日はバックれる気満々だった羽柴に、せめてある程度進んだら風呂に入って寝るよう催促した流歌は、監視も含めて羽柴の隣で一緒に考えることにした。
「まずは、鳥の羽はパスだな」
「知識がないからってことですか?」
「それもあるし、こんなありきたりな羽模様から分かることなんてたかが知れてるだろ。明日鳥の博物館とかに行かにゃ分かるわけねえやん」
羽柴の言うことにも一理あると判断した流歌は、予告文の解読に力を注ぐべきだとし、紙を広げて一つ一つの言葉を紐解くこうとした。
「"舞台は観客の歓声で始まり、一瞬のファンファーレで幕を閉じる"。舞台は2日目の幕張メッセなのは分かるよな」
「はい。観客は来場者で、歓声は恐らく多くの来場者が入場していく様子を表していると推察できます」
今のところは、犯人は超会議のことを知っており、そして実際に行ったことがある可能性が高い。
行ったことがあると予想できる根拠としては、このイベントはパンフレットも含めて詳細なマップは存在しない。
どこに何がどのくらいの広さであるまではマップを見れば分かるが、それ以上の詳しい地理情報は得られないようになっている。
「それに"吾輩だけ"と強調してっから単独犯だろう。てか複数犯なら目立ちにくいってデメリットあるからやらないだろうし」
推理の上で、単独犯の可能性が浮上してきた。犯人は最低でも、事件を起こして目立ちたいという願望で動いている。しかし、怪人と名乗り正体を隠すということは俗に言う本名ではなくアカウントやアバターでバズりたいネットユーザーと同じ心理なのだろう。
「この"一瞬のファンファーレで幕を閉じる"の意味はどうでしょう?」
ファンファーレは太鼓・トランペットなどを用いた、はなやかで勇ましい短い楽曲を表す用語だ。
華やかな最後を飾りたいという想いの現れなのか、計画の最終段階を暗示しているのか・・・。
「もう良くねえか?今日はこれで。明日行くところは決まったろ」
「能阿弥と鳥関連ですよね」
「うん。能阿弥は俺が行くわ。お前はこの羽の鳥を調べてこい」
羽柴達は明日中にこの予告文と羽の謎を解く気でいるが、それが分かろうと肝心な部分は分からずじまいなのに気づいていない。
それは、犯人が誰なのかもそうだが、会場のどこで犯行に及ぶのかである。
不幸にもそれは、犯行当日にならなければ分かることはない事実だった。




