最初の杭は打たれた
教会に取材に行くのがすげぇ面倒くさいんで、ネットで分かるのが有難いです。
-3月16日 羽柴探偵事務所-
犯人の足取りと聖書を調べるために、あの日は一旦解散し、それぞれ調査することとなった。念の為、気づかれないようにあの教会に監視を付けたとは聞いている。取り敢えずはあの教会のことは気にしなくていいだろう。だから今のうちに、この先犯人が何をするか、どこに現れるかを予測しなければならない。
書斎からキリスト教関連の本を引っ張り出す。犯人は儀式をやっているのは間違いない。あの教会が第二の殺人現場になるまで待ちたいところだが、それで支倉に報酬を渋られたら堪ったもんじゃない。
「すごい量の本ですね」
「こんだけありゃ悪魔祓いも楽勝よ」
紅茶を淹れた流歌が書斎に入ってきた。そろそろ休憩するべきかな。書斎に篭ってもう2日目に突入している。本を置き、湯気が立つ紅茶を一口飲む。今日はハーブティーのようだ。しかも、香りと味のバランスが非常に良い。これは、今回の事件にあやかって淹れた紅茶だ。
「ヴィソツキーの紅茶か」
「はい。験担ぎのつもりでしたが、どうでしたか?」
「悪くねえな。しかも今回は被害者が今のところ磔にされてる。昔は普通の死刑だったが、キリスト以降は神聖化されている。聖ペテロですら、磔は畏れ多いとして逆十字で磔にされてる。十字架刑は神格化の象徴、か」
羽柴はニヤニヤ笑っていた。何を考えているかはわからないが、しょうもないことだけは確かだ。
「何考えてるんですか?」
「俺も磔にされたり3日後に生き返ったら神になれんのかなって」
「貴方神さま嫌いでしょう」
夕飯も書斎で食べ、寝る時も書斎に簡易ベッドを置いて寝た。
-3月17日 麹町教会 未明-
今日も新しい一日が来ることを神に感謝し、シスターは聖堂の中で短い祈りを捧げた。すると、靴と鈴の音が背後から近づいてくる。命を捧げる時が来たとシスターは悟った。だが、数日前の警部さんの提案を蹴ったことを後悔はしていない。
背後を振り返る。
「神は死んだ者の神ではなく、生きている者の神である」
「・・・ええ、そうね。そして、私は死者ではなく生きている者のための命である」
ロープを持った人物は、涙を流しながら穏やかに笑いかけた。
朝、羽柴の携帯に一本の電話があった。送信主は支倉だった。眠そうに電話に出ると、何やらあったようでいつにも増して大声だった。
「おい羽柴か!?」
「んだよもう・・・まだ6時じゃねーかよ」
「こないだの教会であのシスターが殺された!地下聖堂で足に杭を打たれてる!」
「・・・へえ。よし、今行くわ」
通話を切った羽柴は、あのシスターが殺された悲しみ・・・・・・
なんてこれっぽっちも抱いてなかった。
「よっしゃ!これで法則が分かる!」
羽柴は、人を助けられなかった後悔も犠牲による悲しみも持っていなかった。ただ、事件の解明材料が手に入ったことへの喜びしかなかった。急いで準備をして現場へ急ぐ。
「あ、おはようございます」
「ちょっと麹町行ってくるぅ!」
「分かりました。いってらっしゃいませ」
一刻も早く現場を見たいため、朝食も抜いて家を飛び出した。車に乗り、麹町へと走る。もし仮説通りならまだいいのだが、左に当たる教会を探すのは骨が折れそうだと羽柴は面倒そうに考えながらハンドルを切った。
-麹町-
3日前に訪れた教会には、既に警察関係者以外の立ち入り規制が張られていた。テープを破って入っていく。階段を降りた先の地下聖堂には、支倉たちと磔にされたシスターの遺体があった。首には索痕があり、手足はロープだが足の甲だけは杭で打たれていた。やはり、死を受け入れたのだろう安らかな顔で死んでいた。
「おー今度は足か。俺の予感は当たったわけだ」
「おい」
後ろから声がして、振り向くと支倉がいた。心なしか眉間に深い皺が寄って、目つきもすこぶる悪い。
「あ、よう支倉ぁ。今回はなんの置き土産が」
「フンッ!」
「おっと」
支倉が近づいてきて、いきなり羽柴に殴りかかった。軽く躱した羽柴だが、なぜ支倉が殴ってきたのか理解不能だった。
「どーしたよ支倉くん。飲み過ぎで気分でも悪いか?」
「そんなんじゃねえ。お前、あの時救えたはずの命を前に何も思わねえのか!」
「今更何をキレてんの?」
「あの時、強引にでも保護しておけばとか考えなかったのかよ!」
支倉は、あの時にシスターを強引にでも保護すれば救えたと自惚れている。たらればほどゴミなものはないというのにも関わらず、今は後悔と怒りに侵されていた。そんな支倉の激情を受けた羽柴の顔は涼しいままだ。むしろ、いつもよりムカつく顔すらしている。
「お前ここに何しに来たの?」
「あ?」
「お前も俺も、連続殺人犯を捕えるためにここに来たんじゃねーの?まあ、お前は公僕だから国と国民のためにってのは概念として理解してやるよ。気持ちは一切分からんけど」
なおも羽柴の暴論は続いた。
「俺にそんな義務はねえ。国と警察によって自由も保障されて今ここにいる。俺には何のしがらみも責任もない。凶悪犯を満足するまでボコって金を手に入れて、悠々自適に人生を謳歌する。いい人生だね!」
ケタケタと笑いながら持論を語っていた羽柴の表情が、急に真顔に変わる。
「お前にできることは事件の解決だ。他のことなんてできやしねえんだからよ。できることだけ考えてやってりゃそれでいいんだよ」
「・・・・・・俺にできることだけ考えろ、か」
さっきまでの支倉はどこへ行ったのか、頭が冷えて冷静になっていく。視線を落としていた支倉が顔を上げると、もう抱えるものは何もなくなっていた。
「悪い」
「おー。でも殴ってきたから報酬1.5倍な」
気を持ち直した支倉の横を通り過ぎて、シスターの側に近寄る。案の定、一件目と同じくパッションフラワーが置かれており、花弁も二枚ちぎられていた。そして、その横になぜか動物の毛が束で置かれている。
「何の毛だこれ」
「知ーらね。ダーウィンにでも聞いてくれ」
支倉はこの毛を鑑識に大至急鑑定してもらうことにした。毛の質からして人ではなく、何かしらの動物だろうとは予想できたが、今の段階で知ることはできない。
再びパッションフラワーに目をやると、花の下にまた暗号文が置かれていることに気づいた。
開いてみると、中には日本語で書かれた文と、心臓が燃えているようなシンボルが描かれていた。
「何だこれ、ハートのマーク?」
「キングダムハーツかよ」
マークの左には、犯人が残していったのであろう暗号文があり、次のようなことが書かれていた。
"東に座す神殿に、燃える心臓が輝く
最初の宣教師は、救いを求める者を待つ"
「これどーゆー意味だ羽柴」
「俺はロバート・ラングドンかな?ちょっと寿命くれ」
「時間をくれって普通に言えよ」
「言えたら精神病棟行ってねえよ」
この2日間で調べた聖書と歴史の知識を引っ張り出す。東の神殿は東方面にある教会だろう。最初の宣教師は、確か麹町と同じイエズス会の・・・そうだ、そう言えば有名な人物がいた。
「地図」
「おい」
「はっ!」
警官にまた東京の教会マップを用意させる。東京、聖ヨゼフ、聖ペテロ。この三つの要素を満たす東の教会を探す。検索サイトに打ち込むと、一件の教会がヒットした。住所を割り出すと、中央区の築地にある。
「次はここだ。神田教会」
「理由は?」
「ここは禁教の高札が撤去されてから最初に建てられ、日本人に宣教するために開かれた聖堂の第一号だ。そして、聖フランシスコ・ザビエルに捧げられた教会でもあるし、彼の聖遺骨の一部もある」
「じゃあこの心臓のマークは?」
「ザビエルのシンボルだ。歴史の教科書で見たことあんだろ」
麹町教会を急いで出て神田に向かう。その車内で、羽柴は今回の事件の法則性について考えていた。
「んんんんんん・・・?」
「どうした?羽柴」
「なんか引っかかるんだよな・・・。前の事件が3月14日だろ?そして今回は3月17日。もしかして犯人の都合で、3日おきに殺人儀式をやってんのか・・・?」
「いやそれはないだろ。途中でその法則に気づかれたら儀式が台無しにされちまう。その時はどうやって儀式を続行させる気だ?」
「そこなんだよなぁ。そもそも宗教なんて人の解釈でいくらでも派生するからな〜」
羽柴の懸念点は、儀式の経過時間のことだ。第一と第二の時間の間には3日のインターバルがある。3日といえば、イエスが処刑されてから復活するまでの日数だ。これを3日おきに繰り返すつもりだとしても、先述した通り気付かれて対策されたら無駄になる。現に今、我々に気づかれてしまっている。
「・・・今考えても答え出ねえや。とにかく築地まで行こうっと」
「切り替えはやっ」
「着いて死んでなかったら3日おきが濃厚。だが、もし死んでたら俺の推理通りの可能性が高いな」
「どんな推理だ」
「犯人は、何としても儀式を遂行するために犯行日時をあらゆるキリスト教的解釈で構築している」
逆十字カッコよ!!!!!!!!




