朧に隠れた狼煙を追って
タバコ吸わないのにタバコと塩の博物館行ったのでめっちゃアウェイでした。
ココアシガレット咥えときゃよかったぜ
-墨田区横川一丁目-
越谷市から車を飛ばすこと48分。駐車場に車を停めて、目的の博物館を見上げる。デフォルメされた縦長の本棚のようなデザイン。タバコと塩という尖った展示館なのに、5階建ての建造物が必要なほどの展示資料の多さを誇る様が絶妙である。
正直、羽柴はともかく16歳の流歌が来るようなところではない。いや、将来この面の良さでタバコ吹かしてるのも面白いかもしれない。
「正爾さん、なんか私に良からぬこと考えてます?」
「女の勘やめろって。ボチボチ歌舞伎町にも行けやしねえじゃねーかよ」
「あ、行ってるんですね」
「ア↑↑」
下らない言葉を交わしながら館内に入っていく。右に受付があったので入場料を払い、2階へ上がると、まず最初に特別展示室があったが今回は用がないのでスルーした。3階へと上がるエスカレーターの横には、塩の常設展示室があった。こんなところ滅多に来ないため、羽柴の足が塩の展示室に向かいかける。塩の展示とか尖りすぎてて逆に見てみたい。いつものように、羽柴の好奇心が体に表れた。が、今回は常勤ストッパーがいるので前回のように好き放題はやりにくかった。
「どこ行こうとしてるんですか。私たちが行きたいのは3階でしょう」
「楽しくやりたくてこの仕事してんのに、楽しくないなんてクソじゃなーい?」
「帰りにお酒でも買いましょうか?」
「今日はマッコリの気分っ!」
流歌にいいように誘導され、3階に行かされる。3階には、目的のタバコに関する常設展があった。中を軽く見渡すと、意外とガッツリ歴史と文化に焦点が当てられている。古代の壁画から原材料の植物、当時の喫煙具まで揃っていた。てっきり世界中のタバコが展示されてるのかと思っていたので面食らった気分だ。
取り敢えず部屋に入り、各タバコの詳細が分かるようなものを探す。途中で昔の人の暮らしが再現された展示物やディスプレイに目が行きがちでウロウロしていたが、終盤にタバコの歴史が壁一面に描かれ、その時代に生まれたタバコの広告やパッケージがケースに展示されているコーナーを発見した。目の前の壁を見てみると、どうやらガラスケースに手をかざすと紹介してくれるセンサーが付いているようだった。
「この中から同じタバコ探すのかぁ〜・・・。土方でも連れてくればなぁ」
「次元の壁を破ろうとしないでください。そーゆうのは集英社に持ち掛けるべきです」
「いやゴリラ先生はニコ中じゃねーだろ。むしろギャグ厨だろ」
身も蓋もない会話が事件の重大性を濁らせる。人が6人も殺されているのに、羽柴は己の休暇の為にしか頑張っていない。だが、事件となるとこのメンタルが大事なのだ。人が死ぬ事件において、情があってはダメージを受けてばかりになってしまう。それ故に、人を人とも思わない人間ほど心が強い人間はいないのだ。羽柴はそんなことちっとも考えてないが、流歌はそう解釈している。
羽柴がまじまじとタバコを一つ一つ念入りに調べていると、一つ条件に合いそうなものをキャッチした。それは、一度廃盤された珍しいタバコだった。
「あ?これ聞いたことねえな」
「本当ですね。なのに、今回の事件に使われたタバコにかなり近いです」
羽柴たちの目に止まったのは、ジョーカーという名のタバコだった。1978年に誕生した120mmスリムサイズのシガレットだ。そのタバコ自体ではないが、このタバコのシリーズは該当していた。調べてみると、その中のジョーカー・カオスが、メープルチョコレートのような匂いだと書かれていたのだ。
「十中八九これだな」
「はい。でも、どうやってこのタバコを見つけます?通販とかですか?」
「いや警察に顔割れてる奴がネットで物買わねえだろ。店頭に行くしか道はない」
「でもそれならもっと分からないですよ」
羽柴はスマホを使ってジョーカー・カオスの販売店を検索した。検索結果にはシガレットそのものも載っていたが、もう一つ決定的なものがあった。
「神奈川の横浜か・・・よし、車飛ばすぞ」
羽柴が目をつけていたのは、珍しいタバコの販売店だった。それは神奈川県横浜市に存在し、数多くのタバコが売られている穴場だ。静岡県にも同様の店は存在するが、羽柴は絶対にそこに犯人はいないと踏んでいた。
今回の事件は埼玉県、もっと広義的に考えれば首都圏で起こった。とすれば、犯人は喫煙所か人が密集及び密閉された空間でガスのテロを起こすはずだ。あの喫煙所にメッセージも何も残されていなかったとなると、恐らく試作品の実験目的で6人を死に至らしめたと考えてもいい。
次なる目的地も決まったなら、ここにはもう用はない。博物館を出て、駐車場の車に乗る。首都高速湾岸線を使えば一時間弱で横浜市に到着する。もし、犯人の目的が本当に実験だったなら、いくら指名手配と言えどもそんなホイホイ拠点を移動なんてしてられない。公安も動いているなら、そんなすぐに移動もできやしない。
「よっしゃ行くぞ、海軍カレー食べに!」
「タバコ屋に行くんです」
-神奈川県横浜市-
湾岸線を一時間かけて、ようやく横浜市に進入した。あとはタバコ屋の住所まで進むのみだ。確か目的地は、川崎市と横浜市の境付近にあったはずだ。
羽柴が車を飛ばしている最中、急にポケットのスマホが震えた。誰かから電話が掛かってきたのだ。電話主を確認すると、支倉からだった。
羽柴は通話ボタンを押す前に声を整え、耳元にスマホを翳した。
「この電話番号は、現在使われておりません」
『ダミ声でそんな通知流れてねーよ』
「アヒャヒャッ、バレた!」
電話越しでもまともに会話できない羽柴。隣でそれを見ている流歌も、相手が支倉と察して心の中で胃腸の健康を祈った。
『たく・・・羽柴、さっき大至急タバコに付着していたDNAで身元を割り出した。容疑者は、奥平純二。国際指名手配中の日本赤軍メンバーだ。当時は27歳だったが、昭和52年のバングラデシュ航空人質事件以降はアルジェリアに逃亡してた。そのはずだが、まさか日本に戻って潜伏していたとはな・・・。お前今どこだ?』
「クッセェ副流煙を追ってin the 横浜」
『そこに奥平が?』
「さあな。少なくともあの装置のタバコはここで買ったんじゃね?」
『よし、俺もすぐそっちに行く』
『あ、私もいますよ羽柴さん!』
「お前も着いてくんのかい!ハッピーセットのオマケかよ」
『久々のアンフェールですよ?アガらないわけないですよね!』
「ほうかい。じゃあ一時間以内に来いよ。俺が奥平を半殺しにするのが先か、お前が間に合うのが先か。勝負といこうや」
佐助の返答も待たずに電話を切った。一時間で奥平を止められるのかどうか。仮に遭遇したら、奴が飛び道具とか持ってない限り羽柴が勝つだろう。奥平は今年75歳の老体だ。逃げられるなんて心配はしなくていいだろう。ただし、それは奥平と出会えばの話だ。
「参ったなァ、今回は不完全燃焼かもしれん」
「というと?」
「だって相手は75歳のジジイだぞ。いつも通りやろうもんなら体がもたなくて殺しちまうぜ?」
羽柴の唯一の心配は、老人である犯人にやり過ぎて殺してしまうことだ。別に殺すことに抵抗も何もないが、その後に面倒くさいことになるのだけは嫌だったのだ。道徳ではない、単なる己の都合である。
「殺しの許可まで下りなくて本当に良かったですよ」
「良いわけあるかボケェ!殺人衝動があるわけじゃねえけどよ、いざって時にその制約ジャマくせえんだよなああ!」
「鎮静剤飲んでください」
「ロックで」
「ウイスキーじゃないんですよ。ていうか貴方ウイスキー苦手でしたよね」
高速を降り、目的地のすぐ側に到着した。
専用の駐車場がないので、交差点を挟んで対角線にあるイオンの駐車場に車を停めた。古臭い店構えが味を出しているタバコ専門店『黒河商店』だ。ここなら、廃盤とかでない限りありとあらゆるタバコを入手できる。警察とは違い、奥平に羽柴たちの顔は割れていない。ならこちらが警戒しても無駄なので、今は外で張る必要もないだろう。
店内に入ってみると、狭い空間の棚に所狭しとタバコのパッケージが並んでいた。中には、今回の事件で使われたジョーカー・カオスも販売されている。ここはニコチン中毒者の天国か。支倉に差し入れで何か買って行こうか。別に目的を忘れたわけでも、ましてや悪ふざけでもない。店の品を買ってくれた人間になら、店員は口を割りやすいからだ。まずは適当なタバコとニコチンゼロの自分用を買い、ついでに購入者の聞き込みを行った。
「すんません、これ」
「はいよ。おー、紅茶タバコとトレジャラー・ブラックか。珍しい組み合わせだね」
「まあ黒い奴は知り合い用っすけど。で、実は人探ししてまして。ジョーカー・カオス買いに来る男知りません?」
「うーん・・・いるけど数人はいるからね」
やっぱり、この店で買った人はいたようだ。だが数人もいるとなると、その中から該当人物を絞らなければならない。
「特徴は?」
「えっと、面長で結構なO脚・・・あっ」
「あってなんですか?」
「今年の夏に来た時に肌着だったんだけど、右の上腕に傷みたいのがあったな」
「流歌」
「はい」
流歌に警視庁の国際指名手配犯を探してもらい、奥平の特徴と照合させた。少しして、スマホを見ていた流歌の顔が上がった。
「ありました。面長、極端なO脚、右上腕部の傷、全部一致します」
ビンゴ。奥平はここの常連だった。いつから日本に帰ってきていたかは知らないが、50年近く逃亡してきた人間だ。これが最後のチャンスになるかもしれない。
1日中張り付いて、奴が罠に掛かるのを待つとしよう。
入場料100円だぜ!?
ついでにスカイツリー周辺も堪能させてもらいました。