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蝕み続ける不可視の毒牙

 タバコ一切吸ったことないけどファミマで働いてたことあるから多少は詳しいです。

 特にビタシグっていう、ニコチンタールゼロでビタミン吸える電子タバコは好きでした。


マジのヤツは絶対に自分では吸わないけど

だれしも、分別に欠けるだけ虚栄に毒されている。

          ―フリードリヒ・ニーチェ―



-埼玉県越谷市-

 関東最大のショッピングモールは、平日だろうと多くの買い物客で賑わっていた。2階出入り口のトイレ脇にある喫煙所で、遊ぶついでにタバコを吸いに来た4人の青年グループがいた。既に3人ほど喫煙所には人がおり、4人が入ればかなり狭く感じてしまうだろう。中に入り、換気システム以外密閉された空間で、4人はそれぞれ電子タバコを吸い始めた。軽く会話をしながらタバコを吸っていたグループのうち1人の男性が、ある男に興味を惹かれた。


 (へえ〜、このご時世に紙巻きタバコか。しかも茶色い?珍しいやつもいたもんだなあ)


 電子タバコが普及してる世の中で、褐色の紙巻きタバコという古風な品を使う男。帽子を被り、サングラスで目を隠しタバコを咥える口元だけマスクが外されていた。既に火をつけていたのか、先端が光って煙も出ている。

 だが、珍しく感じたのはそれだけだ。すぐに友人たちとの会話に戻った青年だが、急に自分の体に異変を感じ始めた。


「あれっ?なんか眩暈が・・・・・・ッ!」

 最初は貧血かと思ったが、次第に息も苦しくなり手足に力が入らなくなる。友人たちはもちろん、他の人たちも苦しそうに(もが)きながら床に倒れ伏した。

 だが、1人だけ平然と立つ人間がいた。紙巻きタバコの男だ。

 吸いすぎなくらいに煙を生み出した男は、フィルターを噛み潰すと直ぐに灰皿に捨て、喫煙室を立ち去った。その様子をただ見ることしかできなかった男性は、薄れゆく意識の中で何故か甘ったるい香りを感じた。



それを最後に、床に倒れ伏した男たちは終わらない眠りへと落ちていった。






-数刻後 同所-

 羽柴は3階にある書店で必死にコミックと文庫のコーナーに目を凝らしていた。既に服や雑貨をいくつか購入したのだろう。3店舗分の袋を片手に持っている。その隣で、先に小説を買い終わった流歌が羽柴の探し物を手伝っていた。

「まだ探してるんですか?」

「俺を止めるなよ流歌。今日こそ『税金で買った本』を買うんだよ俺は。テレビで紹介されててめっちゃ読みたかったんだよ」

「ネットで買うか電子書籍にしましょうよ」

「分かってねぇなー流歌ちゃんは。本がズラーっと並んでるのがいいんじゃねえか。俺はいつか作るぞ、本棚劇場並みのバカでかい書斎を!」

「その場合、引越しするか増築するしかないですよ?」

「それはめんどくせぇ〜・・・」


 祝日を金に糸目をつけず謳歌するつもりでいる羽柴は、新しい本を可能な限り買う気でいる。既に小説は2冊も流歌に買わせてある。手間賃として小説を2冊買ってあげた。流歌の持っている『君の膵臓をたべたい』と『100回泣くこと』がそれだ。ちなみに、羽柴は『黒死館殺人事件』と『ハサミ男』をチョイスした。義親子で性格が顕著に現れている。

 羽柴がここまで必死にコミックコーナーに齧り付くのには訳があった。実は、ここに至るまでに2軒もの書店を巡ってお目当ての漫画を買えていないのだ。書店で買うことにこだわりを持っている羽柴は、どうしても自分の手で手に入れたかった。

 しかし、時刻はもう12時を過ぎてしまっている。そこで流歌は、一度昼食をとることを提案した。


「う〜〜〜ん・・・・・・」

「正爾さん、いったんお昼にしましょう」

「ええええ!まだ全部調べ終わってねぇのに〜!?」

「空腹のままお目当ての漫画を見つけても嬉しさ半減しませんか?」

「確かにぃ!」


 流歌の手慣れた説得もそうだが、羽柴の異常な切り替えの速さも凄い。納得した羽柴は、流歌と1階にあるレストランストリートを目指すことにした。この時間だと、3階のフードコートは満席で空いてる席を探すだけでも気が悪くなる。であれば、待つだけで席が回ってくるレストランに行く方が合理的だ。

 通路を歩きながら、昼のことを流歌と考える。

「お昼どうしますか正爾さん?私はイタリアンがいいと思っていますけど」

「イタリアンな〜。俺ぁよく知らねーんだけど、カルボナーラって牛乳とチーズだろ?ホントにウメェの?」

「甘いチーズじゃなく塩気が効いたものを使っているので、正爾さんの想像してる味じゃないから大丈夫ですよ」

「じゃ食うわ」

 羽柴も27歳の大人だが、一般人ほど常識を知っているわけではない。数年前までは、ほぼ病院の中でしか居れなかったため、比較的一般常識等に疎いのだ。今どきの世間の情報が豊富な流歌は、羽柴にとってもかなり役に立っている。しかし、本人たちはそのことを自覚していなかった。


 エスカレーターで2階に降りた時、幾人もの人達が駐車場出入り口付近に群がっている。よく見ると、規制線が張られトイレなどがある通路入り口は仮囲いによって封鎖されていた。

 依頼なら片付けるところだが、羽柴たちは休暇中だ。放っといてパスタでも食べに行こう。

 無視することに決めた羽柴は1階へ降りようとエスカレーターに向かうが、流歌が行く手を阻んだ。

「あ?どした?はよ下行こうぜ」

「事件ですよ。行かないんですか?」

「あのねぇ?今日は休暇なの。おまけに仕事でもねえの。もしあそこの警察が報酬払うってんなら考えてやるぜ?」


 羽柴は決して正義感や使命感があるわけではない。犯罪者なら何やっても文句ないからこの仕事をしているだけだ。他人のトラブルを仕事と切り捨て金と愉悦のために動く。タチが悪い分、単純なのが羽柴だった。


「ならお前に正式に依頼するとしよう」

「ん?・・・うげっ」

 聞き馴染みのある声の方を向くと、支倉警部がいた。東京の警察のくせに、なんでここにいるのか。

「お前東京の管轄だろ?埼玉くんだりまで来て治安活動かい」

「違えよ。今回の事件が結構訳ありでな。俺らだけじゃなく公安も出張ってきてやがる」

「公安もですか?」

 公安、つまり外事警察が関わるほどの案件。つまり一般人が起こす事件とは訳が違う。奴らが来るということは今回の本意は・・・


「テロか過激派関係ってわけね」

「話が早いぜ。な?頼むよ。お前の知り合いも来てるしよ」

「あ?公安でか?」

 羽柴の知り合いは少ない。厳密には一般にはほとんどいない。そもそも一般人で羽柴と親しくなる方がかなり難しい。困惑か恐怖かドン引きするのがオチである。

 そんな羽柴の公安での知り合いも多くない。ましてや親しい間柄はかなり限られる。

「羽柴さん!ご無沙汰しております!」

 仮囲いからこちら、羽柴より年下のスレンダーな美女が走ってきた。長めの髪を後頭部で留めてポニーテールにしている。何より目を引くのは、くりっとした両目にそれぞれある泣き黒子(ぼくろ)だ。

 羽柴はその女性を見て数秒沈黙した後、思い出したように声を上げた。


「・・・あっ、お前佐助(さすけ)か!」

「はい!羽柴さんのご活躍は予々(かねがね)」


 この女性は小野寺(おのでら)佐助(さすけ)。男性の名前と思うだろうが、公安は本名を名乗らないし誰にも明かさない。故に、佐助は彼女の偽名。謂わばコードネームのようなものだ。

 公安って言ったらもっと目立たずひっそりと行動する機関だと思うのだが、コイツは国内でテロや過激派の計画を未然に防ぐチームに所属している。海外で情報収集する役に向いてない以上は、そっちの方がかなりマシだろう。


「お前がいるってことは、やっぱそっち系?」

「はい。是非とも任務に協力いただきたく存じます。報酬は公安がは支払いますので、だめでしょうか?」

「正爾さん・・・」

「羽柴」


「・・・・・・あークソが。分かったよやりゃいいんだろ?」

 協力を了承した羽柴に、佐助はガッツポーズを小さく決めた。「ただし」と羽柴が付け加える。

「俺の提示する報酬を用意しろ。でなきゃこの話は無しだ」

「ッ!・・・どんな内容ですか?」

 あの羽柴正爾が出す条件に、佐助はドキドキしていた。

 通常は依頼と報酬を先に提示するのが羽柴事務所でのやり取りだが、今回のような緊急だったり巻き込まれでの仕事は羽柴の条件を呑まなければ受けてくれない。一度、アメリカに行きたかった羽柴の旅行費の全額肩代わりを条件に仕事をしたことがあった佐助は、どんなことを言われるか良い意味でワクワクしていた。







「休日の費用と書店の本代を代わりに払え、犯人が凶悪犯なら俺にやらせろ、来週の月曜日根回しして流歌(コイツ)を公欠にしろ、その日は何があろうが一切の仕事は受けない、以上な」


「・・・え?お前そんだけでいいのかよ」

 支倉は意外と軽い条件に肩透かしを食らった。普通なら相場の倍は要求されたりするものなのに。羽柴も、これが普通の日ならそうしただろうが、今日は娘と祝日だ。故にこの条件にしたのだ。端的に言うと「潰された休日の費用を払い、犯人を痛い目に合わせ、自分と娘の祝日を弁償しろ」ということだ。


「分かったら中入れろ。あと腹減ったから何か買ってきて。俺レモン胡椒チキンとクッキーアイスで。流歌は?」

「シーザーサラダとすじこおにぎりお願いします」

「ダイエットしてるOLか。十分だろそのスタイルで」

「褒めないでください嬉しくなっちゃいます」

「惚気てる場合か早く行け!」

 支倉に急かされて仮囲いの中に入っていく二人。そんな彼らの背中を、遅れて着いていく佐助が熱い視線を投げかけていた。


「・・・・・・さすがアンフェールです」


 小野寺佐助。公安警察外事第四課。

 優秀で格闘面も立つ女だが、アンフェールの大ファンである。

今回の事件を書くために、わざわざ「たばこと塩の博物館」に行ってきました。

書籍化してる訳でもないのにマジの作家みたいなことやってない?

印税貰わないと割に合わねえぜ!

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