この放送は、切り捨て御免でお送りいたします
風邪ひきながら書いてます。
ショウガスープ飲みたい。
「アンフェールだと?」
浅見は信じられないようなものを見る目を向けていた。あの都市伝説のような存在が何の用なのだと、不審人物ではなく点滴を見るような目を向けていることに、本人すらも気づいていない。
アンフェールはペルセポネに子供を拘束させ、細い喉にナイフをあてがわせた。身じろぎ一つで幼い子供の呼吸も血流も止まってしまうような殺気が、浅見の肌を痺れさせていた。
「その子を離しなさい! これは犯罪だぞ!」
「はぁ~~~? 宗教法人を隠れ蓑に暗殺ギルドじみた中二病ごっこしてたオッサンは黙ってもろてぇ」
嘲るように笑うアンフェールは、気付かないうちに追い詰められている浅見を愉快に嘲笑っていた。顔が見えない分、腹立つ表情をしているのが容易に想像できる。
「この放送を見ている紳士淑女予備軍の皆様。このプロデューサーは、自分の子供をカルト教団の影武者にして、裏で様々な犯罪を指示していた。今日もあるタレントが殺されたが、それも此奴が仕組んだことだ」
そうカメラの前で言い切ったアンフェールは、幻聴のようにカメラの向こうの視聴者の声が聞こえていた。”証拠はあるのか”、”根拠を言え”、”探偵らしく解決してみせろ”・・・・・・。アンチもシンパも入り混じって、彼らを囃し立て、煽って、批判している。
だが証拠をここで出してしまっては尺が持たない。ドラマには脚本と構成というものがあるのだ。アンフェールは特に理由もなく勿体ぶることにした。
「今日の善光寺坂での殺人事件。面を被った多数の人間が、偶然通りかかったタレントを天誅と称して惨殺した。俺たちは彼の行く予定だったテレ朝に来てみたが、特に証拠も証言もなし」
そこまでアンフェールが言うと、代わるようにペルセポネが語りを続けた。
「局から出て時間もそう経っていない頃、待ち伏せたように二人の能面の男たちの奇襲に遭いました。両方とも無力化し尋問してみると、命の会という新興宗教の人間だと云いました。・・・・・・因みにどんな手段で吐かせたかは警察に聞いてください」
次はベアトリーチェが語り出す。登場人物が代わる代わる話していく流れが、本当にこの殺人事件を演劇のように目が離せないエンタメに昇華させていた。実際、浅見だけでなくテレビ局スタッフの誰もが、撮影する以外のアクションを何も起こせないでいたのだ。
『我々は命の会本部に潜入し、正体不明だった教祖を確保しました。しかし、その正体は薬で意識を混濁させられた子供。犯人の身内なのは間違いなかったので、犯人を誘き出すために今回の全国電波ジャックで生放送したのです』
ここまでのあらすじを言い終えると、スタジオに備え付けのスピーカーからイヴの声が聞こえた。イヴはこの作戦最大の要なのだ。カメラを通してしっかり観ているし覚えている。
「この電脳少女イヴにかかればプライバシーなんてないようなものです! どれだけ暗号化させようとも、オフラインでもない限りイヴが暴いちゃいますからねー!」
怒涛の展開に、視聴者もテレビスタッフもたじろいでいる。容疑者である浅見は、挽回しようと舌を回すが、いの一番にここに来た時点で詰んでいるのに気付かない。
「私を容疑者扱いするには、余りにも物証に乏しいだろ!? カメラの前で情報の捏造はやめろ!」
「アンタ馬鹿ァ? 俺らはカメラを回した時、この子供しか映していない。なのにアンタは真っ先に心当たりがあってここに来た。この子供がお前の関係者である証拠だ」
「なっ!?」
「しかも、コイツはカルト教団の本部にいたんだぞ。ここから遠い東京郊外のな。アンタの子なのに、警察に被害届とか出てねぇ。分かっててあの施設で教祖の身代わりやらせてただろ。そうでないなら、説明してみろや。何でお前の息子が命の会の教祖様やらされてんですかねぇ?」
「ウウゥ・・・!」
浅見はカメラなど気にならないくらいに狼狽していた。闇サイトと宗教を駆使して、テレビ局のプロデューサーである裏で犯罪的なビジネスをしていたのである。天誅の紙が残されていたのは、誰かが命の会に暗殺を依頼したからだろう。それだけ、彼も視聴者の知らない場所で褒められないことをしていたのだ。
教祖を息子にやらせていたのは、代理のつもりだったのだろう。誰も浅見の子供について知らされていないということは、この男は自分に子供がいることすら隠していたのだ。妻が出張ってこない時点で、死去しているか離婚している可能性が高い。
だが、犯罪者の事情も家族構成も、アンフェールにとってはノイズでしかない。最初はこの場で浅見と息子を殺して終わらせようとも思ったが、せっかくの生中継なのだ。もっと面白く終わらせたい。
そこでアンフェールは、命の会からパクってきた三種類の面を翳して、浅見たちに見せた。
「じゃあカトリックに非公式で神認定されたアンフェール様が、お前の運命を試してやるよ」
アンフェールは浅見の前に三枚の面を投げて地面に転がした。木と塗料でできた、古臭く変哲のない面だ。それぞれ、人・獣・神を模った面である。
「デデン!問題です。・・・・・・お前は誰だ?」
「・・・・・・は?」
「何だよ、こんな簡単なクイズ番組もできないのか? ちなみに間違えたらガキ殺すんでヨロピクゥ〜」
理不尽の極みのような問題に、みな言葉を失った。狂気の探偵の名に恥じないが、一般人にはあまりにも毒であった。実際に彼の狂気に当てられると、脳が思考を放棄してしまうようだ。
浅見は震える手で、人の仮面を拾って着けた。それを見たアンフェールは鼻を鳴らすと、懐から唐突に拳銃を取り出してノータイムで子供を撃った。
パァン!
発砲音と共に、子供は力なく項垂れてしまう。浅見は子供を案ずるのではなく、実際に目の前で子供の命が奪われた現実に発狂しそうになった。自分の子を教祖代理人に仕立て上げている時点で、そこに親心なんて存在していなかったのだ。
「ひぃ!?」
「はいフセイカーイ! 次間違えたらお前の脳漿でレッドカーペット作るからね〜? アヒャヒャヒャヒャ!」
下卑た笑いをしているが、アンフェールこと羽柴は失望していた。最初は残忍な殺人事件と宗教団体が絡んているということで面白そうと思っていた。しかし、蓋を開ければこんな小物が黒幕とは、興醒めもいいとこである。もっと狂信者のような人間であれば、嬉々として殺していただろう。
羽柴は強敵を求めている。難解な事件、重厚なトリック、常軌を逸した犯人。事件を解きたいのではなく、事件そのものを殺したいのである。
「さぁさぁさぁ! 残るは神と獣だぞぉ? どーっちどっち♪」
犯人と探偵の立場が明らかに逆転している。この間、誰も浅見を助けようなどと思えなかった。彼が事件の犯人だというのもあるが、アンフェールに巻き込まれたくないのが最たる本音である。
浅見はプライドを捨てる選択をした。命より大事なものはないと、獣の仮面を着け、その上で四つん這いになった。
惨めな姿を見たアンフェールは、高笑いしながら満足げに拍手した。
「なぁんだ、ちゃんと自覚できてるじゃないか! おーよしよしえらいえらーい」
「グゥ・・・!」
「全国放送でお前の無様な姿が晒されてると思うと今夜の酒は美味いぜ! あ、そうだ」
そう言ってアンフェールはペルセポネに、さっき撃った子供に何かを注射させた。
すると、数秒もしないうちに、死んだと思われていた子供が平然と目を覚ました。これには、彼らと警察以外の全ての人間が驚いた。
「な、何で生きて!?」
「空砲に決まってんだろ。撃った時に出血とかなかったやんけ。あと、これ硝煙じゃなくてハロタンって催眠ガスだから。別に俺は殺してもいいって言ったんだけどよ、連れ共が反対してうるせえの何のって」
そう呆れたように言うアンフェール。子供を殺す彼を止めた彼女たちの理由として、人情ではなく彼の名声を優先した結果だ。彼が子供を殺す姿を全国放送されるのは、アンフェールと羽柴の名に傷がつくと思ったからだ。
そうとも知らないアンフェールは、不貞腐れたように口を尖らせていた。
「はぁ〜・・・・・・もーいーよー!」
アンフェールがかくれんぼのように合図すると、テレビ局スタッフたちの奥から警官たちがぞろぞろと突入してきた。
世紀の大事件の瞬間を放送すべく、カメラは警官たちを鮮明に捉えている。
警部の支倉が浅見を見つけると、地面についたその手に手錠をかけた。
「浅見、殺人及び殺人教唆の疑いで逮捕する。証拠はアンフェールが確保した命の会幹部と本部にあった武器や書類の数々だ。黙秘権は弁護士にでも言いやがれ」
「・・・・・・」
「あっ、そうそう」
連行されそうな浅見を呼び止めたアンフェールは、そのまま彼に近づいて無言の金的をかました。つまらない犯人だった腹いせに、一撃だけでもお見舞いしたかったのである。ただ、今回はそれだけではなかった。
「グゴァ・・・・・・ッ!」
「俺は正義の味方じゃねえけどよぉ、こう見えて人の親やってんだわ。この俺がガキ一人育てられてんだぜ? 息子育てられねえお前が同じ土俵なわけねえだろボケが」
浅見と支倉にしか聞こえない声で、アンフェールはドスの効いた声でそう吐き捨てた。
翌日、この一部始終は日本を席巻した大事件になった。アンフェールが二度目のテレビ出演を果たし、あまつさえ皆の前で猟奇的な推理劇をしたのだ。賛否両論は膨大で、国会での議論の数十倍も世間は湧き立った。尤も、彼と面識のある人間や組織は表立って彼を擁護はせずとも一切の否定はしなかった。世間の風当たりが強くなろうとも構わないほど、今までのアンフェールの力は大きく、恩も大きかったのだ。
しかし、この議論はアンフェール賛成派の勝利に終わる。イヴと警察による浅見と命の会の裏がすべて明るみに出たからだ。否定派はこれ以上アンフェールを批判できなくなり、陰口並みに声が小さくなっていった。
浅見の息子は、親戚に預けられ薬物による影響のリハビリを受けながら健全な小学生に戻ろうとしていた。流歌がイヴを使ってリハビリステーションの彼を見ると、初めて会った時とは比べ物にならないくらいに明るくなっていた。職員にアンフェールの話をしているから、すっかりファンになってしまって困ったものである。嘘とはいえ自分を撃った人間を虜にするとは、認めたくないが羽柴には理解しがたいカリスマがあるようだ。
「俺の正体を探らなければ殺さないから安心して?」
「イタリアギャングのボスですか? 時でも消し飛ばすんですか?」
『子供を殺さなくて正解でしたね。もし殺ってたら今後が動きづらくなるだけですから』
「イヴの映像がご主人の名誉になって感激です!」
「おまんらワシのこと好きすぎか~? やっと俺にモテ期到来ですかイヤッフゥゥゥ~↑」
階段をケツワープする赤い配管工みたいなテンションになっている羽柴を、面白さと尊敬を込めた目で見る流歌たち。今回は多くの人間を殺せたからと、渋々納得した羽柴はこうして東京の街中を行く当てもなく散歩していた。イヴが「近代美術館に行ってみたい」と言うので、芸術好きな羽柴も乗ってこうして大手町を西に歩いている。
だが、犯人が肩透かしだったモヤモヤは残ったままだ。早いところガス抜きさせないと危ないことになると心配した流歌だが、イヴが急に報告をした。
「あ、ご主人! この先で中学生が高校生4人のグループにカツアゲされてますよ」
「・・・・・・ほぉ~」
『あ、今起爆剤投げ込みましたね』
「これは・・・・・・高校生たちが不憫ですね」
うきうきしながらイヴの案内通りに皇居近くまで行くと、情報通り少年たちが自分より一回り小さい少年を囲んでカツアゲしていた。
「なあ頼むって。3千円だけでいいからよぉ」
「え、いや、普通に嫌だよ・・・!」
「おーおーこの人数前にして度胸あんじゃん」
想像してたより明らかに悪質なカツアゲだ。うわぁ・・・と流歌が引いていると、横を羽柴がスタスタと歩いていく。正義感の一欠けらもない、殴っていい相手が現れたことへの歓喜があった。
羽柴はにやにやしながら少年たちの一人の肩を掴んだ。鬱陶しそうに少年が眉を顰めて振り返る。
「チッ、何だよいった「◯閃!」ブヘェッ!」
羽柴は相手が未成年だとかどうでもいいとばかりに、振り返った少年の下顎を打ち砕いた。歯が一本折れて雑居ビルの路地裏に飛んでいく。殴られた少年は一発でのされ、硬い歩道の地面に無様に倒れ伏した。
「どうだ~い? 視界で黒い閃光がバチバチ弾けた?かなかな?」
「うおおお!? なんだよオッサ・・・ン・・・」
いきなり殴られた少年の仲間が、最初はイキっていたがどんどん顔が青くなっていく。その理由は、羽柴が強面とかではなく、狂気満開の危ない人間の目をしていたからだ。もっとヤバい奴に捕まった不幸を、この時少年たちは恨んでいた。
「こんにちは、漁夫の利おじさんです。俺に金払って殴られてみないかい?」
そこから先は、少年たちが可哀そうになるくらいの蹂躙だった。白昼堂々殴り合いが目の前で勃発し、皇居の堀に投げ落とされたり、車道を走る車のサイドミラーに頭をぶつけられたり、一番ひどいのは木製の柵に少年をパワーボムして後遺症度外視の技を決めたことである。さり気なく池に投げた少年のポケットから財布を抜き取っているのも悪辣だった。
イジメられていた少年は、本物の悪童による、現実離れした高校生狩りのような暴力劇を撮影し、翌日学校のクラスメイトと共有した。
なお、この動画がSNSでバズって今後の不良アクション映画に影響を与えたのは四方山話であり、動画を目撃した支倉に電話越しの説教をもらったのも閑話である。
この後書きを書いている頃、アタシは諸事情により18時間仕事してるだろう。
寝るように死にたいです。




