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【1万PV突破!】アンフェール〜探偵にネジは存在しない〜  作者: ディスマン
アンフェール&ホームズ vs 切り裂きジャック
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晴れ間に傘は必要ない

番傘が欲しくなってきた

 霧で微かに湿った頬を撫でる。指先には返り血が付着していて、指の腹を滑らせた。灯りが乏しいせいで、本来赤黒い血色は黒に限りなく近くなり、男には悪魔の娘に見えた。

 脇腹に蹴りが入り、レンガや瓶を薙ぎ倒す。泥と水と小動物の糞で汚れた制服は、正義など象っていなかった。口の端から細く血が滴り、それが一滴地に落ちる度、自分の中身が空になっていく気がした。


「さあどうします? 死にますか? それとも牢獄に行きますか?」

『私はどっちでもいいですよ。どうせホームズさんが確保してくれているでしょうし』

「・・・・・・う、ウアアアアアアアアアア!!!」


 刃物と鈍器を向けて恐ろしいことを言ってくる悪魔娘たち。一人だけでも道連れにする覚悟で男は空の瓶ビールを割って特攻した。巴は完璧に避けたが流歌の腕を掠ってしまい細く切傷が生まれた。ただで転ばないとばかりに、流歌は全力で男の顔にフルスイングを叩き込んだ。男は宙を舞い、空中で半回転したところで巴が横から蹴り飛ばし、ゴミの山に埋もれてしまった。山の中から出ている男の足はピクリとも動かない。


「・・・・・・はぁ〜〜〜」

『なるほど、流歌さんは平常時と戦闘時のオンオフが激しいタイプですか』

「日曜朝の少女アニメってこと?」

「つまりプ◯キュアってことですね!」

「そのスマホにはウイルスバスターが必要かな?」


 ホームズも今しがた終わったようで、アンフェールの隣りに立ってタバコに火をつけた。これで長い夜は実行犯二人の確保によって幕を閉じた。





―――――なんてことはなかった。


 表通りに一台のパトカーが止まり、中から刑事が降りてきた。少し太ったその男は、警察バッジを提示して身元を明かす。


「遅くなった。刑事のエバンズだ。通報を受けて駆けつけたが、彼らが切り裂きジャックの正体か?」

「あぁ。まさか市民を守る警官が切り裂きジャック犯人候補の狂信者だとはね」

「全くだ。手段は面白いのに同期がクソつまらん」

「誰だこの仮面の男は?」

「アンフェールだよ。日本から呼んだ協力者の」


 アンフェールとホームズは、エバンズと名乗った刑事に事の顛末をざっくりと話した。二人を連行しようと起こしてパトカーに連れていく瞬間、ホームズとアンフェールは彼の肩を叩いた。


「どうしたんだ?」

「こいつらを連れていく前に、一つ聞きたいことがあってね」

「何か?」






「なんでエバンズ刑事がここに?」


「それはどういうことだ?」


 ホームズの問いに、エバンズは不審げに問い返した。エバンズとしても、何もおかしなことはないはずだった。


「俺は通報があったからここに来たんだぞ。声的にそこの男から」


 エバンズはアンファールを指差した。確かにアンフェールは、傍観する時に「レストレイド警部でも呼んでおく」みたいなことを言っていた。

 だが、それは言っていただけなのだ。


「俺は通報なんてしてねえ」

「え? いやでも確かに通報が・・・」

「通報したのは俺じゃなくて、そこのボロ雑巾になってる犯人だろ?」

「は?」

「僕らは誰も呼んでいない。つまり、アンフェールが電話を匂わせたことで君の()()()がタイミングを見計らって回収に来るツテを呼んだってことさ」


 エバンズの肩を掴む手に力が入る。冷や汗がたらりと頬を流れ落ちた。


「よく考えれば、警官にならないとこの殺人計画は破綻する。つまり、内部に共犯がいなければならない」

「かと言って内部に殺人の動機を持つ人もいない。お前の動機は、マッチポンプ検挙だな? 犯罪を計画している人間を警察内部に引き入れて協力し、美味しくなったタイミングで犯人を知っているお前が逮捕する。いやぁ素晴らしくクズですねぇ!」


 にこやかに言ってはいるが狂気性が目に出ている。ホームズも柔らかな笑みが逆に恐怖を煽っていた。


「警察に通報すると見せかけて、協力者をあぶり出す。これが俺とホームズの計画の最終段階ってワケ」

「ちなみに私たちは嘘はついていないよ。彼が本当に呼んだ警察が、あと3分もしないうちにここに来るからね」

「は、ははは・・・」


 乾いた笑いが出てしまった。この後に自分が何をされるのか、何となく察しがついてしまったのだ。こうなれば話術で誤魔化すのは至難の業だ。


「じゃあ死ブベッ!」


 振り返りざまに銃を発砲しようとしたがそれが叶うことはなかった。ホームズとアンフェール、二人の拳が同時に顔面に叩き込まれたのだ。エバンズは背中を強く打ちつけ、周辺には四本の折れた歯が転がった。


「ぃよっしゃあ!!! やりたかったんだよねコレ! 某文豪のアニメで福沢諭吉と森鴎外がこんな感じでやってたの見たことあるんだよ」

「アンフェールにしては優しい対処法だったかな。運がいいね、エバンズくん」


 ホームズはともかく、アンフェールは絶頂だった。作戦は成功し、新たな闇の探偵も誕生。否、覚醒した。英国でこれほどの躍進は想定外だ。やはり第一次世界大戦の日英同盟は英断だったのだ。


「何考えてるのかお見通しですよ」

「じゃあ一緒に当時の首相を讃えよう。桂太郎万歳!」

「薬やってないですよね? 自前の発作が起きてますよね?」


 倒れているエバンズを無視して談笑が始まると、まだ抵抗する力があるのかエバンズは起き上がろうとしてきた。


「まだやんの? ホラゲーの中ボスみたいなタフさだな」


 それを見たアンフェールは、伸びた警官からくすねた拳銃を彼に向けて、躊躇いなく引き金を引いた。銃弾はエバンズの外腿を貫いて地面と肉を少し削った。


「ぎゃああああああああ!?」

「銃撃つのも宮崎県の時以来だな」

『あ、殺さないんですね』

「あっさり殺したら勿体無いでしょう」

「どんどん俺色になってきてくれてありがとよ」


 人を撃ったというのに、だれもそれに対してリアクションはない。エバンズは、まるで魔境に放り込まれたような恐怖と孤独に蝕まれていた。

 それよりも理解できないのは、なぜこの場所で銃が撃てたかだ。共犯者たちのリークでは、ここは揮発性の可燃気体があると聞いていた。


「なぜ撃てた!? ここはガソリンの気体が漂っているって・・・!?」

「あぁコレですか?」


 エバンズの疑問に答えたのはイヴだった。彼女は一枚の画像を画面に映し出した。そこには、なにか霧状のものを噴出している機械が映っていた。周囲の環境から、この路地裏だろう。


「イヴたちがこの路地裏に撒いたのはガソリンではなく、チオフェンです」

「チオ・・・フェン?」

「化学専攻じゃないと分からないでしょうね」


 化学のプロフェッショナルであるベアトリーチェが、チオフェンというこの空気中に散布されている物質について説明した。

 チオフェンとは、有機化合物の一種で、硫黄を含む複素環式化合物のことだ。化学式は C4H4Sで、染料や医農薬の原料に加え、オリゴチオフェンやポリチオフェンといった形で有機EL、有機電界効果トランジスタ、有機太陽電池などのハイテク分野の材料として幅広く活用されている。

 特に面白いのは、ガソリンや灯油といった揮発油と匂いが近似していて、天然ガスの漏洩探知に使われてもいることだ。


「そりゃ匂いがガソリンだったら火器なんて使えんわな。てかさぁ、そんなもんを風通しのいい外で使うわけねえだろバァァァカ!」


 そう言ってアンフェールはエバンズの口に銃口を押し込み、頬の内側に当てた。そして、馬鹿笑いしながら弾が無くなるまで連射し、頬を穴だらけにした。欠損したバケツのように、血が地面に垂れ続ける。エバンズは最初の二発で気絶してしまっていた。運がいいことに、それ以降の弾丸は全て空いた頬を通り過ぎただけで、気絶以上のショック死は逃れられた。


「ご主人、あと40秒で警察が来ますよ〜!」

「そーかそーかァ! じゃあ今の無駄弾は二人のアンフェール一味としての初名乗りの祝砲ってことにしよう」

「結婚式で新郎新婦に命中した事故ぐらい笑えませんよ」

『昇天できそうでいいですね』


「これが、噂の闇の探偵、か・・・」


 血と重傷人が横たわる闇の入り口で談話をする彼らにホームズは、計画通りといった表情で微笑んだ。




 逮捕とは名ばかりの救急搬送の形で、エバンズ一行は病院に連行されていった。命に別状はないだろうが、重傷であることは違いない。犯人逮捕、というより私刑執行の方が正しい結末だったように思えた。

 警察と救急隊の仕事を眺めながら、マスクを脱いだ羽柴はホームズにずっと気になっていたことを聞いた。


「なぁホームズ。お前は俺らを軽い理由で今回の事件に呼んだとか言ってたけどよ・・・・・・実は違うよな」

「その心は?」


 突然の羽柴の言葉に、ホームズは動揺を見せることなく澄ました顔で根拠を催促した。


「シャーロック・ホームズはあくまで事件を解決する名探偵だ。だから犯人はお前を恐れるが、犯罪者は恐れない。だから事件は解決できても予防はできない。

だから俺らを呼んで一役買ってもらった。俺らが犯人を普通に殺す18禁バットマンだと知ったお前は、今回の事件と俺らを利用して、ロンドンの闇に恐怖という抑止力を作った。『悪いことすると殺される』夜更かしする子供を寝かしつけるみたいなの お伽話を生み出すことが、お前の真の目的。どうよ、この俺の推理は?」


 ホームズは誰もが知っている世界一の探偵だ。こんな事件、アンフェールがいなくても解決はできた。しかし、そうすればまたホームズを恐れない未来の犯罪者が事件を起こすだけ。どれだけ推理して解決してきた体が子供の名探偵がいても、事件は一向になくならないものなのである。

 だからホームズは、犯罪者も慈悲なく殺す探偵の伝説を聞いて利用する計画を思い立ったのだ。この優男、とんだ食わせ者である。しかし、それくらいの策士でなければ世界一と名高い探偵になどなれはしない。

 羽柴の推理に、ホームズは少しの間の後にパチパチと拍手をして両手を上げた。降参の意を示したのだ。


「完敗だよ、アンフェール。全て合ってる」

「イエス! あのホームズに勝ったぜ!」

「じゃあどうする? 利用されたということで私を殺すのかな?」

「うーん、お前が犯罪者とか並の一般人ならそうしたけど、ホームズの上を行ったという名誉をえられたからチャラにしてやるよ有難く頭を下げて感謝しなはれや」

「その天上天下唯我独尊ぶり、流石だね」


 ホームズと羽柴は好敵手と出会ったかのように好戦的に、かつ称賛するように笑った。さっきホームズは負けたと言ったが、結局この時まで手のひらの上で踊らされていたことは事実なのだ。言葉に出さないが、羽柴は勝利というより引き分けという認識の方が強かった。


「さて、もう真夜中だけど酒でも飲みにいくかい?」

「お、マジで?」

「キングスクロス駅の近くに良いパブがあるんだ。特にエールとワインが美味い」

「途中でチンピラがいたら9と3/4番線に叩きつけてホ◯ワーツ特急に乗せてこうぜ」

「また変なスイッチ入っちゃいましたよ。ホームズさんが介護してくださいね?」

「手厳しい助手さんだね」

『お腹すいたのでビーフウェリントンが食べたいです』

「イヴもお酒飲めたらなぁ〜」

「お前にはたまごっちみたいに酒の再現データでもくれてやるよ巴が」


 切り裂きジャックに支配されていた数日の夜は、夜明けに浄化される前に、同じ闇に塗りつぶされた。

 夜は、まだ彼らを待ってくれていた。

ちょっと書きたい長編小説があるので、アンフェールは暫く休載します。冨樫先生ほどかからないと思う。多分。

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