悪夢に醒める時
バリツ!
効果:ム◯カの目が潰れる
霧の都のある路地裏は、まるでそこだけ混沌としていた近代ロンドンに逆戻りしたかのようだった。たった10mに満たない長方形の空間で、男と男、女二人と男の死闘が繰り広げられ、それを傍観する男が一人。
ホームズは警棒に対し杖を構えて、暖簾に腕押しを体現するような華麗な捌きを見せていた。そんな光景が20秒ほど続き、疲労が出始めた頃、最も威力がない柄に近い部分を打って軌道をズラし、返しざまに二の腕を打つ。距離をとった男はホームズから視線を外さないまま、打撃で痺れた右腕をほぐすように振った。
「私はアンフェールとは違って殺戮を楽しみはしないよ。その代わり、後遺症は覚悟してくれたまえ?」
「フン、ガソリンの霧が無きゃ撃たれてたくせに」
「それは言い返せないなぁ」
男は新人警官らしからぬ俊敏な動きをしていた。警察学校での成績は上位クラスだろう。しかし、訓練と実戦では天と地の差がある。次第にそれは優劣に現れ、男の体に重い一撃が入りやすくなってきた。
そもそも、杖と警棒ではリーチに差がある。素材は男の武器の方が頑丈で重いが、ホームズの長い杖が生み出す"しなり"に比べれば大したものではなかった。
「よっ」
「グァッ・・・!」
翻弄され続けた男は、ホームズの突きによって警棒を落としてしまった。止めを刺しに近づこうとした瞬間、男は地面に落ちていた脆い石を砕いてホームズに目眩しをした。ホームズは目を瞑って数m後退した。足元の浅い水溜りがチャポンと音を鳴らす。
男は、ホームズの隙を見て踏み出せないほど度胸がないわけでもなく、余裕もなかった。
「ッ!」
「死ねェェェ!」
チャンスとばかりに男は左手で警棒を拾い、頭を真っ二つに割らん限りに振りかぶった。水音がした直後、嫌な音が路地裏で一瞬響く。地面にカランと金属を落とした音が遅れて鳴った。
「オェェェェ・・・・・・!?」
「好機は音を立てて現れてはくれないよ」
落ちたのは警棒で、入ったのはホームズのカウンターだった。ホームズの杖が、男の鳩尾に突き刺さっていたのだ。
目を眩まされて後退したホームズは、水溜りのある直線に犯人を誘導し、追撃しようと近づいてきた距離をその水溜りの位置と音を頼りに反撃したのである。胃を貫く衝撃に、男は白目を剥いて倒れ伏した。
「犬のおまわりさんが、ただの野良犬になった瞬間だったね」
近くに捨てられていた犬用の皿を目の前に置いて、男の懐から手錠を奪ったホームズは、両手を拘束してアンフェールの二人がどうなっているか見に戻った。
――――――――――――――――――――
ホームズの決着が着く少し前に遡る。
流歌と巴、いやペルセポネとベアトリーチェは二人がかりで片方の男を追い詰めていた。女性とはいえ、手数はペルセポネ達の方が格段に上である。加えて、ナイフと警棒というリーチの差を活かした二段攻撃が、男の体力を着実に削っていた。
屈指の殺人鬼であるベアトリーチェがナイフでとにかく翻弄し傷を作り、経験の浅いペルセポネがその傷口を抉るように追撃する。文字通り傷を作りながら狙ってくる陰湿なタッグ戦法に、男は急速に窮地に追いやられていた。もう先のことなど考えてはいられない。高校生くらいであろう女は甘いだろうが、もう一人の女は容赦はしない。何であろうと確実に殺しにかかってくることは、立ち会って本能で感じていた。
故に、脅威の低い方を先に処理することにした。彼は徹底的にペルセポネを狙う作戦に出た。決して二人に挟まれないよう、ベアトリーチェとの対角線上に必ずペルセポネがいるように立ち回る。作戦が不幸にも功を奏し、ペルセポネが矢面に立たされることとなった。リーチの短いナイフを使うベアトリーチェは、今までほど援護ができていない。
「うッ!」
『ナイフが届きませんね・・・!』
「ハハハハハッ! 二人がかりでその程度かよ!」
段々と敵のギアが上がってきた。有利に戦況が傾いたと見るや、積極的に警棒を振るう。二人とも何発かいいのを貰ってしまい、軽く内出血を起こしていた。
「責めきれません」
『どうしましょうか』
「おーい、茨城県の殺人事件覚えてるかー?」
苦戦している二人に、突如アンフェールから声がかけられた。急に過去の事件のことについて、二人に話し出した。
その事件のことを二人は知っている。外部犯のせいにするため、家の包丁と全く同じ包丁を用意し、犯行後に凶器をすり替えた事件だったはずだ。
『凶器のすり替え』。この言葉が、二人に閃きを齎した。同じようにペルセポネが前に立ち、ベアトリーチェが後ろに構える。そのままじりじりと距離を詰めて、同時に男とペルセポネは獲物を振った。甲高い金属音がしたが、男とペルセポネとの打ち合いの中では聞いたことのない音と感触だった。男が彼女の手を見ると、そこに警棒は握られていなかった。
「ナイフ、だと?」
ペルセポネの手には、ベアトリーチェが持っているはずのナイフが握られていた。まさかと思った瞬間、急激に伸びたベアトリーチェのリーチが、男の脳天に直撃した。その手には、ナイフの代わりにペルセポネの警棒が握られていた。
「ぐぁッ!?」
男が頭を押さえながら、よろよろと後ずさる。
『何がヒントになるか分からないものですね。どうですかペルセポネ? 人を斬るのは怖いですか?』
「・・・不思議ですね。今はなぜか怖くありません」
「そりゃそうだろ。身内でもねえ奴殺すのに何で良心の呵責が生まれんだよブァカがー!」
心底馬鹿にしたようなヤジが飛んできた。マスクで見えないアンフェールの顔が余裕で脳内投影される。
「ペルセポネちゃん、道徳や善悪は国家と世間を上手く機能させるための教育的産物でしかねーんだぞ。考えてみなよ、もしお前が道徳の授業を受けず、殺人罪も存在しないような世界で生きていたとして、殺人への嫌悪や罪悪感があるか?」
ここでアンフェールの十八番である人身掌握が味方であるペルセポネを壊しにかかる。長年の関係によってペルセポネの心は、自覚に関わらずアンフェールによって簡単にスイッチが入るようになっていた。そして、ここでペルセポネは初めて自らに絡まっていた余計なものを捨てる決意をした。
「―――ないです。人はいつか死にます。事故、病気、自然死、殺人・・・。結果の見た目が違うだけで、全ては平等なんですね」
「ヒヒヒヒヒヒ、いいねぇ。ようこそ新人類の世界へ!」
何かを悟ったペルセポネに、アンフェールはひじょうに満足していた。良い子ちゃんのペルセポネも悪くはなかったが、一向に次の次元へ昇らないことにヤキモキしてもいた。しかしここで遂に彼女は旧人類の皮を引き裂いた。その証として、ペルセポネは初めて刃物で人を斬ったのに、表情に怯えなどは何も現れなかった。むしろ、アンフェールに似て瞳孔が開き、笑ってはいないが明らかな狂気を持っていた。
つまり、いまペルセポネは、瀕死から蘇った現代最強呪術師くらいハイになっていたのだ。
「ぎゃあああああ!!」
躊躇も邪魔な人間性も脱ぎ捨てたペルセポネは、表情ひとつ変えることなくベアトリーチェと武器をすり替えながら斬って殴り続ける。紺色の制服の上からも分かるほどに出血が目立ってきていた。
「そんなに痛がらないでくださいよ。打撃と違ってナイフは痛いんじゃなくて熱いらしいですから」
『もしいきのこったらレバー肉を食べることをお薦めします』
「ひゃっほー! マトモなのは俺だけか! いたいけな乙女が遂にクレイジーサイコになっちまった! 一体誰がこんな酷い(笑)ことを!」
誰もツッコむ登場人物がいない為、地の文が代弁させていただく。
お前じゃい。
セリフって小説の中で一番ダルい作業なんです。
頭の中で話し過ぎて筆が追いつかないからです。
クソして寝ててくれ羽柴。