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翼を捥いだクルースニク

 今回のことを現実でやったら賛否両論だろうと思いになるでしょうが、アンフェールはこーゆう奴なので気にしないでください。

-10分後 医学研究棟地下一階解剖学習室-


「そろそろかな?」

 羽柴は1人で、いや厳密には()()でとある人達が来るのを待っていた。格闘で荒らされた部屋はそのままに、解剖台に片膝を立てて腰掛けている。少しすると、部屋の外からドタドタと慌ただしい足音が聞こえてきた。


ドンドンドンッ!

「アンフェール!居るか!」

「よぉ支倉警部。そのドアガッチリ閉まってっから破った方が早えぞー」

 外から聞こえたのは、支倉の声だった。慧聖女子大に着いた時、電話で読んでおいたのだ。

 2回ほどドアを蹴る音が響き、3度目でようやく開け放たれた。支倉の目に最初に飛び込んできた部屋の中は、かなり荒らされていた。医学道具や設備は床に落ちて倒れている。唯一固定されて微動だにしない解剖台の上で、見知った顔の探偵が座っている。しかし、今日は少し様子が違った。

 前まで着けずに、今日で何年振りかに見たアンフェールとしての顔だった。顔の下半分は口が裂けた笑顔のピエロ、上半分は狂ったように目を開いている般若のようなデザインが施された特製のマスクで覆っている。何度見てもまさに地獄を顕現させたようなおっかないマスクだと、支倉は(かす)かに身を震わせた。


「おいアンフェール、こりゃ一体なんだ?」

 支倉が、呼んだ理由を羽柴に尋ねる。

「昨日の事件の終着点さね。電話で言った通り、ちゃんと俺の通り名で呼んだな。警官も来てるだろうが、忘れてねえよな?」

「ああ、ちゃんと連れて来たよ」

支倉が部屋の中に入ると、後続の警官を押し退けてカメラやマイクを持った数名の人たちが入り込んで来た。テレビ局の奴らだ。


じゃあ、復帰戦はド迫力に飾ろうか






-同時刻 私立黎明学園-

 月曜日のため、流歌はいつも通り学園に来ていた。この学園は、共学でありながら女子の方の数が多く、敷地も都内では広い部類に入る。おまけに、偏差値は平均70の難関校でもある。元々流歌の頭が良かったのもあるが、勉強面は義父の羽柴によるサポートが大きかった。そのおかげで、こんなにも良い学校に通えている。

 今は丁度昼食を終えて、生徒たちが昼休みを謳歌(おうか)している。1年4組の教室、1番窓側で前から4番目の席に、流歌は座って羽柴の言っていた生放送をスマホで待っていた。

 できることなら一緒に行きたかったが、流歌もまだ女子高生だ。家の仕事とはいえ学校はサボれない。羽柴は「大学は出ようぜ!そしたら俺とお揃っちだぞイェーイ」と、義父と並びたい流歌を説得してあるため、大学までは平日は基本的に勉学と青春に使うことを約束した。

 流歌の中で就職先は決まっているため、大学にさえ入れば自由な時間を調整して事件の手伝いをするつもりだった。

 生放送の始まりを待つ流歌に、2人の女子が近づいてきた。


「どうしたの流歌?ずっとテレビチャンネル見たままで」


 流歌に話しかけてきたのは、中学からの同級生である霧島(きりしま)玲音(れいね)だ。

 黒く艶のある長い髪にキリッとした目からは真面目な印象を受ける、この学園の生徒会書記である。

 どうやら流歌が何かを待っている様子が気になったようだ。


「お父さんから昼の生放送を楽しみにしててって言われたらしいですよ?」


 もう1人は、この学園に入って最初の友達である鷹司(たかつかさ)雛子(ひなこ)

 日本の中でもトップレベルの(れっき)とした名家のお嬢様で、イタリアと日本のハーフでもある。ホワイトベージュの髪色に、ミディアムのストレートパーマとイタリア色の強い髪色だが、瞳は濃いブラウンだしこう見えて剣道部主将を務めている。

 流歌は学園では基本的に、この三人組でいることが多い。それぞれ部活や活動がある時はそれに専念するが、友達らしく外に遊びに行くし羽柴の事務所にも遊びに来たことがある。

 つまり、羽柴がアンフェールであることは承知なのだ。それでも、部外者にその情報を漏らしたことは一度もない。だから、流歌はこの2人を特に信頼していた。


「へえ、羽柴さんが。その生放送っていつ始まるの?」

「もうすぐな筈です」

「また面白いことでもやるんですかね・・・・・・あ、始まりましたよ!」


 チャンネルが緊急生放送に移り変わり、どこかの部屋らしき風景が映り込んだ。そこには、荒れ果てた研究室のような場所だった。実験器具らしきものが床に散乱しており、所々には血痕が見えた。

「え?どこ?」

「流歌さんは知ってますか?」

 玲音と雛子が流歌に場所を聞いてくる。

「慧聖女子大学の医学研究棟、そこの解剖学習室です。朝に正爾さんが言ってました」

「あー、あそこですか。確か医学部の教授が噂になってましたね。すごい女性人気が高いと聞いてます」

 荒れた床や棚を映していたカメラが、中央の解剖台に向いた。画面端に、後ろ姿から恐らく支倉さん、そして懐かしいあのピエロと般若を掛け合わせた奇抜なマスクを着けた羽柴が映っていた。


 『あ、貴方があのハングドマン殺人事件で実在が証明されたアンフェールさんですか!?』

 キャスターがアンフェールこと羽柴に問い掛けた。それに対して彼は、おちゃらけたような軽々しい態度で答えた。

『どうもー。名探偵アンフェールでーす。せっかく世間が忘れてたってのに、地獄から呼び出されちまったよ支倉コノヤロー』

『日頃の行いだバカヤロー。お前も大してこないだの報道で応えてないだろうに』

『いやガッツリ半日は自棄(やけ)酒と映画に逃げたわ!』

 カメラの前で、支倉と羽柴が友人のような会話を繰り広げる。マスクを着けているせいで会話と見た目のギャップがかなりエグい。


「相変わらずねあの人も。でもこれでアンフェールの復活ね」

「今後さらにカオスなことになる気しかしませんけどね」

「あ、そうだ。今度お父様も交えて遊びに行ってみませんか!」

「それ凄い絵面になりませんか・・・?」


 そうこうしている間にも、放送は進んでいく。支倉が、解剖学習室に警察とテレビを呼んだ理由を問いただした。

『で、俺らをここに呼んだ理由は何だ』

『か弱い娘を殺して血で興奮する吸血変態野郎を◯ンスターボールに閉じ込めたから』

『なんだと!?』

 先日の殺人事件の犯人を捕まえたことを察した支倉が驚愕する。その光景を画角で収めようと、ちゃっかり引きで二人をカメラが映していた。

『で、その殺人犯は何処に捕まえているんですか!』

『おい俺のセリフ!』

 撮れ高を察知したキャスターが、支倉のセリフを取り上げてアンフェールに迫る。それに羽柴は芝居がかった言動で返答した。


『吸血鬼ってよぉ』

『?』


 急に吸血鬼の話を始めた羽柴に疑問符を掲げるテレビクルーと支倉。しかし、カメラマンはこの様子は絵になると判断し真正面から全体像を映し始めた。


『元々はルーマニアのヴラドって王がモデルになっててよ。敵の戦意を削ぐために人質を全員串刺しにして敵軍に見せつけ、その中で平然と肉やワインを食べていた。だから人の血肉を食う吸血鬼と称された』

 羽柴は解剖台を降りて奥の棚に寄りかかる。

『それ以降、近代から吸血鬼は怪物や死者として扱われる。ほら、棺桶でよく寝てんだろアイツら』

『・・・まあそうだけど。それがどうしたんだ?』


 羽柴は棚の上に置いてあったステンレスハンマーを手に取り、壁の遺体安置棚に近づいていく。

 そして、そのうちの閉じている棚の扉を思いっきり叩いた。


ガアァァァァン!!!


『アアアアアアアアアアアアアア!』

「『え!?』」


 すると、突如安置棚の中から男性の断末魔が聞こえた。中で踠いているのか、時折中から棚を開けようと叩いて扉がベコベコ揺れる。ハンマーをユラユラと揺らしている羽柴の姿は、誰がどう見ても殺人鬼のそれだった。


『吸血鬼は棺桶にってな。ボコボコにしてこん中にいるぜ?連続殺人鬼の水越教授がよぉ』

 棚に閉じ込められているのは医学部教授の水越だった。支倉が到着する前に、遺体安置棚に閉じ込めたのだ。しかも既に誰かの遺体が入っている棚に。

 そのことにも驚きだが、支倉はもう一つの事実に驚愕した。

『連続殺人鬼だと?』

『こないだの公園での事件以外に、近所で3件の女子行方不明事件があるだろ?全部コイツだった。録音もしてあるし、後で解放されたコイツに聞いてみれば?多分全部ぶち撒けてくれるぜ』


 羽柴はその間にも、ハンマーで水越が閉じ込められている棚の扉を叩き続けた。時にはハンマーではなく拳で叩いたり蹴りを入れたりしていた。

 叩く度に水越の悲痛に満ちた叫びが映像越しにも伝わる。羽柴のことをよく知っている支倉や流歌たちはまだ平気だが、テレビ局のプロデューサー以外はドン引きもいいとこだった。誰かの口から「ヒッ」とか細い悲鳴が漏れた。


ドォン! ドォン! ドォォン!


『ひぃぃぃ!!認めるから!全部自白するからもうやめてくれぇぇぇぇ!!!!』

 全ての罪を扉越しに認めた水越の声は、喉が裂けそうな程に大きく必死だった。これが人間味や道徳がある普通の人間なら出してくれただろう。しかし、残念ながらさっき自分が殺そうとしていた相手は、犯罪者にとって天敵とも言える日本史上最狂の狂人(サイコパス)だった。



『ギャハはハハハハハはハはァ!!!つれねえ事言うなよ水越クゥン!死体と寝れて最高だろ?リビドーがムンムン湧いてくるだろ!?これからテメェは真っ暗な監獄にブチ込まれんだ。頭が真っ白になるまでセロトニン分泌してこうぜェ!』


ドゴォォォン!!!


『――――――――――!!!!』

『ギャハハハハハハァ!!!!!』


 なんて酷い拷問なのだろうか。遂に水越の声が言語化できないレベルとなった。恐らく、もう中で気絶してしまっているだろう。水越はこれまで4人もの女性を、流血を見たいという自分勝手な快楽のために殺してきた殺人鬼なのだろう。

 だが、人を殺しているか否かの違いしかないのに、羽柴の方が地球上の何よりも恐ろしい存在に見えた。支倉は、解剖台にばと拳を打ち下ろして爆笑するアンフェールこと羽柴を見て頭を抱えた。




 それからすぐ、水越は安置棚から救出された。出てくるなり警官たちに泣き(すが)り、早く連行してくれとせがむ始末だ。その傍らで羽柴は、演出のために呼んだテレビ局に生放送の映像の焼き増しをお願いしていた。家に保管して酒の肴にするつもりである。

 大学を出てパトカーに入れられる水越を、女子大生達は驚愕と半信半疑の目で見ていた。あの水越教授がそんなことをするなんて信じられないといった感じだ。カメラもその表情を捉えていた。

 警察が正門から去った後、遅れてアンフェールのマスクを着けたままの羽柴が門にやってきた。カメラが羽柴に向いた途端、彼に気づいた女子達が群がってくる。中には生放送を見ていて医学研究棟の前まで押しかけた人もいた。これが若者の良い所でもあり悪い所だ。新しい話題を与えてやればすぐそっちへ夢中になる。殺人事件も流行が終われば第三者にとってはただの記憶に成り下がるということだ。

 テレビクルーのスタッフの一人がそんな哀愁のあることを考えていても、当の探偵アンフェールは呑気に生徒達と写真を撮りまくっていた。




「・・・・・・」

「なんか、今回はかなり強烈だったわね」

「味方にする頼もしい、と言うべきですかね」

 流歌達は生放送が終わった後も少し唖然としていた。2人はそんなに見たことないが、流歌はこんな風景を何百回以上も見てきたのだ。それでも流歌が黙っているのには、あのやり過ぎな映像以外の理由があった。

「・・・・・・正爾さん、沢山の女の子に囲まれてましたね」

「あー・・・女子大だし仕方ないんじゃないかしら」

「殿方なら幸せなことなのでは?」

「ちょっ!」

 羽柴のためにフォローした玲音だったが、雛子の一言でご破算と化した。俯いていた流歌の顔が上がる。言葉で表すなら、ジェラシー一色(いっしょく)といった顔だった。


「正爾さんが帰ってきたら説教です」

「程々にしといた方がいいわよ。というか羽柴さんがまともに貴女の説教を受けると思う?」

「正爾さんのお気に入りの本とお酒を人質、いやモノ質に取ります」

「事務所で事件起こす探偵って何・・・?」

 流歌が羽柴に説教を決意したのを区切りに、4限目のチャイムが学園に鳴り響いた。









 夕方、水越はそのままトントン拍子で連続殺人事件の容疑者として起訴された。今までの事件も共犯ごと自白したらしい。「こんなことなら録音しなくてもよかったかな」と思っていたが、証拠は証拠と有り難く貰っていった。

 あの生放送は、良くも悪くも大盛り上がり。やり過ぎだと否定的な意見も多かったが、犯罪に対する脅威だとかダークヒーローだとか好意的に受け取ってくれた人も同じくらいいた。あまり悪い気はしない。

 水越の顔と名前は公表されるし、連続殺人なら終身刑か死刑が妥当だろう。つまり、歴史的大事件を解決したと言っても過言ではない。共犯の長岡らも、午後には警察に自首した。死体遺棄くらいの罪しかないから、共犯とはいえ軽く済むだろう。また、水越の精神状態がヤバかったらしく、正常な状態に落ち着かせるために精神安定剤も投与したらしい。

 それでも、羽柴はやり過ぎたとか反省は一切しなかった。

 罪人になったのが悪いだから誰も文句は言えない。それが、探偵としての羽柴の思想だ。


「いや〜久々にあんなに女の子に囲まれたな〜」

 もっとも、羽柴の頭にはそんなシリアスなものは存在しない。休日出勤で報酬も割高になりウハウハとしか思っていない。事件は所詮、己の快楽ついでの仕事だし、最終的に金を稼いで犯罪者を殴れれば満足。被害者のバックボーンも捜査のためなら知ろうとするが、個人的には一切興味なし。

 それでこの事件解決率の高さなのだから、神様はなんて酷な人間を生み出したのだろう。



 事務所に帰ってきた羽柴を待ち受けていたのは、羽柴秘蔵の日本酒とまだ読み終わってないお気に入りの本の続編を人質にしている流歌だった。


「うおおい!?何をやっとるだオマエ!」

「娘の私がありながら女の子達とイチャイチャし過ぎです。テレビで観てて不快でした。よって賠償を要求します」

 時すでに遅し。羽柴の大事なものが身内に拐われてしまった。

 一体今日の何がいけなかったのか?羽柴の壊れた頭で考えても何も出てこない。羽柴は事件を解決したばかりだというのに、またもや第二の事件に挑まなければならなくなった。

「モノ質取られてる時点で正義はこっちだろ!

脅迫罪だー!酒と本を解放しろー!」

「では直ちに女子大生の匂いが染みついているその服を洗濯機に入れて着替えてください。そしてお酒を飲みながら私と本を読んで甘やかすのです」

 意外と可愛い流歌の要求に、なんだそんなことかと羽柴は屈してやってもいいかと一瞬過(よぎ)ったが、無条件で呑むのはなんかムカつくので逆に条件を出した。


「ならお前も着替えろ。できればミニスカナースを所望する!」

 何の恥ずかしげもなく流歌にコスプレを要求した。だがこんなカオスなことは日常茶飯事である流歌は、顔色一つ変えずにツッコみを入れた。

「どさくさに紛れて義娘にコスプレさせないでください。・・・甘えさせてくれるならいいですけど」

「やりぃ!」

 羽柴の気分のせいで、モノ質事件が意味不明な共同読書になってしまった。だが甘えさせてくれるならいいかと納得した流歌は、羽柴が洗面所に行っている間にウォークインクローゼットを開け、奥に掛かる薄ピンク色のナース服を手に取った。

 そんな月曜の夜に、街を照らし出すのはサーチライトではなく、闇夜を飛び交うコウモリもいなかった。






 こうして吸血鬼は恐怖と苦痛の中で、狩人の体にかかる己の血を見ながら暗闇に堕ちていった。

パノプティコン、解決!

このタイトルって、実際に本当にある監視体制の名前で円形か放射線状の牢獄に一つの監視塔で監視できる優れものらしいです。

今回は死体の状況と重ねてみました。

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