ペスト
同レベルの味方とか敵がいるとすごい書きやすいなぁ
「ハハハッ環境活動家を轢き殺したとは思っていたけど、本当にやるとは流石アンフェール」
店を出た一行は、三件目の現場であるダーウォード・ストリートに来ていた。イギリス人一人と日本人三人の異色のグループは、ただ歩いているだけでも通りの人々の目を引く。ホームズがさっきの一連の出来事の原因について感心したように頷いているが、悪意がないせいでより皮肉めいてしまっている。
「やっぱ推理して知ってた感?」
「空港からロンドン市警まで行くだけならもっと早い。それに、あのアンフェールが律儀に最短で来るとも思えない。ビッグ・ベンが観たいなど言って寄り道し、環境活動家の抗議活動に出会すのは、朝のニュースと君の傾向からすぐ分かるよ」
君は人間がやらないことを息をするようにやるタイプだからね、と付け加えてホームズは愉快に笑った。それに対し羽柴は、意地の悪い笑みを浮かべた。
「ならジャックより先に俺を逮捕する? 生憎と俺は囚人よりも看守側でプレイしたいタイプだぞ」
「帰国しても行かせませんからね」
羽柴が流歌に咎められながらも、ホームズは間髪入れずに答えた。
「いや、よしておくよ。私は推理は得意だが別に体術も最強などと驕っていない。君を敵に回したら殺されそうだ」
「ちょっとホームズくぅん? 正義の味方であるこの僕がそんなことすると思うのかな?」
「でも気分次第ではやるだろう?」
羽柴は無言でホームズを両手の人差し指で指して、目を見開いただけの顔を向けた。横で歩いていた流歌は、無性にムカつく顔の羽柴の脇腹を強めに突いた。
「ギョボァ!?」
突然の神経攻撃に路上で延びた羽柴を流歌が見下ろす。
「イギリスで恥を晒さないでください。日英同盟破棄されますよ」
「これが淑女のやり方か・・・!」
『おかずクラブ?』
「wwwwwwwww」
這いつくばりながら迫真のコントをする羽柴を、巴とイヴがおかしく見ていた。特にイヴは床のないスマホの中でじたばたと笑い転げている。
「夜道に気をつけな・・・! 隙あらばその巨乳揉んでやる・・・!」
「義理とはいえ娘になんてセクハラ発言してんですか」
胸を腕で隠しながら羽柴を三白眼で見やる。しかしその視線に純粋な嫌悪は存在していない。それを知った上で発言した羽柴は、すくっと立ち上がってホームズに強請るように手を差し出した。
「ホームズ君コカイン分けてくれ」
「いいよ。はい」
ホームズもホームズで、白昼堂々と羽柴に隠し持っていたコカインを分けた。二人して一服するかのように微量の劇薬を吸う。イヴのカメラは、羽柴の瞳孔を精密に捉えていた。瞳孔が収縮している。個人差はあるが、羽柴達は一種の覚醒状態に陥った。特に羽柴はホームズよりもキマッていた。
「みwなwぎwっwてwきwたw」
「これはカフェインよりも目が冴えるよ・・・!」
『探偵としてだけ一流なんですね』
「巴さん解毒剤あります?」
『AME-359ならあります』
「AME社の開発中の新薬をパクらないでください」
傍観者も傍観者でカオスだ。ハイになって先頭を歩く日英トップクラスの狂人たちを追いながら、三人目の被害者が出た殺人現場を目指す。少し弱くなった太陽の光が、いやに寒く感じられた。
羽柴達の前には、見覚えのある路地裏があった。其処は、警察署の会議室で見たスクリーン写真と同じだった。
「ここがあの興奮する遺体があった現場ね」
「正爾さん暫くグロゲー禁止で」
「そんな殺生な!?」
ショートコントみたいな茶番をしている流歌と羽柴を後ろに、巴達とホームズは現場をまじまじと観察していた。しかし、凶器や不審な血痕は見当たらない。ここは流石に警察が調べ尽くしてしまったと思いかけた時、ホームズが指を立てた。
「静かに」
ホームズは羽柴達を黙らせ、一時の静寂を作った。耳に手を添えたホームズが、目を瞑り意識を聴覚に集中させている。羽柴も倣って右耳に手を添えてみた。なんだが1995年のジ◯リ映画みたいだとふざけた事を考えていると、気づけばホームズは聞き澄ますのをやめた。
「なるほど」
「産業革命の音でもしたか?」
「茶々入れないでください正爾さん。いまシリアスな場面なので」
ホームズは羽柴達の間を通りどこかに行ってしまった。十分くらい待っていると、ホームズはスーパーで買った生肉を持って帰ってきた。
「ちょっと検証をしてみよう」
そう言ってホームズは遺体のあった所に生肉を置いた。そして何が起きるのか待っているが、何も起きない。イヴが暇になってきて小さく欠伸をするほどに不変であった。
「鼠が寄ってこないね」
「・・・・・・あー。映像で腹ン中食ってた鼠は犯人が用意したものってことか」
ホームズはこの路地裏に来た時から違和感があった。自分たち以外の生き物の気配がなかったのだ。であれば、あの臓物を喰らい尽くさんばかりの鼠はどこから湧いて出たのか?
答えは単純。犯人が放したのだ。ペットに餌を与えるかのように、被害者を死後も嬲っていたのだ。なんたる醜悪さだろうかと、常人なら吐き気を催すだろうが、ここには常は常でも異常のニ文字しかいなかった。
「へぇ〜、巴の手口と似てるな。あんときは犬だったけど」
「インフェルノ連続殺人のアレですか」
『病院から輸血パックを盗んで人の血の味を覚えさせましたから。ケルベロスとしてはかなり優秀でした』
「ほぇ〜バイオハザードみたいなことって本当にあるんですね〜」
「あの事件は日本の事件史上で最高に面白い事件だったよ。君があの事件の犯人かい」
「いや、実行犯はコイツだけど黒幕は高校の冴えないおっさんだったぞ」
「彼はどうなりましたか?・・・って分かりきってますね」
「あのオッサンは鳥人間コンテスト敗退したよ」
ヘラヘラしながら、仮にもネズミが人を食っていた場所で呑気なセリフの応酬が行われていた。面白い事件であるという認識ではあるが、彼らはこれを難事件とは思ってもいなかった。
「となりゃ、ペットの散歩か。全員にリードつけると集合体恐怖症も真っ青の光景になるぜ?」
「ではやはり車で運んだのでしょうか。この付近に監視カメラはありませんか?」
「あるよ。警察も勿論チェックした。でもこの現場を直接映してるカメラはなくて、直近の交差点を映してるものしかなかったんだ」
「ということでジャジャーン!」
話を聞いていたイヴがカメラの映像記録をダウンロードしてきた。しごできでお兄さんは嬉しいよ。
『映像内だと、巡回している警官車両と一般車が数台程度ですね。特に怪しい動きをしているものはありません』
「あれれ? もしかしてイヴ、意味なかった・・・?」
イヴがスマホの中で落ち込んでいる。膝を抱えてどう見ても拗ねているようにしか見えない。しかし、この場にはそんな無意味に見えるものからあっさりと糸口を見つける、探偵界でしか
生きられない絶滅危惧種が二体もいることを忘れてはいけない。
「「―――――へぇ、やっぱり」」
「やっぱりって、何か確証が?」
ホームズと羽柴は揃って確信めいた表情をした。その顔ぶりからするに、何となく目星はついていたが確たる証拠が今まではなかったようだ。
「それを今言ったらPCとスマホでこの小説を読んでくれてるファン達が白けるじゃろ?」
「推理パートに全てを明かすからこそ探偵物語は華があるのさ」
「・・・・・・なんかホームズさんも正爾さんに毒されてます?」
「何言ってんだ流歌、コイツは元から俺ら側だし、俺も元からコイツ側さ。アレだよ、フュージョンしなくても息が合ってるトラン◯スと◯天みたいな感じ」
「伏字しただけ偉いと褒めてあげますよ」
「んなことより、夜まで暇だから一回休もうぜ。ホームズ、お前ん家借りていい?」
「いいとも。極上の紅茶とラミクタールでおもてなししよう」
『さりげなく精神安定剤盛ってますよね?』
やることを終えた羽柴たちはホームズの家で夜まで待つことにした。イヴに出してもらったロンドンの夜の天気予報は、普段よりも霧が薄いと出ていた。
「姿を暗ますには、今日の夜霧は薄すぎるかな?」
俺が買うまで誰も神保町の夏目漱石初版買うなよ!?