紳士のティータイムはお静かに
紅茶は紳士の嗜みでして
太陽がアイルランドへと向かい始めた昼過ぎ。
オックスフォード・サーカス駅の近くにあるマザー・マッシュというレストランで、羽柴たちは少し遅めのランチを始めていた。目の前には羽柴お目当てのミートパイとヌワラエリヤティーが置かれている。チーズとマスタードも入っていて、非常に羽柴の好みだ。外のテラス席で二人用のテーブルをくっ付けて四人用にし、横に流歌が座り対面にはホームズが優雅にタバコを吸っている。巴は遅れてやってきた渋めのダージリンの香りを楽しんでいた。
羽柴は紅茶を飲む時は所作があるのに対し、ミートパイを食べる時だけは動物のように貪った。周りからの怪訝な目に反応すらしない。
「お客様、あまりマナーの悪い行為はお控えいただくと・・・」
店員が説得を試みる。しかし、彼は知らないが相手はあのアンフェールだ。「はいそうですか」と納得して言うことを聞いてくれる生物ではない。
「この世で最もマナーの悪い行為は、マナー違反をその場で指摘することだ。高橋一生もそう言ってた」
流れるようなカウンターパンチに、店員は口を噤んだ。
「それに、野生動物も俺たちも動物に変わりないだろ。食って寝て犯す、二足歩行であることと言語を話す以外に違いがあるか? なのにマナーだとか動物の分際で偉そうな風潮作ってる時点で道化も甚だしいネ」
そう言いつつも羽柴は店員に1,000ポンドのチップを渡した。論破された店員は少し腑に落ちないながらも多額のチップに免じて店内へと下がっていった。
「プライドが塵も残らなかったね」
「そもそも俺に物申す方がおかしい。地獄の王だぞ? 敬えよ」
「古代ローマ皇帝みたいなこと言うね?」
テラスに似合わぬ小話をしつつ、五人の目線はテーブル上の事件資料に向いていた。会議室で見たものを含めて三つの事件を調べてきた一同は、それぞれ仮説を考える。陰惨な写真が、モダンな雰囲気を容易く台無しにしていた。
「医者にしても手際良すぎね? だって7分だろ?」
「乱雑に解体したなら分かりますけど、丁寧にやってますもんね」
『遺体の損壊状況が毎回違うのは何故でしょう?』
「模倣犯が混じってるとかですかね〜?」
「興味深いのはその二点だね。殺害方法が異なり、異様に速い犯行時間・・・」
「あ、すんましぇーん。ミルクティーいいっすか? 熱々で」
「正爾さん?」
羽柴は話の流れを断ち切って、側を通った店員に熱めのミルクティーを注文している。何をしているかと思えば、羽柴の後ろには六人くらいの男たちが立っていた。全員が、羽柴に恨みのこもった視線を向けている。
「わーお、目からビームが出そうな熱い視線! ゴーストバスターズのビーム交差シーンを思い出すな」
「ふざけてんじゃねえぞ!」
ちょけた瞬間、キレた男の一人が乱暴に羽柴の襟元を掴んで持ち上げた。今にも彼をテーブルに叩きつけて、置いてあるナイフやフォークで刺殺せんとばかりの目つきだ。羽柴のことだから心配ないと思うが、流歌達は少し不安げである。逆に羽柴は嬉しさを隠していない。鴨がネギどころかプロパンガスまで持ってきたという顔だ。
「おいおいおいおいおい、ここは紳士の国だと聞いてたんだが?」
「惚けんな! お前、今日ウェストミンスター橋で環境活動家たちを轢き殺しただろ!?」
あ、その話なんだ。
羽柴ファミリーは、まるで他人事のように心中が一致した。正直、轢き殺した人の顔すら覚えていなかった。胸倉を掴まれている羽柴は、自分のことではないかのようにキョトンとした顔をしている。その顔が、彼らの神経を余計に刺激した。
「別にいいじゃないの。環境活動家(笑)も本望だろ? だって死体になったことで二酸化炭素も吐かないし、肥料として再利用できるんだぜ?」
正気を疑う発言が、あたかも正気であるかのように紡がれた。羽柴はふざけていない訳ではないが、割と本気で言っているのだ。暗に、自然の糧そのものになれて光栄だろと嘲笑っているのである。
キレた男は左拳を振り上げて殴ろうとしたが、羽柴は諭すかのように冷静な姿勢を見せつけて出鼻を挫いた。
「まぁ待て待て。オタクらは遺族なのか誰なのかは知らないが、ここは活動家らしくしっかりと理性と言語で解決したらどうかね?」
「何だと・・・!?」
「崇高な人間として俺を打ち倒したいんなら、暴力に走るなと言っているんだヨ。感情ではなく、理性と知性で勝ちなさい。さあ、人間か獣か?」
羽柴の言葉に頭が冷えた目の前の男は、その拳をゆっくりと下ろし始めた。珍しく平和的な解決ができたのかと油断しそうになった流歌だったが、羽柴の右手がテーブルに伸びている時点でその考えが甘かったと悟った。
不意打ち気味で、羽柴はテーブル上のフォークを掴んで男の左頬に突き刺した。フォークの歯は貫通し、口内にまで達していた。
「いぎゃァァァァァァァ!?」
「人間でいたいか、そうかそうか。・・・・・・だがよぉ、目の前の俺が人間に見えてんなら眼科に行った方がいいぜ?」
フォークを抜いた瞬間、頬の四つの穴から血が噴き出た。頬を押さえて痛みに耐える男を、羽柴は無慈悲に殴り飛ばした。避難していた客たちが前までいた椅子とテーブルを倒しながら、男は木片の上で気絶した。
「テメェ、何しやがる!?」
「何しやがる? イギリスジョークか今のは?」
ゲラゲラと見下すように笑う羽柴に、男たちは臨戦態勢になる。平気で騙し討ちし、フォークを指してくる人間が相手なのだ。彼らの中には、さっきまであった怒りとは別に、悪魔と相対したような恐ろしさが生まれていた。
「俺は誰も殺していないさ。予定に急がなきゃならなかったんで(肉)壁を乗り越えただけだよ、いや本当に」
それに、と羽柴が付け加える。そこから先は、さっきよりも重く気味悪いドロリとした雰囲気が彼から放出された。
「お前らは崇高な人間でいいや。残念ながらこっちは―――」
その瞬間、自分がさっきまで座っていた椅子を片手で持ち上げ、円盤投げのように放り投げた。椅子は端にいた二人の男に当たり、骨が折れたのか呻きながらうずくまった。
「人食って生きてる獣なんだからよぉ!!!」
下品で狂気的な笑いが優雅なティータイムを滅した。スイッチが入った羽柴は止められない。全員を戦闘不能にするか生命活動を停止させるまで暴虐は治らないことは、ホームズを含めた流歌達は知っている。
「さあこっから500文字はR指定タイムだ」
「私は観戦させてもらうよ。これはどうやら君たちの問題のようだからね」
ホームズは助けに入る気はなかった。卓越した洞察力が、この復讐劇の未来を予言していた。間違いなく、彼らは良くて重傷、悪くて死ぬことになるだろう。だがホームズにとって、事件の解決と繋がらないのなら犠牲なんてあってないようなものなのである。
流歌たちは席を立つことなく、羽柴と男たちのコロシアムを見ていた。ダークブラウンのテーブルに血が飛び散り、木の破片を足や肩に突き刺され、砕けたメガネや顎の骨折で閉じられなくなった口から流れ出る血混じりの涎。紳士の国でのティータイムは、一転して古代ブリテン時代のケルト人たちによる戦争のように野蛮な時間に様変わりした。割れた皿を頸動脈に刺された男、折れたディナーナイフで手首を切られた男・・・・・・。全てに共通しているのは、嗜虐によって快楽的な殺し方をされている点だ。
そうして半ば現実逃避の如く目の前の事件を無視していると、羽柴が最後の一人に熱々のミルクティーをかけて怯ませていた。
「アヅァァァァァァァァァ!!!!」
羽柴は怯んだ男の後頭部を踏みつけ、ミルクティーの溢れた石タイルに顔を押し付けた。
「おいおい、紳士の国の国民なら溢れた紅茶くらい飲めよ」
サディスティックな笑みとともに、羽柴はその頭を踏み続けた。そして徐々に、地面のミルクティーが赤みがかってきている。恐らく歯が折れたかで出血したのだろう。静かになったテラスを、余韻を味わうかのように深呼吸した羽柴は正気と思えない正気に立ち返った。
「よし、飯食ったし仕事の続きしよーぜー」
この直後、言うまでもなく五人は店から追い出された。ホームズの説得術により、彼らが去ってから警察と救急車が呼ばれることとなった。
切り裂きジャックが霞む凶悪犯だなぁ(鼻ホジ)