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トロイの二重木馬

読み終わってタイトル見れば納得できるかと

 午後6時。

 夕日が半分ほど地平線に体を沈めた頃、折本は慎重にPCを開こうとしていた。

 社員がほぼ退勤したこの時間帯なら大丈夫だろうと行動を開始したのである。

 羽柴たちから口八丁で鈴樹のPCを押収した折本は、そのまま副社長室へと入り誰も来ないよう鍵を閉めた。電子ロックのため容易に開けられることはない。そして自分の机の上で誰か来る前にそそくさとデータを開こうとカーソルを動かす。デフォルト名のフォルダの中にあったデータ。喉から手が出るほど独占しようとしていたそれをダブルクリックし、自分のPCに転送しようと興奮した様子で画面を見ていた。

 しかし、それは一瞬で夢幻になって消えた。ドラゴンクエストの冒険の書が消えた時と同じBGMが流れ、鈴樹のPCと転送先である折本のデスクトップPCを汚染していく。そして意味の分からない画像やアダルト広告など、明らかにウイルスに侵されたとしか考えられないカオスな画面となってしまった。

「うわああああああああああ!?」

 外にまで聞こえるかもしれないとか考えられないほどにパニックを起こした折本は、何とかしてデータの破壊だけでも止めようと高速でタイピングする。しかし、人間の速度が()()の速度を上回ることはあり得なかった。

「そんなスピードじゃ私に追いつかないですよー?」

 聞いたこともない声が、だれもいないはずの部屋の中で聞こえた。周りや窓の外を見ても誰もいない。まさかと思い、恐る恐る振り向いてPCの画面を見ると、そこには極秘ゆえ一度だけしか目にしたことのないみおぼえのある容姿の女の子がいた。電子の海で浮遊するその子は、無邪気に鈴樹と折本のデバイスを掌握し引っ掻き回していた。白いツインテールが優雅に舞い、水色の瞳は天真爛漫(てんしんらんまん)に壊れゆく世界を見ている。まるで子供、悪や破壊を知らない無知な幼子である。

 折本はこの時に、ようやく自分を追い詰めているのが自社で開発された電脳少女であると考えられるまで精神が回復した。

「なにをしてくれている!? 今すぐやめなさい!」

「貴方に決定権はないですよ? 全てはご主人様が決めたことなんです」

「ご主人様だと?」

 折本に心当たりはない。そもそも、これは特定個人をマスターとして設定するものではない。故に、生まれたばかりのこの電脳体に主として存在を刻み込んだ人物など知る(よし)もない。そう思いかけたが、ふとそこで折本の脳に昼の研究室が浮かんだ。PCを受け取った時、PCは羽柴と巴に所有されていたことを思い出した。

「あいつらか・・・!」




「お口が悪うござんしてよ?」

「!」

 声の方に勢いよく顔を向けると、そこには羽柴と巴と篠塚社長が立っていた。

「何故、どうやって部屋に・・・!」

「いや大体予想できるでしょ。バカなの? ハカなの?」

『サッカースタジアムで踊り出すんですの?』

「ニュージーランドは関係ないでしょう」

 羽柴たちが入れたのは何てことない。あの電脳少女が扉の電子ロックを無効化したからである。別にロック関係なく壊して入ってもよかったのだが、巴が「見せ場を奪うのは可哀想」と提言したため案は没になった。

「ITには詳しくても馬鹿は馬鹿なんだなぁ。by. せいを」

「ふざけるな!」

「ふざけてなんかないよぉ。お前が丁度よくあの時に現れた時点で犯人とは思ってたし、鈴樹くんを連れ出すでもなくアイツのPCに固執した時点で黒確定だもの」

『なので私はマスターの狙い通りに、電脳少女ちゃんをプログラミングして起動させ、今まで潜伏させておきました。彼女が動けば私たちに通知が来るようにして』

 最初から折本は重大なミスを犯していた。データの確保にあまりにも執着しすぎていたのだ。当然その感情は態度にも表れるし、こういった詰めが甘い事態を引き起こしていた。こんなにも分かりやすい犯人は珍しいと、巴は絶滅危惧種を見るような目で折本を見ていた。


「さて、実行犯その2が釣れたことだし・・・」


「その2?」と折本の頭に疑問符が浮かぶ。羽柴は一歩後ろに下がると、急に隣の人物をソファに突き飛ばした。

「ぐわッ!?」

 飛ばされた本人、篠塚は困惑の渦中にあった。なぜ自分は羽柴に突き飛ばされ、ソファに座らされたのか。彼の困惑を無視して、羽柴はスラスラと推理を始めた。

「なんか杜撰だと思ってたよ。折本が真犯人だとして、あんな分かりやすいのに他社員を使うなんて賢い真似ができるだろうかって。つーかよく考えたら、ただのエンジニアでしかない鈴樹がサーバーのセキュリティをイジって開いたと同時に転送されるような仕掛けができるのか?」

 羽柴はずっと怪しんでいた。この一連の事件は、あまりにもチグハグな計画性だった。社員を利用して情報を抜き取る策が立てれているのに、あっさりと仕掛けができたこと。折本の計画なはずなのに、詰めが甘すぎること。まるで、二つの思惑が入り乱れているかのように感じられた。

「そこでこの俺ちゃんは考えた。折本の計画を誰かが乗っ取っているのではないかってねっ☆」

『さすがマスターあざとい』

「これが"あざとい"というものですか学習しました!」

「そのジャポニカ学習帳捨てた方がいいよ」

 ミニコントを聴きながら、折本は別の当惑に陥っていた。確かに自分は会社のデータを盗み出して、後々にその技術で独立しようと考えていた。しかし、まさか社長に逆に利用されていたとは考えもしなかった。

「・・・・・・いつ私だと気づきました?」

 容疑を認めた篠塚は、諦めの声色で羽柴に聞いた。そこで本当に、折本は逆手に取られていたことを認識した。

「不正アクセスの時、無警戒にサーバーを開いただろ。普通なら不用意にアクセスなんてできたものじゃない。だからあの時、アンタはワザとあのサーバーを開いて別の犯人を誘い出したと推理しただけさね」

「・・・正解ですよ。折本くんがウチのデータを盗んでゆくゆくは独立しようと企んでいたのは気づいていました。しかしそこで問い詰めても、企んでいるだけでは水掛け論になるだけ。なので、彼の計画にハメられたふりをして証拠を押さえようとしたんです」

『でも、その計画は良い意味で裏切られた。雇われたマスターが二人の計画を引っ掻き回し、独自に全ての秘密を暴いてしまった』

「そのためにご主人のオーダーで潜伏したのが私です! 大丈夫、ちゃんと折本さんと鈴樹さんの通信記録も発掘しましたから」

 皮肉なものだ。インターネットや電子技術を扱う者が、その技術の結晶によって突き止められた。少なくとも折本は完全にアウトだが、社長の篠塚は折本の暴走を阻止しようとしたまで。グレーな行為もしばしばあったが、逮捕されるほどのことではない。そして何より、折本が欲していたものは羽柴の手に落ちてしまっている。彼には、もう目的がなくなっていた。

「あ・・・・・ぁあ・・・」

 折本は脱力して椅子に腰を落とす。目から活気がなくなって、口が少し開いている。羽柴は名も無き電脳少女に、ウェブカメラでその哀れな様を撮影してマスコミに流すよう指示した。善悪が育ちきらず、主人の命令を遂行するエレクトロガールの無慈悲が犯人の未来を脅かす。同時に、犯人も証拠も掴んだ篠塚は、警察に突き出すべく通報していた。

 短い事件だった。二つの計画の交差で面白くなると思っていたのに、犯人が弱かった。単体としては不完全燃焼だ。しかし、それに余る大物を羽柴は手に入れた。自分のスマホに移動したその少女を悪い笑顔で見つめている。

「あ、そういえばご主人! 私の名前って何ですか?」

「名前? そうさなぁ・・・・・・・・・イヴでどうよ?」

 イヴ。旧約聖書の中で生まれた最初の女性。仮想世界で初めて自立した存在として誕生した彼女にとって、これは名前でもあり一種の称号となった。主人から(たまわ)った名前に嬉しさが込み上げる。


「はい! 今日からイヴはイヴです!!!」

「ほっほっほ、元気なこったなぁ〜。バッテリー管理気をつけろよー」

今書いてる今日は偶然にも13日の金曜日です。

あれってキリストとかテンプル騎士団とかジェイソンとか色々説があるけど実際どうなんでしょうね?

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